71:勇者様のお通りだぞっ
帝国軍がドーラム侵攻を開始する数日前――
くそったれ。
何が働き手だ! ただの奴隷じゃねえかっ。
足にも手にも枷がついてんのに、どこをどう見たら労働者になんだよ。
しかも女ばっか集めやがって……。
あぁ、イライラする。
俺は勇者としてこの世界に呼ばれてきたんだろ?
なのになんで、すすり泣く女どもの護送なんかやらされているんだ?
「樫田さんがお怒りだ」
「お前は腹が立たねえのかよ! あ、高山」
「いや……そりゃあムカつきますよ。俺ら、正義の味方じゃなかったのかよって」
「だろ? 泣いてる女を奴隷として帝都に届けてる俺らは、正義の味方か?」
「……違うと思います」
思うんじゃなくって、違うんだよ!
それに、だ。
相田の奴はあの女どもを物のように扱っていやがる。
郷に入れば郷に従えだったか?
そんなこと言いながら、さも当たり前のように女どもを抱こうとしやがる。
一昨日の晩、遂に荷車の女どもに手を出そうとしたから、思わずぶっ飛ばしたが……。
あの野郎、めちゃくちゃ硬ぇんだよっ。
ドラゴンの鱗を吸収しているつうが、あの硬さじゃ俺も牙が立たない。
このまま帝都に戻ったら、あの女どもは……。
お袋も……俺を養うため、好きでもない男に……。
夜中遅くに帰って来て、声を殺して泣くお袋を見たことがある。
何度も、何度もだ。
だから嫌なんだよ。
生きるために……金の為に女が身を売るのは。
でもあいつらは違う。
金の為じゃない。生きるためでもない。
ただ理不尽にとっ捕まって、無理やり奴隷にさせられて……あいつらの意思なんて関係なく、相田みたいな馬鹿の玩具にされるんだ。
それを許していいのか?
俺は勇者だぞ?
いい訳ねえだろ!
よし決めた。
俺は俺の正義を突き進む!
だが、そうなるとヴァン王子が怒り狂うだろうな……。
俺一人なら別にいい。
高山には迷惑かけられない。
魅霊のことを邪魔だの殺すだの言ってた野郎だ。
俺が奴の下を離れ、ついでにあの女どもを逃がせば追っ手をかけてくるだろう。
下手すると暗殺者を仕向けるかも?
そうなったら……。
帝都に到着する前に抜け出さなきゃな。
一昨日、相田の野郎が手下をひとり、任務完了の報告に帝都へ早馬で行かせたからな。監視の目も減っている。
帝都に着いてからだと抜け出せるもんも抜け出せなくなるしな。
あばよ、高山。
あとついでに戸敷。
みんなが寝静まる頃合いを見計らって、そぉっと荷車に忍び寄る。
相田のやつ、今日は珍しく眠ったようだな。
いくら若いとはいえ毎晩女とやりまくってれば、いつかは腰がもたなくなるよな。
荷車まで来ると女たちが怯えたように身を寄せ合って縮こまる。
けど悲鳴を上げる女はいない。上げれないほど、痛めつけられてきたんだろう。
こいつらの体にはいくつもの傷跡がある。
「逃げるぞ」
それだけ伝えると、檻のカギを握って……そぉっと潰す。
へしゃげたカギを外して檻を開けるが、だれも出てこない。
まぁ静かにしてるならそれでもいい。次の檻を――。
「やっぱりなぁ。こうなると思ったんだよ」
次の檻の前には……。
「狸寝入りだったのかよ、相田……」
奴がいた。
後ろにはお気に入りの女二人と、監視役の男二人が並んで立っている。全員完全武装だ。
っち。
相田の野郎。最初から俺が裏切るって、わかってやがったのかっ。
荷車はあと四つ。
「だいたいさ、樫田。女どもを助けるとして、この人数を連れてどうやって逃げるつもりだったんだよ?」
「あぁ? んなもん、てめーに関係あるのかよ!」
「関係のあるなしに限らず、普通に無理だろ? やっぱ馬鹿の考えることは俺には理解できないね」
ぐっ……確かに百人近い女どもを連れて逃げるのは無茶過ぎた。
だったらせめてこいつらだけでも――。
「おらぁ、行けよ!」
開け放った檻を蹴飛ばし中の女どもを逃がす。
怯えながらも女どもは檻を出て駆け出した。
「追え」
「行かせるかよ!」
相田の命令で二人の男騎士が動いた――が、空になった檻を持ち上げ奴らに投げつける。
「ひっ」
ガシャーンっと音を立て落下した檻がひとりに命中。
難を逃れたもうひとりには余った荷車を鷲掴みし、砕いた木片を全力投球でぶん投げる。
突き刺さった木片を腹に受け、血ヘドを吐きながら倒れた。
あぁ……遂に殺しちまった。
こっちの世界に来てから、いつかこうなる日もくるんだろうなとは思ってたけどよ。
でも、いざこうなってみると、やっぱ気持ちのいいもんじゃねーな。
「の、残るはてめーと女だけだぜ。出来れば女には手を上げたくねーんだ。そっちの姉ちゃんは大人しくしてろよ」
「ふぅん……人を殺すことに、罪悪感はあるんだな。樫田」
「う、五月蠅ぇー!」
「でもさ、お前やっぱ馬鹿だよ」
「馬鹿バカ五月蠅いんだよてめーはっ」
こんな奴、相手にしてないでもうひとつぐらい檻を壊しておくか?
