表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/76

第53話 敗者は何も言えず

 拓也は、皆に頼まれた飲み物を買うため、廊下の先に見えた自動販売機へと足を向けた。まだ試合の余韻が残る身体に、じわりと汗がにじむ。


「えっと……。春菜が緑茶、秋穂ちゃんがブドウジュース、夏香がスポーツドリンク……。それで、冬香がイチゴ牛乳」


 指折り数えながら確認し、ボタンの列へと視線を走らせる。


 だが――


「……あれ?」


 何度見直しても、並んでいるのは見慣れた缶やペットボトルばかり。コーヒー、炭酸、スポーツドリンク、果汁飲料。


「イチゴ牛乳ねえのかよ!!!」


 思わず声が漏れた。


 何だこの自販機! イチゴ牛乳がないとか、使えなさすぎるだろ!


 苛立ちを覚えながらも、拓也はため息をつく。


 仕方ない……。とりあえず買える分だけ買って、冬香の分は売店に行くしかないか。


 結局、手にしたのは三本の飲み物。少しばかり重みを感じながら、来た道を引き返した。


 仲間たちのもとへ戻ると、それぞれに飲み物を手渡す。


「はい、春菜。緑茶」


「ありがとう、拓ちゃん」


「秋穂ちゃん、ブドウジュース」


「やったー!」


「……で、夏香。スポーツドリンク」


「当然ね」


 満足げに受け取る夏香。その様子に、ほんの少しだけ苛立ちが募る。


 そして、案の定。


「ちょっと、パシリ兄」


 じろりと睨まれる。


「冬香の飲み物はどうしたのよ?」


「いや、それがさ……。そこの自販機だと、イチゴ牛乳だけ置いてなかったんだよ」


「それがどうしたのよ」


 間髪入れずに返ってくる冷たい声。


「まったく……使えないパシリね」


 はあああ!?


 心の中で盛大に叫ぶ。


 使えないのは俺じゃなくて、自販機の方だろうが!!


 だが、その言葉が口に出ることはない。


 今の拓也は“パシリ”。勝負に負けた以上、反論など許されない立場だった。


 くそ、言い返せねえ。


 胸の奥に溜まる悔しさと情けなさ。


 辛い……これは、地味に辛い……。


 内心で肩を落としながらも、なんとか平静を装う。


「今から一階の売店に行ってくるよ。だから冬香、ちょっと待っててくれるか?」


「うん……」


 小さく頷く冬香。その素直な反応だけが、かすかな救いだった。


 ――だが。


「冬香が待ってるんだから、全速力で走りなさい!」


 ぴしゃり、と命令が飛ぶ。


「これは命令よ」


 出たよ。完全にご主人様じゃねえか!


 内心で頭を抱える。


 どんだけドSなんだよ、こいつ!


「わ、分かったよ。走ればいいんだろ? すぐ買ってくる!」


 半ばやけくそに言い放つと、拓也は踵を返した。


 くっそ! あの勝負さえ勝っていれば!


 頭の中に浮かぶのは、逆の立場の光景。


 今頃、夏香をこき使ってたのは俺の方だったのに!


 そんな叶わぬ想像を振り払い、拓也は廊下を駆け出す。


 足音を響かせながら、一階の売店へと、全速力で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