第6話 生体CPUの少女、貨幣偽造複製に手を染める。
「って話なんだよ!」
身振り手振り、ロイグは母、テミスに説明する。明らかにアルを見て、怪しんでいる表情を見せる。これは全く信用されていないという事だろうとアルは超演算システムで答えを出した。
「あぁ、ホムンクルスかい。でもこんなに早く? 都会は凄いんだねぇ」
「…………」
どうやらこの世界では人間を人工的に生み出す事に関しては異様に理解が早いらしい。テミスは財布から銅の硬貨を二枚をロイグに渡すとこう言った。
「無駄遣いすんんじゃないよ? あと、アルは女の子なんだからちゃんと案内してやんな」
「おけまる! じゃ、行こっか! アル」
「うん。ロイグのお母さん、ロイグの事は我が責任を持って引率する」
ぺこりと頭を下げるアルを見て、アルの頭を撫でるとテミスは「楽しんできな」と微笑む。
なるほど、これが母親かとアル・アジフは学習した。
「ニカゴスにレッツゴー!」
それが、ロイグが本日向かう街の名前だった。アル・アジフはニカゴスという街の名前を記録する。それがピリアの森から非常に遠く離れた場所にある、大きな交易都市であるという事をまだアル・アジフは知らない。
森で暮らすエルフにとって、そこは珍しい物で溢れた場所だった。人間の作った道具、見たことのない料理やお菓子、遠くの国から来た商人。
そして、たくさんの人・人・人。
「アル、ニカゴスって凄いんだよ。そりゃもうたまげるよ」
森を歩きながら、ロイグは楽しそうに話していた。ロイグが楽しそうにしている事から治安も悪くない、きっと楽しいところなのだろう。到着の前にある程度の予測を立てる為に尋ねる。
「どれくらいすごいのだ?」
少女型アル・アジフは尋ねる。現在の姿になってから、アルはロイグの行動を観察していた。彼は説明するとき、楽しそうに話す。興味があるものを見る時、少しだけ目を大きくする。
そして、自分の知らないことを知っている相手を素直に尊敬する。その度に我がマスター……もとい友は大したものだと納得する。
ロイグのニカゴスなる街の解答。
「うーん、うーん、うーん」
珍しく長考……ロイグは真剣に考えている。アル・アジフはこんなロイグを見るだけでもなんだか満たされる気がした。自分を作った優秀な科学者達の千の画期的な理論よりも意味があるようにすら思える。
「ニカゴスは森の外にある街って感じ」
「……」
アルは演算した。実に深い言葉だが、情報量が圧倒的に少ない。
しかし、ロイグが楽しみにしていることだけは理解できた。経験に勝る情報はないと思考を更新する。
「了解した」
「アルってさ」
「どうしたロイグ?」
「ちょっと、僕のこと分かるようになってきたよねぇ、ウェーイ!」
ほっぺたをツンツンとロイグにつつかれてアル・アジフは少し思考を停止させた。ロイグは表情が変わらないが、しっかり感情はある。そして、確かに最初は掴みどころがないように思えたが、存外ロイグは素直な子であると知ってる。
そしてロイグの言葉を解析する。
それは肯定。
それは少しだけ否定。
回答候補……
しかし、その前にロイグが表情を変えずに口元がにぃと綻ぶ。これがロイグの笑い顔なのだ。アル・アジフはこのロイグの笑顔よりも素敵な笑顔はないだろうと記録している。
「友達レベルがアップしたからじゃんね!」
ロイグは話し方が時折変わる。それは方言とかそういう物ではなく、多分若者言葉の類だろうと理解している。
しかし……そのニカゴスなる街の雰囲気は歩けども歩けども到着しているように感じられない。
それもその筈、ロイグ達、エルフの住まうピリアの森から一番近い街まで馬車でも通常なら数日かかる距離だった。
だが……ロイグ達は賢人エルフ、魔法の高みにデフォルトでいる種族なのだ。実はロイグは街に向かっていたのではない。
「こっち、こっち! 近道するよ」
ロイグは近道とそう言った。見渡す限り、森、山、林と近道という言葉とは程遠いとアル・アジフは思う。素体と通信を取り、以前ネブラ・ヴァイラスを滅ぼした際に宇宙に上がった時、小型衛星を生成している。そんな衛星からのデータでも近道らしきものは存在しない。
「近道?」
アルが聞き返した瞬間、ロイグの髪の毛が風もないのに逆だった。そしてロイグの疲労感がやや上がる。この現象は魔法という理解ができない力が発現する際の兆し。
予想通り地面に魔法陣が浮かび上がった。
空間が歪む。距離が折り畳まれる。アル・アジフの演算記録装置が即座に反応する。
二点間ダイブ……星葬機を生み出した超文明の科学者達ですらターボエフェクトという超時間短縮移動しかできなかったのに……これは文明が滅びるまで天才達が追い求めた技術。
「空間転移……なのか?」
「うん、ポータル。田舎はさー、公共の馬車とか船とか使って街まで行かないといけないじゃん? そんなのお金ない田舎者に街に来るなよ! って言ってるみたいでしょ? よって、エルフのみんなはじゃあ、ポータル引けばいいじゃないって誰かが言い出して今に至るのさ」
お金を節約する為に誰かが考えたらしい。
