第75話 豪華荘の展望室にて(春菜視点)
「おい、春菜?」
……?
誰かの……声が聞こえる……。
ぼんやりとした意識の奥で、その響きだけがやけに鮮明だった。
拓ちゃん……の、声……?
頭がふわふわして、うまく思考がまとまらない。夢と現実の境界が曖昧なまま、それでもわたしは、ゆっくりと意識を引き戻そうとする。
「寝てんのかよ……。びっくりさせんな」
ああ……やっぱり。
拓ちゃんの声だ。
でも、どうしてそんなに焦ってるの……?
記憶が、途切れ途切れに繋がっていく。
星を見ていて……。
それから、だんだん眠くなって……。
「こんなの……周りから見たらさ。完全に恋人同士、だよな」
――え。
胸の奥が、ふわりと揺れた。
拓ちゃんも……そう思ってくれてたんだ。
その一言だけで、体の奥にじんわりと温かさが広がっていく。
「なあ、春菜。お前は、どうなんだよ? ……って、寝てるやつに聞いても意味ねえか」
拓ちゃん……。
わたしは――
すごく、嬉しいよ。
だけど、その気持ちは声にできなくて。
目を開けることもできなくて。
だから、もう少しだけ。
もう少しだけ、このままでいさせて。
恋人同士みたいな、この距離で。
拓ちゃんの傍で、この温もりを感じていたくて――
わたしは、そっと寝たふりを続けることにした。
……けれど。
このあと、わたしは何度も拓ちゃんの行動に驚かされて、そのたびに胸を高鳴らせることになるなんて――
この時のわたしは、まだ知らなかった。




