70:では私の遺体というのも?
「俺たちどのくらい迷宮に潜っていたんだ!?」
「えぇっと……二日と半日ぐらいかしら」
「では地上では、あれから二十五日も経っていますの?」
「それはマズいな……ヘタをすれば、既に戦の準備も整っている頃だろう」
俺たちは駆けながらそう話す。
ロジャーの魔法で送り出された地上というのが、王都からほんの少し外れた場所だった。
走って走って……それでも城下町に入ると真っ直ぐ進めず、城に辿り着いたのは一時間も過ぎたころだ。
「おかしいですわ……城下町をパトロールする警備兵の姿が少なすぎます」
「まさか既に出兵済か!?」
「そんなっ」
アリアン王女が悲痛な声を上げる中、城門前で兵士に止められる。
長い槍を付きつけ、何用かと語気を荒げる門番たち。
おいおい、自国の王女様の顔も忘れたのかよ!
「控えなさいっ。私はアリアン・ローゼン・ドーラム。お前たちが仕えるべき王家の者ですわよっ」
「私はキャスバル・レム・ニライナ。ニライナの外交官は残っているか?」
二人が名乗り出るが、門番たちは狐につままれたようにピクリとも動かない。
やや間があってお互い見つめ合った後、あわあわと顔面が蒼白になっていく。
「お二人が死んだものだと思っているのでしょうね」
「お答えなさいっ。私が誘拐されこの城に戻って来たあの日から、いったい何日が過ぎているのです!」
「は、はい……え、えぇっと……二十七日……だったか?」
「お、おう。そのぐらいのはずだ」
既にドーラムの王国軍は出陣し、ニライナとの国境付近に陣を敷いている――と。
それはニライナも同様で、両国の軍が睨み合いを始めたばかりだと門番は言う。
そうなった経緯はこうだ。
まずはこの城の堀にキャスバル王子――と思われる男の遺体が上がり、アリアン王女が行方不明に。
当然、王子暗殺はドーラム側の仕業とされた。
王子暗殺はジャスランによるものだとされ、そのジャスランが王子を地下に監禁し、脱出の際にジャスランと戦闘に。そして……ジャスランを倒すことに成功したものの、深手を負って命を落としたのだと結論付けられた。
「お父様! 戦争はおやめくださいっ」
「ドーラム国王陛下っ。私もアリアンも無事でございます。どうか、どうか兵をお引きくださいっ」
急いで謁見の間へと駆けた俺たちは、まずアリアン王女の口から真相を王へと伝える。
王だけでなく、その場にいた全員が目を丸くし、それこそ幽霊でも見るような目で王女を見つめていた。
「これが全てでございますっ。ドーラムもニライナも、ヴァルジャスに利用されていただけに過ぎませんっ」
「私とともに親睦会議に出席するはずだった外交官のデレストマもまた、ヴァルジャスの密偵でした。敵の間者が潜り込んでいたこと、見抜けなかった私の責任でございます。しかし、どうかこの戦だけはお避けくださいっ」
二人が交互に訴える。
国王はアリアン王女を手招きし、自身の下へと呼び寄せた。
その目には大粒の涙が浮かび、わなわなと震える手で王女の頬を撫でる。
「お父様……アリアンは無事です。生きているのです。キャスバルや、レイジ様たちのおかげで、こうして生きて戻ってきました」
「おぉ……おぉ……アリアンじゃ。儂の可愛い娘、アリアンじゃ……。ニライナの使者が発った後、彼らが立ち寄った町でお前の遺体が発見された」
「え!? で、でも私はここに」
「顔を潰されておったのじゃ。しかし髪の色、質、背格好も同じでな。右肩にある黒子の位置さえ同じであった。故に……殺されたと、早合点したのじゃな」
「国王陛下。では私の遺体というのも?」
国王がキャスバル王子に向かって頷き、潰されたというより、激しく殴打されることで顔の原型がなかったのだと話す。
ジャスランに命令して王子の殺害を指示した――どんなに国王が否定しても外交官は取り入れず、一方的に決めつけニライナへ帰国したと。
「あ奴もまた、ヴァルジャスの手の者であったのだな。我が国とニライナとを争わせ、その隙に攻め込むつもりであったか」
「誤解は解けたんだ――あ、いや、解けたんです。今すぐ伝令を出して、撤退の指示を出してください」
俺がそう言うと、国王は頷き近くに控えていた者に紙とペンを運ぶよう指示を出した。
「私も伝令と同行しましょう。そしてニライナ軍を引かせます」
キャスバル王子がそう申し出ると、周囲から安堵する声が聞こえた。
なんだよ。結局みんな、戦争なんてしたくなかったんじゃないか。
紙とペンが運ばれ、直ぐに王が撤退を指示する文章をしたため始める。
その間、キャスバル王子がアリアン王女に、しばしの別れを告げていた。
「私は国に戻らねばならない。わかるね?」
「……えぇ」
そんな二人を眺めていると、ソディアがそっと肩を寄せてきた。
手を絡ませ、寂しそうに二人を見つめる。
「この二日間、お二人はずっと傍にいたから……寂しいでしょうね」
「そう……だな」
彼女の手を優しく握り返し、俺たちにはあの二人を結ばせてやることが出来ない現実を噛みしめ――いや。
「お二人が結婚すればいいんじゃないですか?」
――と、俺は爆弾発言を口にした。
「なるほど。それはよい案だ」
――と、王様が超ド級爆弾発言を口にした。
本当にいいのだろうか……。
「お、お父様……」
「みなまで言うな。お前の気持ち、父親である儂が気づいておらなかったとでも思っておるのか?」
あ、バレてたんだ。
それでも二人の仲を認められなかったのは、やはり外交問題があったからだ。
「キャスバル王子には婚約が内々ではあるが決まっておると聞いておったからな」
「え、誰にですか!?」
「……ジャスランじゃ……」
「ジャスランめぇぇ」
めぇぇって、アリアン王女、マジ切れじゃん。
そうか。二人の仲が表立って認められたりしたら、両国を仲たがいさせるのにも支障があったからか。
「しかしこの分だと、それも嘘のようだの」
「はい。私に婚約者などいません。父からはさっさと見つけてこいと、せっつかれておりますが」
キャスバル王子がそう言って苦笑いを浮かべる。
今見つかってよかったじゃん。
「レイジくんの爆弾発言に、一時はどうなるかと思ったけど……よかったわね」
「結果オーライってやつだな」
『後先を考えぬ、行き当たりばっかりが功を奏しただけじゃの』
ほっとけ。
王子と王女。その結婚を認めてやってくれないだろうか、という内容の手紙もしたためられ、いざ国境へ!
「俺たちも行きますよ。ここまで来たら見届けたいし」
「えぇ。どうせ目的地は北西の国境だもの。一緒に行って見届けて、それから旅を続けましょう」
「そうだな」
「お二人も行かれてしまうのですか? なんだか急で、寂しいですわ」
アリアン王女の瞳に薄っすらを涙が浮かぶが、それが俺たちとの別れを惜しんでなのか、王子との一時的な別れを惜しんでなのか……。
「儂からの礼を言わねばなるまい。出立の準備にはまだいささか時間が掛る。馬を用意せねばならぬからな。その間に――」
王が玉座から立ち上がり、俺とソディアのもとへとやって来る。
俺は慌ててコラッダがやった作法を思い出し、片膝をついてその場にしゃがむ。
ソディアも倣ってしゃがもうとした時――。
「た、大変です!! 東の平原より、ヴァルジャス帝国軍が現れました!」
その場の空気が一瞬にして氷つく報告がもたらされた。




