第76話 帰宅、そしていつもの日常へ (終)
「おーい、みんな。忘れ物はないか?」
荷物を肩に担ぎながら、拓也は振り返って声をかけた。春菜、秋穂、夏香、冬香――それぞれが帰り支度を終え、こちらへ視線を向ける。
「オッケー」
「大丈夫……」
「わたしも問題ないよ」
「はいはーい! 準備完了でーす!」
重なり合う返事に、拓也は満足げにうなずいた。
「よし、それじゃあ帰るぞ」
一泊二日の短い時間ではあったが、思い返せば十分すぎるほど濃い時間だった。それなりに楽しめた、と思う。
……まあ。
もう一度この豪華荘に来たいかと聞かれたら、素直に首は縦に振れないけどな。
そんなことを胸の内でぼやきつつ、拓也たちは宿を後にした。寄り道をすることもなく、そのまま真っ直ぐ帰路へとつく。
――そして。
温泉旅行から帰ったあとの休日は、驚くほどあっけなく過ぎ去った。気づけばゴールデンウィークも終わりを告げ、またいつも通りの日常が戻ってくる。
「起きろー! エロ兄貴!!!」
突如として響き渡る怒声。
次の瞬間、拓也の視界は激しく上下に揺れ始めた。
な、な、な、な、な、何が起きた!?
頭がぐらんぐらんと振り回され、状況がまったく掴めない。
混乱したまま目を開けると――
目の前には、鬼のような形相の夏香。
しかも、胸ぐらをがっちり掴まれ、容赦なく揺さぶられている最中だった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! わ、わ、分かったから! ゆ、揺らすなって!」
「もう! 起きたなら、さっさとあたしのお弁当作ってよね!」
「わ、分かった分かった! 今すぐ作るから、ちょっと待ってろ!」
「時間ないんだから、急いでよね!」
ぴしゃん、と勢いよく扉が閉まる音。
嵐のように現れては去っていく妹の背中を見送りながら、拓也は大きく息を吐いた。
……何なんだ、この朝は。
妹に怒鳴られて起こされる兄って、どうなんだよ。
どうせなら――
『お兄ちゃん、おはよう♪ チュッ』
……みたいな、夢のある起こされ方を一度くらい経験してみたいものだ。
……。
まあ、夏香に限っては、天地がひっくり返ってもあり得ない話だけどな。
「っと、やばい」
現実に引き戻され、拓也は飛び起きる。
「弁当作らねえと、今度はマジで殴られる」
半ば諦めにも似たため息をつきながら、急いでスウェットに着替え、部屋を飛び出した。
こうして――
騒がしくて、どこか慌ただしくて、それでいて不思議と心地いい。御堂家のいつも通りの日常は、今日も変わらず続いていくのだった。
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