第13話 ちびっ子素材収集③、海底神殿と最後のゴーレム
ちびっ子ゴーレム相撲まで、あと三日。
第四世代星葬機アル・アジフは、自身の演算装置へ一つの結論を追加していた。
それは銀河文明最高峰の演算能力をもってしても、修正せざるを得なかった新たな世界認識である。
《契約者ロイグを基準として周囲の危険度を算出してはならない》
竜の谷では、惑星級災害指定相当の生命体が酒盛りをしていた。最果ての魔女の住処では、科学と魔法の境界線そのものを書き換える存在が昼過ぎまで寝ていた。
どちらも演算結果は「理解不能」。しかし理解不能だからといって、警戒を怠る理由にはならない。未知とは、本来そういうものだからだ。
朝日が森へ差し込む頃、ロイグがいつものように姿を現した。
片手には弁当、もう片方には、大きな木樽、昨日までにはなかった荷物だった。
アル・アジフは即座に解析を開始する。
《内容物推定・保存食・燃料・海中用浮力調整装置……現時点では予測判定不能》
「アル、おはよう」
「あぁ、おはようロイグ。その樽は何だ?」
「魚さんのおやつだよ」
解析終了。結論意味不明。
魚に餌を与えるためだけに、この大きさの樽が必要になる状況が想定できない。
そこへ、弁当を抱えたクリフが走ってきた。
「おはよう!」
「おはようクリフ」
「今日はどこへ行くの?」
ロイグは当然のように答える。
「今日はねー海底神殿にいきまーす」
クリフは頷きかけて止まった。
「……海底?」
「うん」
「神殿?」
「うん」
「えっと……海の底?」
「そうだよ」
ロイグは何でもない事のように足元へ魔法陣を描いた。
アル・アジフは五度目となる空間転移の解析を開始する。分かっていた事だが結果は、今回も同じだった。
《解析失敗》
光が三人を包み込む。
次の瞬間、ガラスのような壁視界いっぱいに広がる青い海。
断崖絶壁、そして海面中央には、巨大な渦……直径はおよそ三百メートル。
海そのものが穴になっている。
クリフは思わず息を呑む。
「すごい……」
アル・アジフは感想より先に索敵を開始した。
《生命反応確認》
海底。
海中。
海面。
周辺海域。
衛星リンク開始。
次々と表示される赤い反応。
一体。
二体。
七体。
十三。
二十一。
三十七。
その数は増え続ける。
《警告・超大型海洋生命体多数確認・危険度更新、戦略兵器級個体、戦略兵器級個体、戦略兵器級個体……警戒レベル・レッドライン》
少女型アル・アジフの瞳へ次々と赤い警告表示が流れる。海面の下を、山のような影が横切った。海が盛り上がる。
巨大な触手が一瞬だけ姿を現し、再び海中へ消えた。
さらに沖では、長大な蛇のような生物が波間を泳ぎ、その向こうでは、島ほどの甲羅を持つ巨大な海亀がゆっくりと浮上している。
銀河規模の戦場を知るアル・アジフだからこそ分かる。この海域は、生物だけで一個艦隊に匹敵する戦力だった。
「ロイグ」
アル・アジフは静かに言う。
「ここは危険だ」
「そう?」
「少なくとも我の演算では、生存率を保証できない」
するとロイグは海へ向かって両手を振った。
「おーい!」
その一言だけだった。
次の瞬間、海面が爆発した。巨大な触手が空高く持ち上がる。
クリフは悲鳴を飲み込み、アル・アジフは即座に迎撃シークエンスへ移行した。
《対艦ミサイル展開……衛星より荷電粒子砲充填……契約者保護を最優先》
しかし。
「ロイグじゃないか!」
海から響いたのは、陽気な声だった。巨大な触手を持った生物は、何本もの触手を嬉しそうに振り回している。
「クラーケン久しぶり! 元気だったー?」
「あぁ、こんなところにやってくる奴なんていねーからなー」
「でしょうねー」
友人同士の世間話だった。アル・アジフは、静かにミサイル発射シークエンスを解除した。
クラーケンの背は、一つの島だった。海面から突き出した巨大な頭部だけでも城塞ほどあり、その下に続く胴体は海底まで伸びている。触手一本だけでも竜の谷で見た若いドラゴンほどの太さがあり、それが何本も海流をかき分けて進むたび、海そのものが静かに道を譲っていた。
クリフは最初こそ怖がっていたが、十分も揺られているうちに慣れてしまったらしい。触手の一本へ腰掛け、海中を泳ぐ魚の群れを目を輝かせながら眺めている。
一方、アル・アジフは別の意味で景色どころではなかった。
衛星リンクによる広域索敵は、海中を埋め尽くす生命反応を次々と表示していく。
《大型生命体確認》
《超大型生命体確認》
《超大型生命体確認》
《超大型生命体確認》
警告表示は途中から数える意味を失った。この海域には、戦うべき敵が存在しない。
いるのは、友人の知り合いばかりだった。
海蛇がロイグへ頭を下げる。巨大な海亀が眠そうに前脚を振る。
群れを成した魚人達が、久しぶりだと手を振って通り過ぎていく。銀河最高峰の戦術演算装置は、新たな結論を追加した。
《契約者ロイグ……友達の規模が広すぎる》
その記録だけは、極めて正確だった。やがて海底へ巨大な石造建築が姿を現す。
幾重もの柱、巨大な神殿、壁面には魚や海竜を象った彫刻が刻まれ、数百年どころか数千年という時間を海水の中で耐え抜いてきたことを物語っている。
