如月の事件簿3
最後の記憶は確か
「そういや葛城将平、週刊誌に載ったよな〜」
という佐久間という大月くんの友達の言葉だった。
そりゃあね、今をときめく若手俳優さんですものね。ぴったり2ヶ月も連絡来ないわけだ。別にショックなんかじゃない。
何もなかったことにしよう。
何もなかったことに。
そこから記憶はプツプツとしか再生できない。
真由華に大月くんが「そういや合コンでの将平はどうだったー?」なんて聞いていた記憶もある。
なんであいつのことばっかり。
そして私の横には淡い水色のしっかりとアイロンのかかったワイシャツを着た男がいる。多分だけれど、その人の肩を借りて眠っていた。
失態。
「あ、起きた?大丈夫かー?」
少し眠そうな瞳で顔を覗き込んでくる男は、トラウマの少年が大きく成長した男性で。
「は、はい、ごめん、ほんとごめんなさい、、」
私の言葉はシュルシュルと小さくなっていく。
「とりあえず如月んち向かってるから。俺も久々にアルコール飲んじゃってちょっとフラフラ。頼りなくてごめんな」
だけれど、記憶の中のヘラヘラとしたそれでいてやんちゃな瞳のスポーツ刈りの少年はそこにはいなくて、ただ真っ直ぐにゆるい笑顔を向けてくる男。
なーんでこんなことになってるんだ。
て、そっか、思わぬところで出た「葛城将平」という名前のせいか。お酒のせいで目頭が熱くなる。
週刊誌に載った
ということはイコール女ができたってことだよね。いや、もともといたのかもしれない。縁もゆかりもない、いや、縁はあったんだけれど、当たり前の現実に涙が溢れそうで。
中学校三年生のあの夏の帰り道のように大月くんには言葉をうまく返せなかった。
「あれ?ここ来たことあんなぁ。」
「え?」
家の前まで来ると大月くんは「下まで送る」と言って聞かず、変な拒否しすぎるのも面倒になり、一緒にタクシーを降りた。
そして予想外の一言。
「あれ?いや、まさか。」
「な、なに?」
「いや、なんでもない。てか今日はサンキューな!いやーほんと如月に久々に会えてよかった。」
お酒のせいか上機嫌な大月くんは、月明かりに照らされてなんだかとても大人に見えた。同郷のクラスメイトたちはこんな風に私の知らないところで大人になっているのだ。
「ん?何?見惚れた?」
「いや。ふふ」
そういうとこ変わってないね。自意識過剰。なんて突っ込めるはずもなく、丁寧にお礼を言って家の前でさよならをした。
家に帰ると自分の髪の毛から男物の香水の匂いがして急いでシャワーを浴びる。
すっきりさっぱりとシャワーでタバコや酒や男の匂いを落とし終え部屋に戻ると、真由華から一通と、いつのまに連絡先を教えたのやら大月くんから一通のメッセージが届いていた。
真由華からは
「ちゃんと帰れた?送り狼されてない?されてたとしたら今度詳細教えてね」
という心配してるんだかしていないんだか、はたまた話のネタを探しているんだかと私の人間不信を深めそうな内容のメッセージ。
そしてもう一通、
「今日はありがとう。
実は少し前に真由華と再会して、如月と会う機会を設けてもらったんだ。
如月もなかなか忙しいようだけど今度、二人で飯でも行ってください。
酒は飲んでも飲まれるな(ニヤリ)」
といったような内容のメッセージが一件。
中学時代のことを謝罪でもしたいのだろうか。「酒は飲んでも飲まれるな」だけは癪だけれど、それ以外はなんだかスマートにモテてきたんだろうなあ。という私の嫌味な感想が溢れ出し返信に困った。
結局、
「今日はわざわざ送ってくれてありがとう。おやすみなさい。」
なんていう可愛げが微塵もない返答をし、スマホを枕の横に放り投げる。
葛城将平
その名前を忘れるために前にほんの少し踏み出そうと思ったのに。地味女にはそんな些細な前進さえできないなんて。
むしろ過去を蒸し返すような出会いがあるなんて。大きな後退。
カラカラカラカラと暗闇にハムスターの滑車の音だけが響く初夏の夜を天井と壁とを交互ににらめっこをしながら過ごした。




