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69:迷宮にちゃんとしたトイレがあった

 迷宮にちゃんとしたトイレがあった。しかも水洗も完備。

 竜牙兵に案内され戻ると、既に全員が迷宮の主と仲良くなっているという。


『みな洗脳されておるのかのぉ?』

「だったらマズいだろ、この状況」

『マズいのぉ』

「レイジくん、この方ね、魔導王国建国王の弟君のロジャー・ラビスト・ソレイユさん」

「お、おお」


 紹介されたロジャーが椅子から立ち上がり、俺にお辞儀をする。

 俺がトイレに行っている間に、彼の生い立ち話をみんなは聞いていたようだ。

 ソディアによると、彼は兄と王権を争ってこの迷宮を造ったわけではない。


『もともとここには小さな迷宮があったのです。ただあまりよろしくないモノが封印された迷宮でしてね』

「よろしくない?」

『えぇ。邪神の類です。まぁその眷属と申しましょうか』


 うげ……また話が大きくなってきたぞ。

 

 当時、大賢者として世間に知れ渡っていた兄弟がいた。そのひとりが彼であり、もうひとりが建国王だ。

 その兄弟に迷宮を閉じてくれるよう、当時この地に住んでいた民族に頼まれたとのことだ。


『私たちとしても、迷宮をそのままにしておくのはよくないと判断したのです。小さな迷宮でしたから、ちょっと腕に自信が有る者だと最深部まで簡単に到達できるでしょうから』

「そして何かの拍子に、封印されたモノを解き放とうものなら……そこでお二人は迷宮を閉じることにしたようなのだよ」

「でも今でもこうして迷宮は……」


 俺の言葉にロジャーが俯く。

 兄弟で力を合わせたが、結果は失敗。

 邪神の力が強く、二人だけではなく、大が付くぐらいの魔導師数十人掛かりでも閉じることは出来なかったと。


『そこで考えたのです。閉じれないなら、沈めてしまってはどうだろうかと』

「沈めるって……どうやって?」

『大地の精霊ベヒモスを呼び出し、迷宮の地下にさらなる迷宮を造ったのです』

「まさか、それがこれ?」


 ロジャーは頷き、そして迷宮を監視し見守るために自らが――。


『不死の王、ノーライフキングとなりました』

「な、なんでそんなことをっ。不死つっても、実際はアンデッドじゃないかっ」

『はい。私は一度死にました。そして魂だけの存在、アンデッドモンスターの最高峰である不死王になったのです』

「死にましたって……」

『私は自らの意志で不死王となったのです。もともと病弱で、二十歳まで生きられるかどうかも怪しい体でしたから。兄の力で延命されていましたが、それも限界が近づいてきていましたし』


 だから不死王になって、この迷宮最下層で大好きな本を読みながら過ごしているのだとロジャーは話す。


 問題が無かった訳ではない。


『迷宮を沈め、その上に新たな別の迷宮――つまりここですが、造ったのはいいが、モンスターがいないという欠点がありました』

『もしやこの迷宮に魔法生物しかおらんのは……』

『はい! そこ、正解ですね〜。そう、この迷宮を徘徊しているのは、全て私が造りだしたものたちなんです。いやぁ、あの数を揃えるのに苦労しましたよ〜』


 その苦労してせっせと造った魔法生物を、俺たちがサクサク倒して進んできた。

 過去にもやはり、今でいう冒険者なんかにサクサク倒されたりもしたらしく、魔法生物製造が追いつかなく。結果、建国を助けると言う名目でとある部族に頼んで迷宮の上に城を築いて貰った――と。


