第49話 変な目
拓也たちは二階でエレベーターを降りると、「卓球場はこちら→」と書かれた案内板に導かれるまま、静かな廊下を進んでいった。どうやら大食堂は反対方向らしく、矢印は卓球場とは真逆を指している。賑やかな気配はそちらから漂ってくるが、今はそれに背を向ける形だ。
しばらく歩くと、視界の先に大きな扉が現れた。重厚なその扉を押し開けると、ぱっと視界が開ける。中は思わず息を呑むほど広く、整然と並べられた卓球台が三〇台ほど、規則正しく空間を埋めていた。軽快な打球音と人々の声が重なり合い、活気に満ちている。
見渡せば、ほとんどの台が埋まっており、空いているのは左右の端に一台ずつ、たった二台だけのようだった。
「どうする? 空いてるのは左端と右端だけだな。二人と三人に分かれるか?」
拓也の提案に、夏香がすぐさま首をかしげる。
「ねえ兄貴、それって誰と誰がどっちになるの?」
「そうだな……。俺と春菜が右で、秋穂ちゃんと夏香と冬香が左、って感じでどうだ?」
その言葉に、夏香の視線がすっと鋭くなる。
「ちょっと待って。なんでその組み合わせ?」
「なんでって……。年齢が近い同士で分けただけだろ?」
何気なく答えた拓也に対し、夏香は腕を組み、じっと睨みつけた。
「な、なんだよ。変なこと言ったか?」
「甘く見ないでよ。兄貴の考えてることなんて、全部お見通しなんだから」
「おいおい、それじゃまるで俺に裏があるみたいじゃないか」
「あるでしょ。春菜さんと二人きりで卓球したい理由なんて……。どうせ、動き回って乱れた浴衣姿を見たいだけなんだから」
「え? た、拓ちゃん……そうなの?」
春菜が目を丸くして振り向く。その反応に、拓也は慌てて首を振った。
「ば、バカ! 違うに決まってるだろ!」
「口では何とでも言えるよねえ」
くすりと笑う夏香に、拓也は思わず歯噛みする。
「……分かったよ。じゃあ分けるのはなしだ。みんなで一緒にやろう。それでいいだろ?」
「うん、その方がいいかも。変な目から春菜さん守れるし」
「変な目って何だよ!」
思わず天を仰ぐ拓也に、周囲から小さな笑いがこぼれる。
「みんな、それでいいか?」
「うん、わたしはいいよ」
「わたしも、みんな一緒がいいで~す!」
「わたしも……兄さんを監視する」
「ちょっ、冬香まで!?」
半ば観念したようにため息をつきながら、拓也は右端の卓球台を指さした。
「……じゃあ、あっちでやるぞ」
そうして一行は、空いている台へと向かい始める。
その途中、不意に春菜が小さな声で呼びかけた。
「た、拓ちゃん……」
「お、おう。どうした?」
振り向くと、春菜は俯きがちに、ほんのり頬を染めている。
「あの……あまり、変な目で見ないでね。そういうの……ちょっと、恥ずかしいから」
「な、何言ってんだよ! そ、そんな見方してねえって。心配するな!」
「……うん」
小さく頷く春菜。その仕草に、拓也は一瞬言葉を失う。
ごめん、春菜。
心の中で呟きながら、拓也はそっと目を逸らした。
でも正直、夏香の言ったこと、ちょっと当たってて驚いたんだよな。
まったく……。あいつ、本当に侮れない妹だ。
そんなことを思いながらも、拓也たちはにぎやかな卓球台へと歩みを進めていった。




