第11話 ちびっ子素材収集②、最果ての魔女の住処へ・前編
翌朝、アル・アジフは起動と同時に、昨日一日分の観測データを整理していた。ドラゴンという生命体は興味深い。単体戦力は星蝕機群ネブラ・ヴァイラス上位個体に匹敵するにもかかわらず、集団で酒を飲み、歌を歌い、工作に熱中する。しかもその中心には、四十万年以上を生きる一人のエルフがいた。
解析は一晩続いた。結果は、何も変わらなかった。
《結論・ロイグを基準に生態系は我の持つ情報では理解が及ばない》
超高性能演算装置は、極めて妥当な結論へ到達していた。もっとも、その結論自体が今まで存在しなかった新理論である。
森の奥から足音が聞こえてきた。この足音はロイグであると記録している。今日は籠を一つだけ提げている。昨日のような工具も資材もない。代わりに籠の中には、小さな焼き菓子がぎっしり詰め込まれていた。
それを見たアル・アジフは補給物資だと判断した。
「さすがはロイグ、甘味は長時間作業に適している。合理的な選択だ」
しかしロイグは、そんな合理性とは別の理由で籠を持っていた。
「今日はロスウェルのところだから、お土産なのさ」
その一言だけだった。アル・アジフは即座に検索を開始する。
〈ロスウェル一致データ……〇件……》
知らない。少なくとも、自身のデータベースには存在しない人物であり、ロイグと出会ってから一度も出た事のない名前である。
未知、その二文字だけで、生体CPUの演算速度は自然と上昇する。
一方のロイグは、朝食代わりに焼き菓子を一枚つまみながら、何でもない顔で足元へ魔法陣を描いた。一先ず、クリフの回収に行くのだろう。アル・アジフは慌てて解析対象を切り替える。
現在最優先事項、空間転移、三度目、いや、四度目になるだろうか? これほど頻繁に未知理論を目撃する状況は、銀河終焉評議会も設計段階では想定していない。星葬機は未知へ対応するために造られた。
だが、未知が日課になるとは誰も思わなかった。
《解析開始、素体に意識データを転送、アイハブコントロール。空間座標固定確認・魔力流動観測・前回とは別方向より理論構築……失敗……演算能力不……補助衛星接続……接続完了……衛星演算追加……失敗》
結局、今回も答えは出なかった。
光が身体を包み込む。視界が白く染まり、いつもと同じ時間にクリフがまたお弁当を持って待っていた。
「おはよー」
「おはようロイグ、それにアルお姉さん」
「あぁ、体調も問題なさそうで良かった」
ロイグは当然のように、二度目の空間転移魔法を展開した。アル・アジフは理解した。この少年は、「歩く」くらいの感覚で世界の点と点を書き換えている。今回はどこに行くのか、アル・アジフは警戒レベルを上げ、クリフはやはり楽しそうにしてる。
次の瞬間には潮風が頬を撫でていた。目の前には、小さな島が広がっている。
海鳥の鳴き声、白い断崖、打ち寄せる波、そして島の中央には、一軒だけ木造の家が建っていた。
家、と呼ぶには少し問題がある。庭には薬草が干され、その隣には何故か鍋が転がっている。本棚に収まるべき本は庭石の上へ積まれ、箒は木の枝へ引っ掛かり、錬金釜の横では洗濯物が風に揺れていた。
超高性能演算装置は三秒ほど状況を整理したあと、一つの結論を導き出す。
《生活環境評価》
《最低》
《衛生環境評価》
《最低》
《書類整理能力》
《最低》
《結論・びっくりする程散らかっている》
ロイグは迷わずその建物の玄関へ向かった。生命反応はない。しかしこの場所にロイグは慣れている。
いや、慣れ過ぎていた。扉を叩くこともなく窓を開け、中を覗き込む。
島へ着いてから、わずか十秒、住人の許可を得るという発想は最初から存在しないらしい。
アル・アジフは、その行動をやや非常識として記録しようとした。
しかし次の瞬間、その評価を取り消すことになる。家の中から分厚い魔導書が音速に近い勢いで飛来したからである。
《飛翔体確認……質量二・八キログラム、契約者ロイグへ命中予測、テイザーにて迎撃準備》
が、ドラゴンの谷と同じく迎撃は不要だった。ロイグは飛んできた本を、近所の子供から投げ返された木の実でも受け取るような気軽さで片手に収める。
