第10話 ちびっ子素材収集①、ドラゴンの溜まり場へ
ちびっ子ゴーレム相撲まで、あと五日。まだ日も昇りきらない朝、クリフ少年は昨日と同じようにプラニカゴスペルの東門へやって来た。
今日は昨日より荷物が一つ多い。肩から提げた小さな布袋。その中には母親が作ってくれた弁当が入っていた。友達とゴーレムを作ると言うと前日から母親が喜んで作ってくれたもの。
「おはよう!」
少し緊張しながら手を振ると、門の前には既にロイグとアル・アジフが待っていた。
「おはよー」
ロイグは相変わらず眠そうでもなく、元気でもなく、いつも通りの無表情。
その隣ではアル・アジフが静かに頷く。
「では本日の予定を確認する。素材収集任務を行い、ゴーレム製作を開始する」
「今日は一体目を作る材料を集める事にします」
ロイグはそう言うと、クリフの持つ肩から掲げた小さな布袋へ目を向けた。今日は早い時間から行動を共にするので、補給食が必要になる。アル・アジフはロイグが持ってきた硬いパンと果物、そして果実のワインの入った籠を持っている。
「ちゃんと持ってきた?」
「うん!」
クリフは嬉しそうに袋を掲げる。妙に大きいそれをロイグに見せて、
「お母さんが作ってくれた!」
「おぉ! それは大事だねぇ、僕もほら」
アル・アジフが手に持っている籠を見せる。
「うちもおかーさんが持たせてくれたお弁当だよ」
二人は何となく弁当を見せ合い、満足そうに頷いた。アル・アジフはその様子を記録する。
《解析・任務開始前、弁当の見せ合い。重要行動?》
理由は不明……昼食時に分かるかもしれないとこのアンサーは一旦保留とする。本日はこれから予測不能な事態が発生する可能性が極めて高いと、超高性能演算機能が観測している。その為、アル・アジフは少し生体CPUの能力をアップデートしてきた。
「じゃあ、行こっか」
「行こう行こう!」
「いつでも準備はできている」
ロイグが右手を軽く上げる。空間が揺らぎ、青白い魔法陣が足元へ広がった。この時の為のアップデートでもあった。アル・アジフは即座に演算を開始する。
《空間転移、三度目の解析開始……失敗・理論構築不能……現在アップデートした状態でもダメか、素体と衛星からの同時観測で、我を作った科学者達でも到達できなかった新理論の構築が必要か》
また分からない。何度見ても理解できない。銀河文明が最後まで辿り着けなかった技術を、この少年は朝の散歩くらいの感覚で毎回使っている。そして、この空間転移を使ったロイグの疲労感は自分を動かした時と比べて全くない。ロイグからすれば本当に息を吸って吐くくらいの運動量らしい。
「アル? どしたん?」
「……行こう」
三人は光の中へ足を踏み入れた。一体どこに向かうのか、アル・アジフは今回、衛星と通信できるように随伴機である小型ドローンを連れてきている。
次の瞬間、景色が変わる。地面は赤茶けた岩、切り立った断崖。空を自由に飛び回る空を覆うほど巨大な翼。
そして、咆哮、谷全体が震える。先ほどまで楽しそうにしていたクリフは硬直した。この世の中で出会ってはいけない存在という者の中にデーモン、天使という魔物や亜人の超上位種、そしてそれら以上に出会ってはいけない存在。地上最強の生物……その名も
「ど……ドラゴン……」
見上げた先。
一頭。
二頭。
三頭。
いや、数えるのを諦めるほどいた。一頭でも出現したら国が滅ぶ程の力を持つドラゴン。谷のあちこちに巨大なドラゴンが寝そべり、翼を休め、岩肌へ身体を擦りつけている。
これに関してはアル・アジフの内部警報が鳴り響く。
《警告・超高エネルギー生命体確認、単純なエネルギー出力は星蝕機群ネブラ・ヴァイラスに匹敵。しかもその反応数・一四九。契約者保護モード待機・我の素体をこの場に遠隔誘導準備、そして全兵装使用許可要請》
少女型アル・アジフは周囲を見渡した。どこを見ても危険、どこから戦闘が始まっても不思議ではない。
それなのに、ロイグだけがいつも通りの無表情、平常運転。
「おーい!」
ロイグは谷底へ向かって大きく手を振った。その瞬間、全てのドラゴンがロイグをギロりと見つめる。ロイグはさらに大きな声をかける。
「こんにちはー!」
クリフは思った。こんにちはで済む場所じゃない! 死ぬ。間違いなく、全員ドラゴンの餌になると思ったが、岩山の向こうで、一頭の巨大な赤い竜がゆっくりと首を持ち上げる。
黄金色の瞳、燃えるような鱗。そして他のドラゴンよりも遥に大きく街一つくらいなら踏み潰せそうな巨体。
谷の主・レッドドラゴンだった。
「おぉ? この声はもしかして、アストラルの息子か?」
低い声が響く。アストラルというのは、ロイグの父、木こりであり農夫であり、たまに狩猟もこなすエルフらしすぎるエルフ。そして、このレッドドラゴンはそんなロイグの父と友人だったりする。
「やっぱりロイグ坊じゃねぇか! アストラルは元気か?」
「久しぶりー。お父さん、甘いものばかり食べてお母さんにお菓子止められてる」
ロイグは笑って手を振る。レッドドラゴンは鼻息を鳴らした。
「まーた遊びに来たのか? 母ちゃんに怒られるぞ?」
「今日はお願いがあってさ」
「お願い?」
