第1話 水たまりの虹の筆《みずたまりのにじのふで》
激しい秋の雨がようやく上がった日の午後。
るいは、大好きな黄色いカッパに袖を通しました。
フードを深く被ると、カサカサと耳の奥で静かな音がします。足元には、お気に入りの青い長靴。
くるぶしのところについている小さな白いねこのマークが、お出かけが嬉しくてたまらないというように、るいの足の動きに合わせて小さく揺れました。
パシャ、パシャ、パシャ
濡れたあぜ道を歩くたびに、長靴の底が泥水を跳ね上げて、楽しいリズムを奏でます。
るいの左手には、まだ自分では上手にさせない、大きな黄色い傘が握られていました。
ズル、ズル、ズル
傘の先端は地面をずるずると擦っていましたが、るいにとっては大切な宝物の杖のようでした。
すぐ近くの生垣では、雨宿りを終えた小さなスズメが「チュン、チュン」と羽を震わせて、るいに挨拶をしてくれました。
ふと右側の大きな石に目をやると、濡れてつやつやと光る苔の上を、カタツムリがのんびりとツノを伸ばして進んでいるところでした。
みんな、雨上がりの世界が嬉しくてたまらないのです。
そんなあぜ道の真ん中に、るいの背丈と同じくらいの、大きい大きいまぁるい水たまりがありました。
るいは、お散歩の足を止めて、その水たまりの前にしゃがみ込みました。
カッパの裾が泥で少し汚れましたが、そんなことは気になりません。
水たまりの濁った水が、時間が経つにつれてしんと静まり返り、やがて一枚の不思議な鏡へと変わっていきました。
「……あ」
るいは小さく声を漏らしました。
水たまりの中を覗き込んだ瞬間、そこには、今、見上げている空とは全く違う、信じられないほど美しい景色が映り込んでいたのです。
現実の空は、雨が上がったばかりの灰色がかった薄曇りなのに、水たまりの中には、目の覚めるような鮮やかな七色の虹が大きくアーチを描いていました。
そして、虹の向こうには、見たこともない古くて立派なペンシル屋根の洋館と灯りのついた街灯が、静かに佇んでいたのです。
さらに不思議なことは、それだけではありませんでした。水たまりの空にぽっかりと浮かぶ白いモコモコとした雲が、まるで生きているかのように動いていました。
白いクマさんかと思って、もう一度よく見ると、それは丸いお耳と尻尾を持った、大きなモコモコした犬の形をしていたのです。
るいが目を丸くして水面を見つめていると、水の中に映る自分の右手が目に入りました。
カッパの袖から伸びたその右手は、現実のるいは何も持っていないはずなのに、水たまりの中では、一本の細くて小さな絵を書くための筆をぎゅっと握りしめていたのです。
水たまりの中にだけ現れた、ひみつの筆。
そのとき、水面が「チリ……」と小さく震えました。水の中のモコモコ犬の雲が、水たまりの中からるいを見上げて、優しく尻尾を振ったのです。
るいの頭の中に、鈴の鳴るような心地よい声が直接響いてきました。
『こんにちは、小さなカッパのお友達。驚かないで。君の右手にあるのはね、空の虹をすくい取ることができる、特別な虹の筆なんだよ』




