第63話 それぞれの寝姿
ピピピ……ピピピ……ピピピ……。
静寂を縫うように、規則正しい電子音が部屋に響いた。
「……おっと、時間か」
拓也はゆっくりと瞼を持ち上げ、音のする方へと視線を向ける。枕元に置いた腕時計が、小さく震えるようにアラームを鳴らしていた。手に取り、表示を確かめる。
一時五五分。
「さて、行くとするか」
短く呟き、アラームを止めると、掛け布団を静かに押しのける。畳に足を着ける動作すら、どこか忍び足めいていた。
「みんなは……と」
窓の方へ目をやる。部屋の中央には、奇妙な光景――大きなテーブルが横倒しで、まるで壁のように立てられていた。その向こう側に、彼女たちの寝床が並んでいる。春菜、秋穂、冬香、そして夏香。
この即席の障壁は、夏香の提案らしい。「ここから先は侵入禁止」という、兄に対する信用のなさがよく分かる。
まったく……兄貴を何だと思ってるんだ。
心の中でぼやきつつも、ほんのわずかに苦笑が浮かぶ。
いや、まあ……。寝顔を少し見るくらいは……いいだろ。
音を立てぬよう、慎重に歩み寄る。やがてテーブルの縁に手をかけ、そっと身を乗り出した。
まず目に入ったのは、手前で眠る夏香だった。両手両足を大きく投げ出し、まるで自由そのものといった大の字。布団はかろうじて膝下に引っかかっているだけだ。
「……おいおい」
思わず、かすれた声が漏れる。
「いくらなんでも、その寝相はどうなんだ?」
呆れつつも、どこか納得してしまうあたりが、彼女らしい。
視線を隣へ移す。冬香は対照的だった。布団は一切乱れておらず、まるで最初からそこに静止していたかのような整然とした姿。呼吸さえも、空気に溶けるように穏やかだ。
「……本当に、眠れる森のお姫様みたいだな」
思わず見惚れ、小さく呟く。
「いつか、この俺が目覚めさせてやるよ……なんてな」
自嘲気味に笑い、さらに視線を巡らせる。
次は秋穂。彼女はうつ伏せのまま、なぜか頬を緩め、満面の笑みを浮かべていた。
「……どんな夢、見てるんだろうな」
その無防備な幸福感に、思わずこちらまで気が緩む。
朝になったら、聞いてみるのも悪くない。
そして、最後に春菜。
「……なっ」
息が詰まる。
思わず言葉を失い、喉がごくりと鳴った。
掛け布団は下半身にだけかかり、上半身はゆるやかに開いた浴衣の胸元が、危うい均衡で保たれている。見えそうで見えない、その境界線が、妙に目を引いた。
「これは、反則だろ……」
声にならない声で呟く。
視線を逸らそうとして、しかし逸らせない。
「可愛いとか、そういう次元じゃないだろ」
小さく頭を振りながらも、結局はしっかりと焼き付けてしまう。
……すまん、春菜。
心の中で謝りつつも、その光景は鮮やかに残り続ける。
胸の奥が妙にざわつくのを感じながら、拓也はそっと身を引いた。
再び、部屋には静寂が戻る。
ただ一人だけ、その静けさの中で、わずかに呼吸を乱していた。




