第51話 勝敗の行方
「ねえ……どうするの、兄貴。やるの? やらないの?」
即答しない拓也を前に、夏香はわずかに眉をひそめた。その声音には、じりじりとした苛立ちが滲んでいる。
「……分かったよ。この勝負、受けて立つ」
短く言い切ったあと、拓也は一拍置いた。
「ただし――」
「何よ?」
食い気味に返す夏香に、拓也は口元を歪める。
「ただ勝負するだけじゃ面白くない。この勝負に勝った方が、旅館にいる間、相手を好きに使える――絶対服従ってことでどうだ?」
一瞬の沈黙。
夏香は腕を組み、顎に指を当てて考える素振りを見せる。だが、その迷いは長くは続かなかった。
「いいわよ。その条件、乗ってあげる」
唇に浮かべたのは、余裕の笑み。
「どうせ勝つのは、あたしだしね」
よし乗った!
内心で拳を握る拓也。小学校から中学まで卓球クラブに所属していた経験がある。加えて野球でも鍛えた身体能力――決して負ける気はしない。
対する夏香は、卓球経験はほとんどなかったはず。
この勝負、もらった!
「ルールはさっきと同じ。五点先取でいいな?」
「ええ、それでいいわ」
「よし――勝負だ、夏香!」
「兄貴には、絶対負けないから!」
二人は卓球台を挟み、向かい合う。空気が一気に張り詰めた。
最初のサーブは、拓也。
「拓ちゃ~ん、夏香ちゃ~ん。二人とも頑張って~」
春菜ののんびりとした声援が飛ぶ。
春菜、見てろよ。
「拓也さん! 夏ちゃんなんかに負けるな~!」
秋穂の応援に、拓也は思わず口元を緩める。
ありがとう、秋穂ちゃん! 俺は負けない!
「ちょっと、秋! なんで兄貴なんか応援してんのよ! あたしを応援しなさいよ! しないなら……あとで擽り地獄だからね!」
夏香が食ってかかる。
ふん、そんな脅しで――。
「夏ちゃん、頑張れ~! 拓也さんは負けちゃえ~!」
「ちょっ、秋穂ちゃん!?」
あまりにも鮮やかな寝返りに、拓也は思わず声を上げた。
「兄さん、頑張れ……。夏香も、頑張れ……」
冬香は静かに、両者へ等しく声を送る。
よし! 格好いいとこ、見せてやる!
「いくぞ、夏香!」
「いいわよ。秒殺してあげる!」
――そして。
勝負は、あまりにもあっけなく終わった。
結果は、拓也の完敗。それも、一点も取れないストレート負け。
本気になった夏香は、想像を遥かに超えていた。放たれる球は鋭く、速く、重い。拓也は一度としてまともに返球できず、ただ圧倒されるだけだった。
なんだよ……これ……。
息を切らしながら、卓球台に手をつく。
こいつ、化け物か!?
「あたしの勝ちね」
ラケットを軽く肩に担ぎ、夏香が勝ち誇る。
「じゃあ。今から兄貴は、あたしのパシリ。いいわね?」
「……マジかよ」
頭を抱えたくなる展開だった。
「わ、分かったよ……俺が言い出した条件だしな。男に二言はねえ」
苦々しくそう言いながらも、拓也は観念する。
こんなはずじゃなかったのに!
こうして拓也は、旅館に滞在する間、妹・夏香の“パシリ”として過ごすことになったのだった。




