第12話 ちびっ子素材収集②、最果ての魔女の住処へ・後編
掃除を終えた頃には、昼をとうに過ぎていた。散らかっていた小屋は見違えるほど綺麗になり、積み上げられていた本は天井まで整然と並び直されている。 庭に放置されていた薬草は種類ごとに干され、錬金釜の下には新しい薪が積まれていた。ロスウェルは腕を組み、満足そうに何度も頷いた。
数百年ぶりに床が見えた。
その事実だけで十分な成果だった。
「よく働いたのう」
そう言うと、小さな硝子瓶を棚の奥から取り出した。瓶の中には、蛍のような淡い光が一つ浮かんでいる。
クリフは思わず息を呑んだ。光は生き物のように瓶の中を漂い、ときおりこちらを覗き込むように明滅を繰り返している。
ロスウェルは瓶を机へ置いた。
「人工精霊じゃ」
その一言だけで、アル・アジフの内部演算が始まる。
《生命反応確認・魔力反応確認・人工生命・製造方法照合・一致データなし・新規文明技術と一旦仮定》
第四世代星葬機アル・アジフは銀河文明最高峰の科学技術によって造られた。
だが、目の前の小さな光を説明できる理論は、その膨大な記録のどこにも存在しない。
これは科学ではない。おそらくは魔法、しかし今まで見てきた魔法、そのどれにも属していない技術だった。
「魔力が少ない子には、こういう子がおると便利じゃからな。これを弟子クリフにやろう」
ロスウェルは当たり前のように言う。これは実はこの世界水準でも当たり前ではなかった。精霊と契約できる者は一握りの才能と運を持つ者だけ、それなら人工的に作った精霊をとはならんやろ! と大魔導士達は声を揃えて言うだろう。
そして銀河文明最高峰の科学技術を持つアル・アジフの演算装置は、開始から三分経っても答えを出せずにいる。
クリフは両手で瓶を抱き締めた。瓶の中の精霊も嬉しそうにくるりと一回転する。その様子を見たロイグは、小さく笑った。
「よかったねぇ。人工精霊もクリフを気に入ってる感じだね」
返事の代わりに、クリフは何度も頷いた。言葉にすると泣いてしまいそうだった。
その後、三人は夕暮れまで作業を続けた。人工精霊を核に据えた小さなゴーレムは、昨日完成した竜型とは違う柔らかな曲線を持ち、どこか生き物らしい温かさを宿していた。
クリフが魔力を流し込むたび、小さな精霊は楽しそうに身体の中を飛び回る。
その様子を見守るロスウェルは、一度だけ満足そうに目を細めた。
「よいな。人間の弟子は久しぶりじゃが筋は悪くない。そしてクリフはゴーレム作りの才があるの」
「ロスウェル、このゴーレムにロスウェルの名前をもらっていい? ゴーレム二号機ロス」
「構わぬぞ」
ロスウェルはゴーレム製作に関しても細かく、クリフとロイグに色んな書物を使って教えてくれる。そしてそれらの書物はアル・アジフが全編データとして取り込んでいた。ゴーレムについての理解がアル・アジフの中で深まった。
日が傾く頃になると、ロスウェルは鍋へ火を掛け始めた。穀物を煮込み、山羊の乳を注ぎ、蜂蜜を加える。そこへ砕いた木の実と香草を混ぜ合わせ、最後に紫色の液体を数滴落とした。完成した料理は、お粥にも見えたし、甘い菓子にも見えた。
「おや、出ましたな。ロスウェルの得意料理」
「うむキュケオーンじゃ」
人数分用意されたそれ、ロイグは美味しそうに口をつけている。クリフは恐る恐る一口運ぶ。
「……おいしい」
素朴で優しい甘さが口いっぱいに広がった。ロイグは何も言わず、二杯目をよそっている。
どうやら以前にも食べたことがあるらしい。アル・アジフも分析のため出された一皿を口に運んだ。
《成分分析開始・穀物・乳・蜂蜜・香草の類》
そして……
《未知物質検出 未知物質検出 未知物質検出 再分析 失敗》
ロスウェルは笑う。
「魔女の料理じゃ。全部理解できる料理など、美味くも何ともないぞ」
アル・アジフは黙ってもう一口食べた。
確かに美味しい。しかし理由が分からない。その事実だけが、内部演算装置を静かに追い詰めていく。食事を終える頃には、空には星々が顔を出し始めていた。
クリフは帰る支度を始める。ロイグはお土産の籠を片付ける。ロスウェルは欠伸をしながら杖を軽く振った。
「弟子たちも疲れたであろう。送ってやろうかの」
空間が静かに歪む。アル・アジフは反射的に解析を開始した。
《空間転移観測、ロイグの使う魔法との差異分析、多重座標固定、同時転移対象・三名、演算開始》
ロスウェルは杖を一度だけ地面へ突いた。その瞬間、三つの魔法陣が同時に展開する。
クリフはプラニカゴスペルの東門へ、ロイグはエルフの村の前へ、アル・アジフはピリアの森の素体の前へ。
転移は、一瞬だった。誰一人として座標の揺らぎを感じない。アル・アジフは着地と同時に結論を出そうとした。
《空間魔法、同時構築が可能? 理論構築、演算処理、第二世代星葬機資料からロスウェルに関する情報……閲覧権限により閲覧不可、ロスウェルの魔法理論を追加……処理能力限界》
これはまずいとアル・アジフは周囲の大気から氷を生成する。
《冷却開始・冷却失敗・警告・生体CPU温度上昇》
ぷしゅうううう……少女型アル・アジフの頭から、白い湯気が一本立ちのぼった。そして鼻血を出して自分の素体の前で気絶する。
第四世代星葬機アル・アジフ。任務開始以来、初の演算オーバーヒートであった。大幅なアップデートを施す事を素体に信号を送ると共に、また別の機会にロイグにロスウェルの元へ送ってもらおうと記録しておく。
ちびっこゴーレム相撲まであと四日。




