第53話 敗者は何も言えず
拓也は、皆に頼まれた飲み物を買うため、廊下の先に見えた自動販売機へと足を向けた。まだ試合の余韻が残る身体に、じわりと汗がにじむ。
「えっと……。春菜が緑茶、秋穂ちゃんがブドウジュース、夏香がスポーツドリンク……。それで、冬香がイチゴ牛乳」
指折り数えながら確認し、ボタンの列へと視線を走らせる。
だが――
「……あれ?」
何度見直しても、並んでいるのは見慣れた缶やペットボトルばかり。コーヒー、炭酸、スポーツドリンク、果汁飲料。
「イチゴ牛乳ねえのかよ!!!」
思わず声が漏れた。
何だこの自販機! イチゴ牛乳がないとか、使えなさすぎるだろ!
苛立ちを覚えながらも、拓也はため息をつく。
仕方ない……。とりあえず買える分だけ買って、冬香の分は売店に行くしかないか。
結局、手にしたのは三本の飲み物。少しばかり重みを感じながら、来た道を引き返した。
仲間たちのもとへ戻ると、それぞれに飲み物を手渡す。
「はい、春菜。緑茶」
「ありがとう、拓ちゃん」
「秋穂ちゃん、ブドウジュース」
「やったー!」
「……で、夏香。スポーツドリンク」
「当然ね」
満足げに受け取る夏香。その様子に、ほんの少しだけ苛立ちが募る。
そして、案の定。
「ちょっと、パシリ兄」
じろりと睨まれる。
「冬香の飲み物はどうしたのよ?」
「いや、それがさ……。そこの自販機だと、イチゴ牛乳だけ置いてなかったんだよ」
「それがどうしたのよ」
間髪入れずに返ってくる冷たい声。
「まったく……使えないパシリね」
はあああ!?
心の中で盛大に叫ぶ。
使えないのは俺じゃなくて、自販機の方だろうが!!
だが、その言葉が口に出ることはない。
今の拓也は“パシリ”。勝負に負けた以上、反論など許されない立場だった。
くそ、言い返せねえ。
胸の奥に溜まる悔しさと情けなさ。
辛い……これは、地味に辛い……。
内心で肩を落としながらも、なんとか平静を装う。
「今から一階の売店に行ってくるよ。だから冬香、ちょっと待っててくれるか?」
「うん……」
小さく頷く冬香。その素直な反応だけが、かすかな救いだった。
――だが。
「冬香が待ってるんだから、全速力で走りなさい!」
ぴしゃり、と命令が飛ぶ。
「これは命令よ」
出たよ。完全にご主人様じゃねえか!
内心で頭を抱える。
どんだけドSなんだよ、こいつ!
「わ、分かったよ。走ればいいんだろ? すぐ買ってくる!」
半ばやけくそに言い放つと、拓也は踵を返した。
くっそ! あの勝負さえ勝っていれば!
頭の中に浮かぶのは、逆の立場の光景。
今頃、夏香をこき使ってたのは俺の方だったのに!
そんな叶わぬ想像を振り払い、拓也は廊下を駆け出す。
足音を響かせながら、一階の売店へと、全速力で。