相田ひとりなら余裕で勝てる。硬いが、それだけだ。
「だってお前、忘れてるだろ?」
忘れてる? 何をだ?
逃がした女のことか?
だったらまだ近くにいるぞ。こっちの様子を伺っているみてーだな。
「高山、戸敷」
そっちかー!?
やべ、忘れてた。
あいつら、まだ寝てんのか――!?
「樫田さん、逃げるッスよ!」
「離せっ。僕が捕まる理由がどこにあるっていうんだっ」
あ……なんで、帝国兵どもがこんなところに?
夜の闇のなか、ぼぉっと浮かび上がる赤いマントの集団。百人ぐらいか?
その先頭には第二王子のヴァンもいるのかよ、くそったれ。
高山と戸敷の二人は捕まっちまってるし、どうする?
「残念だ、カシダ。いや……そうでもないか」
「あぁ? なんだそりゃ」
「必要なのはその体と能力だけだ。貴様の意思など関係ない。しかし生贄の女どもを逃がすとは……代わりを見つけてこなければな」
何言ってんだ、こいつ?
「あぁ、それとこの二人だけど。お前が王子を裏切るとき、ちゃっかり着いて行こうとしてたようだぞ。枕元に荷造りしてあったからな」
「は?」
「なぁ、高山、戸敷」
「あったりめーだろアァ? 樫田さんに着いていかなくって、なんでてめーん所に残んなきゃならねーんだよ」
「帝国でじっとしているより、外を歩き回る方が知識は広がるからな。それに……帝国……いや、ヴァン王子はどうにも善人には思えなくてね」
高山、戸敷……お前らカッコイイこと言ってるけど、敵に捕まってんぞ。
それでも余裕たっぷりなのは、何か考えがあるからなのか?
高山にはないだろうが、戸敷にはあるんだろう。
あいつは俺らみたいな馬鹿じゃない。秀才だ。
「ま、こうなっては仕方ないね。大々的に脱走するしかない」
「アァ? 戸敷よぉ、てめー、この状況わかってんのかよ」
お前もな、高山。
「樫田。ズボンのポケット」
は? 俺のズボンのポケット?
……お、石が入ってら。
石……。
「それを握り潰し――」
「任せろーっ!」
パキ――俺の手の中で石が砕け、ほんのり熱を帯び始める。
それを俺は真後ろ――こちらの様子を伺いながら茂みに隠れる女どものほうへと投げた。
「入れ!」
それから高山、戸敷に向かって走り出す。
あいつらも魔法を使って、縄をすり抜けたみたいだな。
既に帝国兵どもと喧嘩をおっぱじめてやがる。
「おらおらおらぁっ。勇者様のお通りだぞっ。ぶっ飛ばされたくなかったら、道をあけやがれ!」
こっちの世界に来てまだ一か月だが、百人程度なら余裕で勝てる。
俺を止めたければその倍……いや、十倍は連れてこねーとな。
暴れながらついでに檻をひとつぶっ壊し、女どもを逃がす。
「っち。馬鹿でもエンシェントドラゴンの力を持っただけのことはあるな」
「わかってるじゃねえか、ヴァン王子さんよぉ」
「あぁ。だからわざわざ遠回りしてこちらに来たのだよ」
「遠回り?」
「ドーラム侵攻部隊、全軍を以って――ね」
は?
ヴァン王子が右手を上げると、後ろに控えた兵が笛を鳴らす。
地響きとともに、丘向こうから現れる騎馬軍団……マジかよ。
帝国騎馬隊じゃねえか。しかも……数百……いや、数千か?
「樫田さん、あんただけでも逃げるッス!」
「行けっ、樫田! こっちはこっちでなんとかするっ」
「はーっはっはっは。秀才の戸敷さんよー、なにカッコいいこと言ってんだ? お前もついに馬鹿が移ったのか」
っち、相田の野郎っ。
「女あぁ! お前らは行けっ」
そう叫んですぐ、ケツのポケットに入れたままのスマホを取り出した。
戸敷の魔法で永久バッテリーを搭載した、けどネットも使えねー、電話も使えねー、役立たずのスマホだ。
慌てて操作し、アルバムの中を漁る。
どこかに――どこかに――。
「あった! おい、お前っ。こいつだ、このミタマレイジを探せっ。探してからここを操作して――あぁ、メール見ろって伝えろ。いいな!」
急いでメールを打ち込み、内容を保存する。
それを女のひとりに押し付け、俺は――。
「はっ。やってやろうじゃねーの!」
俺の牙は、まだもがれちゃいないんだぜ。




