第19話 帝竜警報が発令したのでエルフはコロッケを作ったり、人間は最後の日に祈りを捧げたり
ある朝の出来事である。
ピリアの森は、いつもと変わらない静かな時間を迎えていた。木々の間から差し込む光。風に揺れる葉の音。小さな精霊達が飛び交う森の空気は、人間達の暮らす都市とは違い、時間そのものがゆっくり流れているようだった。
アル・アジフはコーヒーカップを片手に良い朝だという物はどの朝の事かと考えていた。
しかし、その日だけは少し違った。エルフの集落中央に設置された巨大な魔法水晶が、突然赤く輝いた。それは魔物の襲撃でも、戦争の始まりでもない。もっと単純で、もっとどうしようもないもの。
《《自然災害》》の警告だった。
【帝竜警報発令・推定進路更新、ピリアの森上空通過確率、三割強・災害等級、最上位】
機械的な表示が水晶へ浮かび上がる。集落の住人達は、一瞬だけ空を見上げた。そして、すぐに動き始める。慌てて叫ぶ者はいない。逃げ惑う者もいない。防御結界を担当する役場担当者は森全体へ魔法陣を展開し、各家庭では保存食や水の確認が始まる。いつから始まったのか、帝竜警報の時はコロッケを作って食べるという風習がエルフの集落にはあった。子供達も遊びを止め、大人の手伝いを始めた。
それは、彼らにとって珍しい出来事ではなかった。来たら少しばかり困るけど、まぁ、過ぎるの待つ季節もののイベントである。
帝竜警報とは数百年に一度、大陸を横断する巨大な生命体、その通過した場所には何も残らない。森も、都市も、文明も、ただ巨大な力が通り過ぎた結果だけが残る。
だからこそ、エルフ達は知っていた。戦うものではない。過ぎ去るまで待つものである。エルフの魔法防御であれば帝竜を倒す事はできずとも通過するまではなんとか耐え切れる。
「ロイグ、ロイグどこだい?」
「なんだいおかーさん」
家の前で保存食を整理していたテミスが息子のロイグへ声をかける。魚の干物を水で戻して芋と一緒に揚げようと思っている。そして、息子を注意しておこうという母らしい行動。
「しばらく集落の外へ出ちゃ駄目だからね。アンタはエルフの癖に早起きしてすぐにどっかいっちまう。誰に似たんだか?」
「ひぃひぃひぃおじいちゃんかなー」
ロイグは空を見上げながら、少し考えた。
帝竜警報か、危険な天候災害的存在。しかし、今すぐ自分達がどうこうできるものでもない。
「分かってんのかい?」
「はーい、おけまるぅ」
素直な返事。母親は少し安心した。
……だが、数秒後。
「じゃあアルのところだけ行ってくるねー」
「……」
テミスは無言になった。この息子が素直に返事をするときほど、何か別のことを考えている時だと伊達にお腹を痛めて産んだわけじゃない、血のつながりで理解している。
「ロイグ! あんた待ちな。アルもつれておいでよ!」
呼び止める声は、もう森の奥へ消えていく背中には届かなかった。
森の奥深く。
そこには、かつて存在しなかった建物がある。幻想的なエルフの森には似ても似つかない金属と希少鉱物でできた巨大な格納庫、その隣には小さな家、さらに少し離れた場所には、奇妙な乗り物専用の駐車場。数十年前まで、この場所にはただ一つの存在しかなかった。
星葬機アル・アジフ。星を葬るために造られた第四世代終局兵器。それが正座していたのだが、今では、雨風から守る屋根があり、少女型のアル・アジフが生活する小屋があり、以前拾ってきたリペアットまで置かれている。
もはや兵器格納施設というより、少し変わった家だった。
ロイグが扉を開ける。
「おはよー」
「ロイグ、やぁおはよう」
少女型アル・アジフが振り返る。お互いに無表情だが、お互いのテンションが少し上がっている。毎日顔を合わせている間柄なのに、それは変わらず続いていた。
「外部環境変化を確認。集落周辺の魔力活動増加。警戒状態と判断する」
