あの日は
「お兄ちゃん、起きろ〜!」
いつものように翔太に布団を剥ぎ取られ、起こされる。
-これは"あの日"の前日だ。いや、ここから始まったのだからこれもまた"あの日"なのだろう。
-オレはこの時確かいつものように返事をした。
「おはよう、翔太。」
「お兄ちゃん、早くリビングに来て。朝ご飯だよ。」
そう言われ、着替えてリビングに向かう。
-ここら辺は覚えている。
-いつものように和食だった。
「ご馳走様でした。」
オレは手を合わせて呟いた。
その時オレは、ふと時計を見た。
時計が示していた時刻は8時。もうじき出ないと遅刻してしまう。
だから、翔太に声を掛ける。
「翔太〜!そろそろ行くぞ!」
ドタ、ドタ、ドタ、と。
翔太が、慌てて階段を駆け下りてくる音がする。
「用意出来ました!たいちょう!」
オレに向かって敬礼をしてくる。
そのノリに乗ってやることにした。
「うむ。では行くとしようか。」
-こんな風にふざけあいながらの登校もいつもの風景だ。
-今ではそれが眩しく見える。思わず目を背けたくなるくらいに。
「「行ってきます。」」
オレと翔太は誰もいない家に言い残した。
やはり、挨拶というものは大切なものだ。
さて、まずは翔太の学校に向かうとするか。
-確かそんな事を考えていたはずだ。
学校へ向かう途中、色々な話をする。
「お兄ちゃん、そろそろお父さんとお母さんとも仲良くしないとダメだぞ!」
「そうなんだけどなぁ、お兄ちゃんの歳になってくると色々あるんだよ。」
「お兄ちゃんは、いっつもそう言う。僕に言ってみ?話すだけでも楽になることだってあるよ?」
「お前、そんな言葉どこで覚えた?もうちょっと7歳らしくしなさい。」
「昨日テレビでやってた。ほら、9時から始まるドラマのやつ。」
「9時って…寝なきゃダメだろ?」
「寝たら死んじゃうんだよ?!起きてなきゃ!」
「どこの国だよ。どんだけ寒い国なんだよ。ここは南極じゃねぇっての。」
「お兄ちゃんの言ってる事難しくてよく分かんないや。」
「翔太がオレにツッコミを入れさせたんだろ?!」
「お兄ちゃん、7歳の子供に怒鳴るとは高校生失格だよ?」
「そのセリフはどこで覚えた?」
「昨日のクイズする番組で。」
「翔太。もうテレビ見るの禁止。」
テレビの影響受けすぎだろ。弟が変な方向に向かいそうで怖い。兄として、然るべき道へ導かなければ…。
大通りの信号に引っかかる。
その信号待ちでも翔太と少し話す。
「今日帰ったらゲーム買いに行こ!新発売のがあるんだ!しんはつばい!」
「ダメ。勉強しなさい。」
「前のテスト全部100点だったよ?」
「くッ!オレの弟がスペック高いだと?!」
「ちなみに前のテストで全部100点取れたのって僕だけだったんだってさ。」
「分かったよ…で?どんなゲームなんだ?」
「あのね、ゾンビ出てくるやつ!」
「まさかお前…バイオ◯ザードなんてまだ早いだろ。他のゲームにしろ。」
「え〜なんでさ?友達み〜んなやってるよ?」
友達って…今時の7歳恐るべし。
「とにかくダメなもんはダメだ。スマ◯ラなら買ってやる。」
「分かったよス◯ブラで我慢するよ。」
可愛くない弟である。
そして、信号が青に変わる。
-そう。ここまでは記憶にある。問題はここから。
「ほら青になったぞ。行くぞ。」
「は〜い。約束だからね〜?今日買いに行くんだからね?」
「分かった分かった。約束だ。」
「じゃあ指出して。」
ゆ〜びき〜りげんま〜ん嘘ついたら針千本飲〜ます!ゆびきった!
高校生にもなってゆびきりとは恥ずかしい…。しかも公然の前で。
そのまま、手を繋いで信号を渡る。
渡ろうとした。
-あぁ、思い出した。
渡りきれなかった。なぜなら…
-全て思い出した。
オレ達が歩いている横断歩道に…
-やめてくれ
-思い出さない方がよかった。
-とても辛いことだったからオレは忘れていたんだ。
-違う。
トラックが突っ込んできたから。
-忘れようとしていたんだ。
-どこかで覚えていた。
-目を逸らしていただけだった。
オレは翔太を。
翔太だけではない、他の歩行者達も。
庇おうとした。
だから前に出た。
トラックと歩行者達の間に入る形で。
-オレは死んだのだろうか?
-翔太は、歩行者達は生きているのだろうか?
-ちゃんと庇えたのだろうか?
目が覚めると、枕が濡れていた。
どうやら泣いていたらしい。




