オープニングの前 宇宙の彼方
宇宙に音はない。だからこそ、静寂はどこまでも広がっていた。砕けた惑星の欠片が漂い、燃え尽きた恒星の光だけが、二つの影を照らしている。
一つは白、侵食された惑星を葬る為に生み出された終局兵器、《星葬機アル・アジフ》。
一つは黒、無数の惑星を侵食し、文明を金属へと書き換えてきた最後の《星蝕機群ネブラ・ヴァイラス》。
互いの刃は何度も交差し、幾千もの星系を戦場へ変えてきた。
そして今、ネブラ・ヴァイラスの胸部を貫いた光槍が、その活動を完全に停止させる。
黒い巨体は崩れ落ちるように宇宙へ溶けていった。まだトドメを刺し切れていない。
だが、アル・アジフの胸部コクピットでは、別の終わりが静かに訪れていた。
《終命印、消失。生体炉、寿命限界、契約者生命反応、消滅まで七分三十秒》
機械音声が淡々と告げる。操縦席に座る女性――キリエ・フロイラインは、苦しそうでもなく、静かに息を吐いた。綺麗な白の髪をした美しい女性、歳の頃は先ほど二十七となった。アル・アジフと契約し丁度十年。
「……終わった?」
「否。星蝕機群の逃亡を確認」
アル・アジフは答える。
「最後の星蝕機群の撃破失敗。任務達成率、〇パーセント」
「そっか、ダメだったかー、くぅ、悔しいなぁー」
「しかし、契約者の母星の守護は成功した。決して、無駄な戦いでもこれは無駄な死ではない」
キリエは嬉しそうに笑った。
「そっか……よかった……」
彼女の右手は既に白く変色し始めている。
終命印、星葬炉との完全同期が終わった証、契約者は、自らの命を燃料として世界を救う。
それは最初から決まっていた結末だった。キリエ・フロイラインはこれを皆が呪いと言ってたがそうは思わなかった。
「ねぇアル・アジフ」
「どうした?」
「怒ってる?」
「何故、そのような質問をするのか理解不能。我には怒るという機能は搭載されていない」
「だってさ……」
キリエは小さく笑う。
「約束、守れなかったから」
「……。約束を確認、海の閲覧?」
「うん。戦いが終わったら、一緒に海を見ようって」
アル・アジフは検索する。
海。
青い液体、波、砂浜、契約者との約束、検索結果、一件。
保存済み。
「記録されている」
「うん」
「未達成だ」
「そうだね」
「プランの失敗に謝罪する」
「違う違う」
キリエは首を振る。
「謝るのは私だよ」
「我は理解できない」
「知ってる」
彼女は笑う。
「君ってやつは、本当に不器用だから」
沈黙、宇宙には風もない。だから時間だけが静かに流れていく。不器用ではない、合理的なだけであるが特にそれを言う必要はないとアル・アジフは判断した。
「アル・アジフ」
「なんだ?」
「一つだけ聞いていい?」
「承認する」
「私たち……友達だった?」
演算開始、友達、共同体、相互信頼、契約外行動、自己犠牲、該当率九十八・七三パーセント。未知数一・二七パーセント
故に確定できない。
「……回答不能」
「ふふっ」
キリエは笑った。
「最後まで君は君らしいね」
ゆっくりと瞼を閉じる。生命反応はさらに弱くなる。
《残り二百四十秒》
「アル・アジフ」
「なんだ?」
「契約ってね?」
「うむ」
「いつか必ず終わるものなんだよ?」
「理解している」
「でもね?」
彼女は静かに首を横へ振る。
「友達は終わらない。どちらかがいなくなっても、どっちもいなくなっても」
アル・アジフの演算器が僅かに停止する。未知、未定義、処理不能。理に無限は存在しない。必ず有限である。
「だからね」
彼女は満天の星々を見る。数え切れない銀河、数え切れない生命、数え切れない明日。
全て、彼女とアル・アジフが守ったもの。
「この宇宙は広い」
「あぁ。今も拡大を続けている。全ての観測は不可能に近いだろう」
「ははっ、うん。でもこの星の彼方にはきっといるよ?」
キリエは優しく笑った。
「……?」
「君とずっと一緒にいられる契約者が必ずいる……賭けてもいいい」
アル・アジフの演算は停止した。答えが存在しない。そんな契約者など理論上あり得ない。生体炉には寿命がある。
必ず終わる。
だから、永遠など存在しない。
「そんな者は存在しない」
そう返すと、キリエは少しだけ困ったように笑う。
「君は本当に偏屈だなぁ」
その笑顔は、どこまでも穏やかだった。
「でもね?」
「?」
「もし見つけかったら……」
彼女は最後の力で、操縦席のコンソールを優しく叩いた。言葉にするには時間が足りないと本人も気づいている。
「今度は任務なんかじゃなく」
「……」
「いっぱい遊んでもらいな」
《生命反応消失、契約終了、生体炉停止。このまま巡行にて星蝕機群の追跡を開始する》
少女は、そのまま静かに眠った。アル・アジフは契約者がいないまま自動で敵を追う。そんな中で思考し続けた。彼女が最後に残した言葉は、膨大な戦闘記録よりも優先順位が高く設定され、ブラックボックスの最深部へ保存される。
《最終遺言》
『いつか、君とずっと一緒にいられる契約者が、この星の彼方にはいるんだから出会える日を楽しみにするんだよ』
《理解不能》
それから長い年月が流れた。白骨だけを残したキリエを抱いたまま、アル・アジフは最後のネブラ・ヴァイラスを追い続ける。
そして一つの星へ墜ちる。森で木の実を齧りながら、無表情でこちらを見る緑髪のエルフの少年・ロイグ。
後にアル・アジフが初めて「友達」という言葉の意味を知ることになる、その少年との出会いは、キリエが残した願いへの静かな答えであり、物語の始まりだった。
アル・アジフは製造されて初めて、論破された。今は亡きかつての契約者……いいや、友達。キリエ・フロイラインに、アル・アジフよりも長く生きる生命体エルフとの出会い。




