第2話 雲の家を塗ろう《くものいえをぬろう》
モコモコ犬の雲は、どこか寂しそうな声で言いました。
『ボクの名前は、もこもこ。秋の風はとっても冷たくて、放っておくとボクを遠くの空へ吹き飛ばそうとするんだ。風に消されてしまう前に、水たまりに映るあのペンシル屋根の洋館を、ボクの本物のお家にしてくれないかな? その筆で、虹の絵の具をちょっとだけでいいから、分けてほしいんだ』
るいはコクンと大きく頷くと、そっと右手を開きました。そこには目に見えないはずの、けれど確に手の中に感じるひみつの筆を、ぎゅっと握りしめました。
そして、水たまりにきらきらと輝く虹の光に、筆先をちょんと浸す真似をしました。それから、水面の中に佇むペンシル屋根の洋館の白い壁に向かって、優しくそっと筆を滑らせました。
パシャ、パシャ、パシャ
青い長靴のつま先が水面に小さな波紋を広げるたびに、不思議なことが起こりました。水の中の洋館がみるみるうちに優しい虹色に染まっていき、しばらくすると、壁の色であたたかみのある綺麗なレンガ色へと変わっていったのです。
ブン、ブン、ブン
もこもこは嬉しそうにちぎれんばかりに尻尾を振ると、もくもくとした体を弾ませて、そのペンシル屋根のレンガ色の洋館の中へと元気に駆け込んでいきました。
これでもう、どんなに激しい秋の風が吹いても、空の彼方へ吹き飛ばされる心配はありません。お家の中からひょっこりと顔を出したもこもこは、嬉しそうに言いました。
『ありがとう、小さなカッパのお友達。ボクにお名前を教えてもらえる?』
るいは、急にちょっとだけ恥かしくなりました。けれど、お母さんから「お友達になったら、ちゃんとお名前を教えてあげなさいね」と言われていたことを思い出して、胸を張って答えました。
「私はるい、五歳よ」
『るい、素敵な名前だね。これからその筆で水面を優しく撫でたら、いつでもボクのペンシル屋根の洋館が現れて、ボクに会えるよ。るい、それじゃあボクはもう帰るね』
「うん、わかった! もこもこ、またね!」
空を見上げると、いつの間にか本物の雲の隙間から、秋の優しい夕暮れの光が静かに差し始めていました。草むらの奥からは、
りーーん、ちんちろりん、チンチラリン
と、秋の虫たちが心地よい夕暮れの音楽を奏で始めています。
るいはもう一度、自分の右手を見つめました。手のひらには何もありませんでしたが、なぜかほんのりと温かく、雨上がりの草花のいい匂いが優しく残っていました。
るいは嬉しくなって、白ねこの長靴を弾ませながら、お母さんの待つお家へと元気に歩き出しました。
それを見た生垣のスズメさんは、「チュン、チュン」とるいにお別れの挨拶を済ませると、夕焼けの空へ向かって、いそいそと自分の家へ飛んで帰っていきました。
るいの傘は、るいにとっての大切な宝物の杖です。
ズル、ズル、ズル
帰り道もやっぱり、大きくて黄色い傘は、地面をずるずると楽しそうな音を立てて擦っていました。