「あー、帝竜警報だよ」
「帝竜警報?」
アル・アジフの瞳に文字が流れる。
《検索開始、該当情報なし。名称より予測》
「大型魔獣か?」
「うーん、魔獣っていうより災害ですな。アレは」
「災害?」
「すごく大きいドラゴン」
「どの程度の?」
「何十年か前に行ったドラゴンの谷のレッドドラゴンがネズミに思える大きさだよ。もはや神の領域かもね。通った場所の人間の文明が消滅するくらい?」
ロイグの言葉から発せられる被害と温度感がどう計算しても釣り合わない。アル・アジフの処理が一瞬止まった。
《再確認・文明破壊級存在を災害分類》
「ロイグ」
「ん?」
「君達エルフの災害基準は、我の想定する一般的災害分類と大きく異なる」
「そう?」
「うむ、そうだ。まさに系統は違えど、我も結局のところ文明破壊を回避する為に生み出されたからな」
アル・アジフは少し考える。星を破壊可能な兵器である自分からしても、文明破壊級という言葉は決して軽くない。
しかし、ロイグはいつもの朝と同じ顔をしている。
「今回はどこを通る予測となっている」
「プラチナ王国領だねー」
ロイグはアル・アジフの部屋にあるモニター式の地図のタッチパネルに触れた。これはエルフからすれば伝達魔道具で人間からすればエルフの秘宝と呼ばれているエレフィックレコードをタッチパネル型に魔法と科学のハイブリットでロイグとアル・アジフが作った合作である。
「海沿いの国でねー。魚料理がおいしいんだよ」
「現在、滅亡危険地域として認識している」
「だから、なくなる前に遊びに行こうかなって、スープの味とか、あれは家では再現不可能だからね。帝竜がくる時になると店も閉まっちゃうし、多分みんな都市の最後に祈りを捧げてるだろうから」
「……」
アル・アジフは沈黙した。
《思考確認、契約者ロイグ発言、災害直前地域への観光目的、これは流石に理解不能》
「ロイグ」
「ん?」
「君は以前から他のエルフと比べても思考回路が独特だと判断していたが」
「うん」
「今回も同様だと思うな」
「褒めてる?」
「否」
即答だった。ロイグはそうかーと無表情で口にする。
「助けに行くわけではなく、この状況で観光目的とはやや不謹慎では? と結論付けるが?」
アル・アジフが問いかける。何十年も繰り返してアル・アジフが諦める事に結論付けた超理論である転移魔法をもってすれば住民を助ける事ができる。
「転移魔法で人を移動させれば、多くの命は助かると思うが?」
「うん、確かに助かりますなー」
「ならばなぜ?」
ロイグは少しだけ寂しそうに森を見る。
「移動させた先にも生活があるからですなー」
食料。
土地。
仕事。
文化。
一つの国を救う行動が、別の場所の問題になることもある。これに関しては瞬時にアル・アジフはロイグの意見の正当さを確認する。
「種族間では、災害に基本的には介入しない事になってるんだよ」
「冷たい判断だ」
「そうだね」
ロイグは否定しなかった。そして続ける。
「でも、災害が終わった後は違うよ」
復興支援、食料援助、技術提供。
「生き残った人達を助けることは人間も亜人も魔物も惜しまないんですよこれが」
エルフも、ドワーフも、他国の人々も、なんなら魔王城の魔物や勇者、冒険者、それが、この世界で長く続いてきた距離感だった。
「悲しいけどね。でもそれが一番戦争をしないで済むんだよ。歴史が証明してるのさ」
ロイグが呟いた瞬間、地面へ巨大な魔法陣が展開された。アル・アジフの演算装置が即座に反応する。
「ロイグ、これはロイグの魔法じゃないが?」
《高位転移魔法、発動者、プラチナ王国王家、対象、ロイグ及び星葬機関連存在》
「……」
「あらまぁ、呼ばれちゃったねぇ。困りましたなぁ」
ロイグは困ったように言うがやはり無表情。