「その部族がファモの初代国王?」

『その通りです。いやぁ、自らの部族を守るため、とても熱い方だったんですよ』

『信じられないわ。アタシの知るファモの国王なんて、私腹を肥やすことしか考えていなかったもの』

『ま、まぁ……お嬢さんがいつの時代の方かは存じませんが、私が知る限り建国王は人情味溢れるいい方でしたよ』

『まっ。お嬢さんだなんて。んふふ』


 先祖がそんなに立派でも、それが子孫にまで受け継がれるとは限らないってことか。

 でも、ロジャーの話が本当なら、何故アブソディラスがああ言ったんだ。

 王権を巡って力を示すため、迷宮を造った――なんて。


『そうでもしなければ、兄が悪く言われるだろう? それこそ魔導王国を建国して間もない時期だったんだ。兄を陥れて自らが王に……という輩も多かったからねぇ』

『うあぁぁぁっ。泣かせるっす! なんて泣かせる話っすか!』

『まったくですわ。ワイ、もう感動ですわあぁぁぁっ』

『いやぁ、恥ずかしいなぁ』


 なんて鬱陶しい連中だ。


「私、ひとりっ子だからわからないけど、ロジャーさんみたいな弟がいたら……うぅっ」

「ソディアも!?」


 みんな、涙もろ過ぎ。

 そんなん見せられたら……俺だって……俺だって……。


 いいな、いいな。兄弟、いいなぁ。


 その日、俺たちはいろんな話をした。

 迷宮にやってきた愉快な冒険者の話から、ここで出された食材をどこでどうやって入手してきているかなど。

 ちなみに食材は、竜牙兵を魔導王国に転送させ、首都の市場で普通に買い物をさせているらしい。

 魔導王国ともなると、竜牙兵がお使いなんてのはよく見られる光景なんだとか。

 すげーな、魔導王国。


 そして彼が物質に触れられるのは――。


『気合です』

『気合っすか!?』

『え、そんなことで触れんのかよ。おっしゃ、気合なら任せておけ!』

『あと不死の王になった特権です』

『『それ無理ーっ』』


 こうして時間は過ぎ、俺たちはここで一泊することになった。

 ベッドはあるという。

 いつかお客が来た時のことを思って用意していたんだとか。


『掃除は毎日しているからね、安心して使って欲しい。いやぁ、本も読みつくしたし、やることなくってねぇ。最近は迷宮の掃除なんかもやり始めたんだよ』

「掃除してどうするんですか……」

『や……暇だから……君たちは遊びに来てくれてよかったよ。誰かと会話したのは何年振りだろうか……』


 そう言って彼は遥か彼方を見つめる。

 何年、じゃなく、何百年。なんだろうな。






 翌朝目を覚ますと、食堂には温かいスープと焼き立てのパン。そしてベーコンエッグが用意されていた。

 お城で食べた夕食は豪華でうまかったけど、この素朴なベーコンエッグもまた格別だなぁ。


「料理も竜牙兵なんですか?」

『いや、私だよ』

『料理をマスターしとる不死の王……侮れぬ奴じゃ』

「どう侮れないんだよ」


 うまい食事も終え、体の疲れも癒え、あとは――。


「ロジャー。単刀直入に聞くんだが、迷宮の出口に俺たちを送れるか?」

『出口……そうか、もう帰るのだね』

「い、いや。そんな寂しそうな顔しないでくれよ。帰り辛くなるじゃん」

『はは。すまない。本当にこんなに楽しかったのは、久々だったもので……』


 そう、だよな。

 何百年もひとりでいたんだ。

 竜牙兵や他の魔法生物はいるが、彼らは物言わぬ魔法生物だ。話し相手にはなれない。


「ロジャー様。でしたらぜひお城へ遊びにいらしてください」

『アリアン王女……。大変ありがたいお言葉ですが、私はこの迷宮からは出れないのです。不死の王へとなる際、神に誓わねばならないことがあります』


 通常、不死の王になるための契約では、冥府の女神と契約をする必要がある。

 だが一般的に邪神とされている冥府の女神と契約はしたくない。

 なので他の――自らが信仰する神に祈って、不死の王へと成り代わったという。


『豊穣の女神ルミテスに誓ったのは、何があろうともこの迷宮から出ない。それだけです』

「出たらどうなるんです?」

『塵になりますよ』

「塵に……あ、でも。竜牙兵を転送させて、また迷宮まで戻ってくるときはどうしているんです?」

『あぁ、それなら。二つの空間を繋げる魔法を使っているんですよ。ほらあそこ――あの鏡と、他に手頃なものとを繋げて、それを竜牙兵に持たせるんです』

『なるほど。好きなところへ自由に行けるというわけではないが、行って戻ってくることは簡単、という訳じゃな』


 こくこくと頷くロジャーさん。

 空間を繋げる……か。

 俺の影の仕組みと似ているのだろうか。

 

 俺の……影……。


「ロジャー! 俺の影とそこの鏡、繋げられないか!?」

『え? できます、けど?』






 ロジャーに鏡と俺の影を繋げて貰うことにした。

 そうすることで、アンデッドたちはこの迷宮に自由に出入りできる。

 ロジャーには話し相手が。アンデッドには自由に動き回れる空間が出来る。

 一石二鳥じゃないか。


『本当に……本当にみなさんと暮らせるんですか?』

『レイジ様がピンチの時にはお仕事に行くっすけどね』

『ここから出勤なんですね!』

『よかったらロジャーもレイジ様の従者になってみる?』

『え、いいんですか!』


 え……不死の王も死霊術で使役、できんの?

 あ、出来るんだ?


『ただ……死霊術で使役される場合、主人の命令に従わなければならなくなります。誤って呼び出された場合、私は……』

「おっと。そうか。ここから出れないんだったな」

『えぇ。それ以前に私は自らの使命に誇りを持っています。ここの封印が破られることは、この世界の破滅を招く恐れもありますので』

「そ、そんなに重要な役目だったのか」

『冥府の女神には四天王と呼ばれる眷属がおる。そやつらの力が強大で、且つ冥府の女神を地上に招く柱の役目も担っておるのじゃ。ひとり復活しただけでも、いろいろと面倒なんじゃよ。ま、儂の手にかかれば小物じゃがのぉ。かーっかっかっか』

「死んでるけどな」

『かーっか……しょぼーん』


 じゃあロジャーはこのままの方がいいだろうな。

 そう思ったが――。


『契約の際、こうご命令ください。自ら課した使命を全うしろ――と』

「そんなのでいいのか?」

『はい。死霊術というのは、最初に呼び出し契約した内容が重要ですので』


 契約した内容か。

 アズ村アンデッドは知らないことを教えてくれって内容だったけど。

 今はとにかく一緒にいるだけって感じになってるよな。


「"不死の王にして魔法王国初代国王の弟ロジャーの御霊よ。我と契約を交わし、我の力となり……そして、自ら課した使命を全うせよ"」

『不死王ロジャー。謹んでその契約、お受けいたします』


 俺はまた、超強力な助っ人を得ることになった。






『ところでみなさま。地上にお送りする前に注意点がございます』

「注意点?」

『はい。この迷宮、いろいろ兄と二人でやらかしたこともあって、上との時間の流れが変わってしまいまして』

「え?」

『ここでの一日は、地上での十日に相当します』

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