にもかかわらず、建物はほとんど崩れていなかった。
魔法か、あるいは別の技術か。アル・アジフが解析を開始しようとした瞬間、ロイグはもう神殿の入口で手を振っていた。
「おじゃましまーす」
家へ遊びに来たような気軽さだった。神殿の中から、海の魔物達がぞろぞろと姿を現す。
半魚人。
大海蛇。
珊瑚の鎧を纏った甲殻類。クラゲのような魔物。誰も武器を持っていない。代わりに皆、クラーケンが運んできた魚の餌へ興味津々だった。
巨大な木樽の蓋が開く。途端に海中が騒がしくなる。
大小様々な魚達まで集まり始め、神殿の広場は、いつの間にか食事会へ変わっていた。
アル・アジフは演算する。
《契約成立・対価・魚の餌、それもピリアの森産。悪い薬物などは一切なし、支払額、極めて安価……契約内容……この歴史的建造物の中にある秘宝譲渡》
計算が合わない。銀河規模の文明でも、これほど条件の良い資源交換は存在しなかった。
その間にもロイグは、神殿の管理を任されているらしい古い海蛇へ事情を説明している。
クリフが作るゴーレムのこと、子供達の大会であること、強くて、格好いい機体を完成させたいこと、それだけ話すと、海蛇は長く頷いた。
すると周囲の海洋生物達まで動き始める。
巨大な貝が殻を開き、中から真珠ではなく、透明な筋繊維を取り出した。クラゲは発光する膜を差し出す。魚人達は船に使われていたのか古い金属部品を抱えてくる。
どれも神殿へ流れ着いた秘宝だった。
アル・アジフは解析する。
《筋繊維……伝達効率・極めて高い……柔軟性、既知素材を大幅に上回る》
これなら関節の可動域が劇的に改善される。クリフのゴーレムに必要だった最後の欠片である。
その時だった。
神殿の最奥部を眺めていたロイグが、小さく首を傾げる。そこには、一つの金色に輝く何かが横倒しになっていた。海底神殿のみんなはそれを“船”と呼称していたが、船には見えない。底は割れ、元々の形状も分からないくらいに折れている。長い年月を海底で過ごしたため、材質は黒く変色していた。
それでも何らかのアーティファクトとしての形だけは残っている。
「ねぇクラーケン。」
「ん?」
「あれ、もらっていい?」
「ああ?」
クラーケンは呼称“船”を見る。それから何でもないことのように笑った。
「別にいいぞ。あんなん誰もいらんし」
即答だった。アル・アジフは呼称“船”へ視線を向ける。
解析開始。
《移動装置かも怪しい……推進機関なし……魔力炉なし……航法装置なし……設計思想・宇宙区間巡航用?》
とはいえ、そうだとしても随分古い形状だ。内部構造だけは興味深かった。
滑車、歯車、舵となるぶぶんだろうか? 特殊合金のワイヤー、知的生命が知恵だけで生み出した機械構造と見ていいだろう。兵器とはまったく異なる思想だった。
その時、ロイグがこちらを振り返る。
「アル」
「何だ?」
「アルも見てるだけじゃつまらないでしょ」
その一言で、アル・アジフの演算が止まる。
見ているだけ、確かに、ここ数日はずっとクリフの製作補助だった。
ドラ制作もロス制作も。どちらもクリフが作ったゴーレムである。
「これ使って、一体作ってみなよ。魔法の部分は僕が手伝ってあげるからさ」
ロイグは呼称“船”を指差した。
「ゴーレムをか?」
アル・アジフは考える。兵器設計なら容易だった。
だが、ゴーレムは違う。性能だけを追求するものではない。
クリフが目を輝かせる。ドラゴン達が笑う。ロスウェルは楽しそうに教える。
クラーケンはせっせと歯車を触手に抱えて運んできた。誰一人として「勝つためだけ」に作っていない。
銀河最高峰の演算装置は、初めて数式にできない設計思想を前に沈黙した。
そして、その沈黙を破ったのはロイグだった。
「楽しく作ればいいんだよ。絶対興味あるでしょ?」
「興味は……あるな」
その一言だけである。
演算開始。
再定義。
《ゴーレム……競技用兵器》
違う。
《友達と作るもの》
正解。
《勝利を目指すもの》
違う。
何度も修正され、最後に残った答えは一つだった。
《楽しいから作る。そこに勝利が伴えば尚良し》
その結論だけは、どんな演算式よりも速く導き出された。アル・アジフは初めて、自らの意思で設計図を描き始める。
その隣ではクリフもまた、海底神殿から譲り受けた筋繊維をドラとロスへ組み込んでいた。
二人は同じ時間に、それぞれ別のゴーレムを作っている。
しかし、目指すものは同じだった。
強くて。
格好良くて。
見た者が思わず笑顔になるゴーレム。
海底神殿には、工具の音がいつまでも静かに響き続けていた。ひと足早く、クリフのゴーレムが完成する。それはクラーケンを模した物だった。
「おっ、これもしかして俺ちゃん? えっ、嬉しいんだけどクリフ」
「クラーケン、力持ちで優しいから。ゴーレムの名前クラーケンから名前もらってクラでいい?」
「マジで? それ、メロい! いいぜ」
巨大なクラーケンの触手とクリフが握手をし、今だ構想段階のアル・アジフの前で競技用三体合体ゴーレムの三号機クラが完成した。




