第48話 浴衣って最高!
前島と別れてから、さらに二〇分――。
ようやく女湯の暖簾が揺れ、浴衣姿に着替えた春菜たちが姿を現した。
「何だよ、ずいぶんゆっくり入ってたんだな」
椅子から立ち上がりながら、拓也は軽く手を上げて声をかける。
「ごめんね、拓ちゃん。つい、みんなで話し込んじゃって」
そう言って笑う春菜を見た瞬間、拓也は一瞬だけ言葉を失った。
見慣れた制服姿とはまるで違う。淡い色の浴衣に包まれた彼女は、湯上がりの熱を頬に残し、どこか柔らかな艶を帯びている。可愛らしさに、ほんの少しだけ大人びた雰囲気が混ざって――思わず目を奪われた。
「……まあ、別にいいよ」
何とかそれだけを返し、拓也はふいと視線を逸らす。
いや、無理だろこれ。
春菜だけではない。秋穂も、夏香も、冬香も――全員がいつもよりずっと魅力的に見える。
浴衣、強すぎだろ!
心の中で静かに感動しつつ、拓也はこっそりと“ありがとう”と誰にともなく感謝した。
「拓ちゃん? どうかしたの?」
不思議そうに首を傾げる春菜に、慌てて向き直る。
「あ、いや……その。春菜も秋穂ちゃんも夏香も冬香も、みんな浴衣似合ってるなって思ってさ。ほんと、すごく可愛いよ」
言い終えた瞬間、自分でも少し照れくさくなる。
「あ、ありがとう拓ちゃん……。嬉しいけど……な、なんか恥ずかしいかも」
頬を赤く染め、視線を泳がせる春菜。その様子に、今度は拓也の方が落ち着かなくなった。
「拓也さんの浴衣姿も、とても似合っていて格好いいです!」
秋穂がぱっと明るい声で言う。
「そ、そうかな?」
「はい! 本当に素敵です!」
「そっか……。ありがとう、秋穂ちゃん」
素直な言葉に、思わず頬が緩む。
悪くないな、こういうの。
「兄貴、可愛いって言ってくれて……あ、ありがと」
「お、おう」
いつもより素直な夏香の言葉に、逆に戸惑う。
「兄さんも……浴衣、似合ってる……」
「おう。サンキューな、冬香」
「うん……」
短いやり取りの中に、どこか温かな空気が流れる。
「それじゃ、みんな揃ったし……一旦部屋に戻るか」
拓也の一言で、五人は連れ立って部屋へと戻った。
部屋に戻ると、それぞれ荷物を整理し、再びテーブルを囲んで腰を落ち着ける。畳の上に広がるくつろいだ空気が、どこか心地よかった。
「そういえばさ」
ふと思い出したように、拓也が口を開く。
「さっき風呂の前で待ってる間に、前島に会ったよ」
隣に座る春菜が驚いたように顔を上げる。
「え? 前島さんって……典子ちゃんのこと?」
「ああ、その前島。露天風呂で妹と逸れたらしくて、探してたみたいだ」
「へえ……典子ちゃんもこの旅館に泊まってたんだね」
「らしいな。しかも毎年ゴールデンウィークはここに来てるってさ」
「いいなあ……毎年こんな豪華な旅館に泊まれるなんて」
春菜が少し羨ましそうに呟く。
「まあな。でも露天風呂は最悪だったぞ」
「え? どうして?」
「どうしてって……」
拓也は思わず顔をしかめる。
「湯船にゆったり浸かれたって言うけどさ……」
「うん、すごく広くて気持ちよかったよ?」
「は?」
その一言に、拓也の動きが止まる。
「湯船、日本一なんじゃないかってくらい広かったよ?」
「マジで言ってる?」
思わず聞き返す。
おかしいだろ、それ。
「あれ? 兄貴の入った男湯は違ったの?」
夏香の問いに、拓也は深いため息をついた。
「全然違う。畳六畳くらいの湯船に、男がぎゅうぎゅう詰めで立って入ってたんだぞ。あれ、ほぼ足湯だったからな」
「それは……災難でしたね」
秋穂が同情するように眉を下げる。
「ほんとにな」
肩を落とす拓也。
だが――
「まあ、文句言ってても仕方ないじゃん」
夏香があっさりと言い放つ。
「これからのこと考えよ」
「うん……わたしも……そう思う……」
冬香も静かに頷いた。
「そうだな。それじゃあ――」
って、え、終わり!?
心の中で思わず叫ぶ。
俺の不幸話、流されるの早すぎだろ!
小さくため息をつきながら、拓也は腕時計に目を落とした。
「晩飯は二階の大食堂で、十八時から二一時の間にバイキングだな……あと一時間くらいか」
その言葉を聞いた瞬間、秋穂がぱっと顔を輝かせた。
「はい! その前に卓球やりたいです! 温泉旅館といえば卓球ですから!」
「お、いいなそれ」
拓也も頷く。
「みんなはどうする? 飯の前に軽く体動かすってことで」
「うん、わたしも賛成」
「私もいいよ」
「右に同じ……」
口々に返ってくる賛同の声。
「よし、決まりだな」
拓也は立ち上がり、軽く手を叩く。
「卓球しに行こうぜ」
こうして五人は、にぎやかな空気のまま、二階にある卓球場へと向かうのだった。




