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第54話 大食堂

 一階の売店でイチゴ牛乳を手に入れた拓也は、再び廊下を駆け出した。息を切らしながらも足を止めることなく、ただひたすらに仲間たちの待つ場所へと急ぐ。


 胸が焼けるように熱い。それでも、遅れるわけにはいかなかった。


 ようやく辿り着くと、拓也は肩で息をしながら冬香の前に立つ。


「ほいっ、冬香」


 差し出されたのは、目的のイチゴ牛乳。


「ハァ……ハァ……」


 荒い呼吸のまま、それでもどこか誇らしげに。


「兄さん……ありがとう……」


 小さく微笑む冬香。


「おう……いいってことよ」


 短く返す拓也の声には、わずかな達成感が滲んでいた。


「パシリとしては上出来の速さだったわ。ご苦労様」


 腕を組んだまま、夏香が淡々と告げる。


「そうかい。そいつはどうも」


 皮肉を返す余裕もなく、拓也は苦笑した。


 パシリって、速さまで求められるものなのか?


 ふと浮かぶ疑問。


 まあ……褒められたんなら、よしとするか。


 どこか釈然としないまま、ひとまず自分を納得させる。


「ねえ、拓ちゃん。この後はどうするの?」


 春菜が優しく問いかける。


「そうだな……」


 拓也は腕時計に目を落とした。


「あたし、もうお腹ペコペコなんだけど」


 夏香が待ちきれない様子で口を挟む。


「拓也さん! わたしもです! お腹が空いて死にそうです!」


 秋穂が大げさに胸を押さえた。


 いや、死にはしないだろ。


 思わず心の中でツッコミを入れるが、その言い方が妙に彼女らしくて、拓也は苦笑する。


「時間的にもちょうどいいし……。よし、今から飯に行くか」


「やった~!」


 秋穂がぴょんと跳ねる。


「秋、はしゃぎすぎ。まるで子供みたいよ」


 呆れたように夏香が言う。


「ブーブー! 本当に嬉しいんだからいいの! 本当は夏ちゃんだって、飛び跳ねたいくらい嬉しいくせに」


「あれ……? 今、何か言った?」


 夏香の目がすっと細くなる。


「あとで、擽りじ――」


「な、何も言ってない! 本当に何も言ってないから!」


 秋穂は慌てて両手を振った。


 そんな彼女の様子に、夏香はふっと笑う。


「冗談よ。そんなに慌てなくてもいいでしょ?」


「もう! 夏香ちゃんの意地悪!」


 頬を膨らませる秋穂。


 じゃれ合う二人の姿は、どこか微笑ましい光景だった。


 こういうの、ずっと見ててもいいけどな。


 そう思いつつも――。


 ……腹減った。


 現実は容赦がない。


「おーい、そこまでだ二人とも。これから大食堂に移動するぞ」


「はーい!」


 元気な返事が重なる。


 こうして五人は卓球場を後にし、大食堂へと向かった。


 扉を開けた瞬間、賑やかな空気が一気に押し寄せてくる。


 広々とした空間には、八人掛けの丸テーブルがいくつも並び、宿泊客たちの笑い声と食器の音が絶え間なく響いていた。


 ここはバイキング形式の食堂。和・洋・中、あらゆる料理が所狭しと並び、好きなものを好きなだけ取ることができる。


 並ぶ料理はどれも豪華だった。肉料理は香ばしく焼き上げられ、魚は新鮮そのもの。さらには、普段なかなかお目にかかれない高級食材を使った一品まで、当たり前のように並んでいる。


「すげえな……」


 思わず漏れる本音。


 五人は料理に近いテーブルを確保すると、すぐさまそれぞれ皿を手に取り、料理を取りに向かった。


 そして――


 空だったテーブルは、あっという間に色とりどりの料理で埋め尽くされていく。


「おい、夏香。そんなに急いで食べると、喉に詰まらせるぞ」


 拓也が声をかけるが――


 ……反応はない。


 って、聞いてねえし!


 目の前では、すでに食事に夢中になっている夏香の姿。


 その食べっぷりに、呆れと苦笑が入り混じる。


「拓ちゃん、ここの料理すごく美味しいね」


 春菜が嬉しそうに言った。


「ああ……確かに旨いな」


 一口食べて、素直に頷く。


「でもな……ちょっと豪華すぎるっていうか、落ち着かねえな」


 苦笑しながら続ける。


「こういうのもいいけどさ……。俺は、春菜の作った飯の方が好きだな」


「えっ……!?」


 春菜が目を見開く。


「そ、そうかな……? そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいけど……」


 頬がみるみる赤く染まっていく。


「なんだか、恥ずかしいよ……」


 照れたように笑うその表情に、拓也は少しだけ視線を逸らした。


 賑やかな食堂の中で、ほんの一瞬――


 そこだけ、柔らかな空気が流れていた。


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