しかし、魔法に関しては類似技術なし、星間航法・位相転移・量子跳躍、どれとも違うし、なんならそれらは全て生命を運ぶにあたって致命的なデメリットを抱えているがこの空間転移に関してはそれがなさそうだ。
「……」
アル・アジフは初めて、自分の知識に存在しない現象を目の前で確認した。魔法という技能に関して説明はできずとも今までは炎、傷を癒す、乗り物酔いを治す程度。後々解明しようと思ったが、空間転移に関しては自分の技術を遥に凌駕している。
「ロイグ、後学の為にお願いがある」
「なに? なに? なんでも聞いてよ! 知ってる事なら教えるよ」
「今の技術について説明を求める」
「あぁ、あれは実は魔法だよ!」
“知ってる!“
とは言わない。せっかくロイグが教えてくれた答え。あまりにも簡潔な答え。アル・アジフは沈黙する。
今までにも何度か見せてもらった事はある。
「魔法か」
記録、ロイグの身体の解析、力の分類、結果として再現は不可能。超高性能なアル・アジフのシステムがフリーズしかけるが……
「便利だよねー」
ロイグは笑った。それにアル・アジフは頷く、そして思う。この少年やこの世界の人々は、自分や銀河文明すら理解できなかった現象を使っているという事実を知らない。
しかしだが……それを知る必要もないのかもしれない。
「到着! ここがニカゴス!」
街の名前が刻印された巨大なレリーフを見る。アル・アジフはこの世界の文字に関して解析と解読、翻訳も完了している。
「プラニカゴスペル」
「そう、ニカゴス!」
なるほど、ロイグは街の名前を省略していたのかとここで理解した。これからはロイグの言葉が略語かどうかの判定もする事に決定した。
街へ入った瞬間、ロイグは立ち止まった。
「……ロイグ、どうした?」
「なんか今日、妙に人が多いんだ」
アル・アジフは周囲を確認する。行き交う人々、確かにかなりの人の数だ。ロイグのように森で暮らす少年にとって、街は別世界と言えるが、初めてきたアル・アジフには比較ができない。
露店や食べ物の屋台。大道芸人とそれを見て笑い声。そして、知らない匂いが数多混ざり合う。これはロイグが守った世界の日常なのだなとアル・アジフは再確認。
ロイグは屋台を見つめる。
焼いた肉、甘い菓子。そして街でしかお目にかかれない香辛料の数々。アル・アジフはそんなロイグを見る。
アル・アジフが人を観察した経験というのは基本戦場だった。
それは恐怖、それは怒り、それは覚悟や決意の類。
しかし今、目の前にあるものは純粋な好奇心だった。
「アル!」
ロイグが振り返る。
「どうした?」
「見て!」
指差した先には、小さな店があった。甘い蜂蜜とクリームがたっぷり乗った生クリームパン。
「これは何だ? 異常なカロリーを感じるが」
「そりゃまぁ、ナウでヤングな女の子に今、一番人気の食べ物さ」
「まて! 解析する」
「食べる前に調べるの? 絶対調べる前に食べたほうが楽しいって!」
アル・アジフは停止した。確かに……ロイグが求めているのは分析結果ではない。味であり、自分と食す事に意味がある。
超高性能なアルは学習したのだ。
しかし、問題はもっと大きな事象である事を知る。ロイグの財布の中の金子。
要するにお金だった。
「銅貨二枚」
母親から渡された金額、ロイグは手のひらを見る。残念ながら街で美味しい物を食べようとするとこれでは不足である。せめて十枚はないと街で遊ぶなんて夢もまた夢。ロイグは数年、小遣いを溜めて街に遊びに行くという事を繰り返していた。そして街に行ったすぐ後にアル・アジフに出会い現在へそくりはない。
「……」
「不足か?」
「うん、ごめんね」
無表情ながら、ロイグが少し残念がっている。それはなんだかアル・アジフの中では惑星を救う事と同じくらいなんとか解決しなければならないタスクとなる。
ドンと胸を叩いてアル・アジフは言った。
「まかせろ、我が解決する。その金を少し借りれるか?」
「うん、はいどうぞ」
アル・アジフは銅貨を握り締め、目を瞑る。
「素体へのアクセスを開始。現在、手の中にある。物質の解析開始。銅が95%、亜鉛が4%、スズが1%。解析完了。インゴットの形状記憶開始。周囲より同じ素材を回収し、複製を開始。二百枚の生成に成功。素体より随伴機に乗せて、私のいる座標へ箱詰めして投下」
その数分後、しゅごぉおおおおお! という凄まじい音と共に空を飛ぶ小さい何か、本来アル・アジフに随伴するドローン兵器、それが箱を落とす。人々は鳥か? 魔物か? ドラゴンか? と慌てているが、ポスっと落ちてきた箱を少女型アル・アジフはキャッチ。そしてそれをロイグに渡す。
「これで足りるだろう?」
ロイグが箱を開けると銅貨が大量にカチ盛りされていた。なるほどとロイグは頷き箱を閉める。
「アル」
「何だ?」
「これ、どこから持ってきたの?」
「そのインゴットをピリアの森にある材料で複製した」
うんうんとロイグは頷くと、微笑んだ。珍しくロイグが表情を変えたのにアル・アジフは不思議な気持ちに包まれ、そしてアル・アジフも笑った。
「アル、これ貨幣偽造ぉー。アウトー!」