ロイグはクリフを前へ押し出した。「人間の子供じゃねーか、連れてきちゃダメじゃない」というレッドドラゴンに対して「ごめーん、黙っててね」と軽い対応。まず、クリフはロイグがドラゴンと知り合いであるという事に驚く、アル・アジフは一旦、このトカゲの怪物みたいな生命体が人語を解する事に衝撃を覚え、かつ一旦警戒レベルを一つ下げる。
「この子ね、クリフって言うんだけど、僕の弟子。ゴーレム相撲に出るんだ」
「ほう」
「だから材料を集めてるの」
レッドドラゴンはクリフを見る。意識が飛びそうな程のプレッシャー、かつて勇者や魔王ですらドラゴンの中の最上級種とは戦いを避けたと言う。
レッドドラゴンは最上級種ではないだろうが、上級種である事には間違いない。一般家庭の子供であるクリフは今にも気絶しそうだった。
「なるほどな、いい顔をしている人間の子だ」
次の瞬間、豪快に笑った。
「ガハハハハハハ! そんなことなら早く言え!」
谷中へ響くほど大きな笑い声だった。
「おいお前ら!」
その一声だけで谷中の竜が次々とやってきては顔を上げる。アル・アジフだけはこの惑星が星蝕機群ネブラ・ヴァイラスに奪われなかった理由は、星葬機プラニカ・ゴスペルが退治しただけではないらしいと予測した。とてつもない戦力。そんなとてつもない戦力が今、戦う為以外に集められている。
「ロイグ坊がゴーレム作るらしいぞ!」
「なにっ!? ロイグさん、パネェ!」
「まーた、エルフの小僧が面白そうなこと始めるのか!」
「俺も手伝う! 手伝う!」
アル・アジフは静かに演算する。
《再分類・ドラゴンなる生物、非常に協力的。そして》
訂正、どうやら凶暴な生物ではないらしい。
いや、少なくともロイグに対しては違う。巨大な飛竜が翼膜を差し出した。
「去年生え替わったやつだ! 使えるか?」
「使える使える! ありがと」
別の竜は巨大な爪を転がす。
「折れたやつで良ければ使え!」
「角もあるぞ!」
「鱗も持ってけ!」
クリフは呆然とその光景を眺めていた。どれも街なら一生働いても買えないような素材。それを竜達は野菜でも分けるような感覚で積み上げていく。
「ありがとー」
ロイグは笑顔で頭を下げた。それにクリフも恐る恐るドラゴンにお礼を言った。
「あの、ドラゴンのみんな。ありがとう」
「気にすんな! 人間がこんなところにくるの珍しいからなー」
「完成したら見せに来い余!」
いつの間にか谷中の竜達が輪になっていた。誰が削るか、誰が磨くか、誰が火を吹くか、勝手に役割分担まで始まっている。
アル・アジフはその様子を記録する。
《ドラゴン、工作技術。非常に高い。そして集団作業適性。非常に高い》
クリフは気付けば笑っていた。昨日まで一人だった。仲間もいなかった。
なのに今は、エルフがいて、アルがいて、ドラゴンまで一緒にゴーレムを作っている。
「すごい……楽しい」
思わず漏れた声に、ロイグは振り返る。
「そう?」
「うん!」
クリフは何度も頷いた。
「こんなにみんなで何かを作るの、初めてだ!」
ロイグは少しだけ嬉しそうに目を細める。ゴーレム製作は極めて丁寧に作る事が大事、そういう意味ではドラゴン達のこの製作技術は侮れない。
そして、製作者のクリフは少ない魔力だが、心を込めてそして楽しくゴーレムに魔力を送っている。
「じゃあ、きっといいゴーレムになるねぇ。じゃあお昼ご飯と行こうか? ドラゴンのみんなも家からワインくすねてきたから飲んでね! アル、増やしてもらっていい?」
“うぉおおおおおお! テミスさんのワインだぁあああああああ“
と大喜び、とはいえロイグが持ってきたワインは瓶一本。それを今回はアル・アジフが複製する。
「ドラゴンの諸君、しばし待たれよ」
ロイグの母が作ったワインを一滴指に垂らし、それを舐める。成分分析開始。銅貨を複製した時と同じく、この地にいるドラゴン全員が楽しめる量を生成していく。
ロイグとクリフはお弁当を広げる。ドラゴン達はワインを飲んで、火を吹き、歌を歌い、空を舞う。気がつけば、クリフはドラゴン達と仲良くなり、ゴーレム制作についてあーでもない、こーでもないと議論を交わせるようになっていた。
夕暮れ、ドラゴン達に見送られながら、一体目のゴーレムが完成した。
赤い装甲、竜の鱗、鋭い爪、力強い両腕、小型から中型くらいのドラゴンの姿をしたゴーレムをクリフは見上げる。
「いいねぇ。名前、どうする?」
ロイグに聞かれ、少しだけ考えた。
そして。
「一号機ドラ!」
その一言に、谷中の竜達が大笑いした。
「分かりやすくていい!」
「気に入った!」
アル・アジフも静かに頷く。
《個体名称登録・一号機ドラ登録完了》
こうして三体合体ゴーレム、その一体目が完成した。残るゴーレムは、あと二体。家に帰ったクリフがまさかドラゴン達に囲まれていたなんて両親は思いもしないだろう。
アル・アジフは素体の前でロイグに尋ねる。
「ロイグはクリフにゴーレム作りを教えないのだな? てっきり、色々教えると思っていた」
ロイグはチッチッチと指を振る。
「クリフが困った時に師匠は動くのさ! それにできる限り自分一人で作った方が達成感あるでしょ?」
さすがはロイグ! とアル・アジフは本日のロイグを画像データに残した。