そのまま本を脇へ抱え、玄関先へ丁寧に置いた。
どうやら、これも日常らしい。やや遅れて、家の奥から欠伸混じりの声が響く。
まだ朝である。
だが、その声の主にとっては夜明けなど睡眠時間の延長でしかないらしい。
しばらくして、小さな足音が廊下を歩いてきた。
現れたのは、十歳にも満たないような少女だった。白い髪は寝癖で好き放題に跳ね、大きすぎる魔女帽子が今にもずり落ちそうになっている。
杖だけは立派だった。年季の入った黒檀の杖には、幾重もの魔法文字が刻まれ、その一本だけが、この少女の異質さを静かに物語っていた。
アル・アジフは自動的に年齢推定を開始する。
《外見年齢・九歳……誤差修正、十歳から十一歳と断定、クリフ、ロイグより感じるエネルギー、呼称魔力量の照合開始》
演算が停止した。外見と内部情報が一致しない。構想演算の為に衛星観測を追加する。
魔力密度、周囲の生活環境から測定される精神年齢、そして一番は生命活動量。どの数値も、幼い少女という結論を容赦なく否定していた。ベースをロイグとしても異常値である。
少女はアル・アジフを一瞥すると、眠たそうだった目を少しだけ細める。
その視線には驚きよりも、懐かしさが宿っていた。アル・アジフは、その感情の意味をまだ知らない。
知るのは、その少女が口を開いた次の瞬間である。
「……ほう。懐かしいのぉ。星葬機であったか?」
その一言だけで、生体CPUの全演算領域が静止した。
「ロスウェル! あのね? こちら、僕のゴーレム制作の弟子。クリフ、最強に強くてかっこいいゴーレム作るから何か素材ちょーだい!」
「ロイグよ、わしの事は師匠と呼べ、師匠と! そして人間の子供と、星葬機の弟子か、そうじゃのぉ……タダではやれんの」
幼女がロイグを孫みたいに扱っている。そしていつの間にか、クリフとアル・アジフも弟子にされている。そんな事よりアル・アジフはこんな未開惑星の住人が自分の事を知っている理由が知りたかった。
「ロスウェルという推定成人? 何故、我の事を?」
「ふむ、貴様ら超賢い! とか言っておったのに、察しが悪いのぉ。かつて、わしの出来の悪い元弟子が魔神を作って人間の街に迷惑をかけたんじゃ」
プラニカゴスペルのゴーレム相撲が祭りとして定着した理由の話。その問題を起こした魔女の師匠がロスウェルだと言う。だったら、この幼女は一体何歳なのか? という新たな疑問と、同時に問題解決。
「第二世代プラニカ・ゴスペルと関わったのか?」
「うむ、わしも何が何だか分からなんだから、ここにあの星葬機とその契約者。ハニーヴァン・ジュールを転移魔法で召喚したのよ」
《照合開始、プラニカ・ゴスペルの契約者記録……四人目の契約者にハニーヴァン・ジュールが照合》
「良い弟子じゃったよ。ハニーもプラニカも」
そこでハニーヴァン・ジュールと星葬機プラニカ・ゴスペルは本当にロスウェルの弟子としてこの世界の事を学び、二人もまたロスウェルに星葬機について説明できるだけの事を教えてくれたのだという。
そこで、アル・アジフは疑問が生まれた。
「ロスウェル、少しおかしい。なぜ、生体CPUの我を見て星葬機と分かったのか? 第二世代にはその機能はまだ存在していない」
「それはの? この世界のホムンクルス技術とわしの魔法である人工精霊が貴様らのその生体CPUという技術にわしが手伝い科学として落とし込んで使われているからじゃ」
アル・アジフは何度計算してもロスウェルの言っていることの整合性が取れている事に驚愕する。自分は魔法の技術体系を殆ど解析できないのにこのロスウェルは魔法の理論化に成功しているという事。
「ロイグ、クリフ。このロスウェルは只者ではないぞ……」
「うん、ロスウェルだからね」
「大魔女ロスウェルでしょ! 絵本で読んだことあるよ!」
なんか二人とも知ってた……というのがアル・アジフの思考。そしてまだまだ聞きたい事があったのだが、ロスウェルは箒を人数分渡してこう言った。
「とりあえず長い事放置しておったからな。わしのクラフトの掃除でもしてもらおうかの」
※後半 本日午後更新予定です。一話で終わらせるつもりが、くっそ長くなりました。




