ペーター、お前のことがよくわからん。せめて猫耳フェチなのかケモナーなのかはハッキリさせてくれ
-1-
「自分自身に目を向けるべき…ねえ」
昨日、エリザに言われた先輩からのアドバイスとやらを反芻しながら、俺はマニュアルを元に週末の定期礼拝の物品のチェックをしていた。
俺ことペーター・シュリークという男についてわかっていることは驚くほど少ない。
仕事柄顔は知られているらしく、道行く人は気さくに『やあ、牧師さん!』なんて話しかけてはくれる。半年前に赴任してきたよそ者にしては村人に受け入れられていたんだろうとは思う。
だが、それは『牧師』としてのペーターでしかない。
ナディア以外に親しい相手はいなかったんだろうか(アンドレイは…仕事関連の相手だし、なんか胡散臭かったし友達だとは思えない)。
「目を向けるつっても、一体どこから…」
鏡を見ればそこにいる。
でも何もわからない。
諸々の物品を前に、再度マニュアルを見返す。
「あとは、聖典か」
一番肝心なものがなかった。
俺は牧師館の書斎に戻った。一昨日アンドレイに整理してもらったおかげでだいぶすっきりした本棚にはなかった。
あの晩は手をつける余裕のなかったデスクを漁る。
一番下の引き出しの奥に2冊あった。上下巻とかじゃないはずなんだけどな。
片方を手に取る。
「な、なんだこれは!?」
分厚い本をどけると、引き出しの奥から薄い本が出てきた。
物理的に薄いだけじゃない、いわゆる薄い本だ。
この世界にこういうのあるのかよ。
まあ、それはいい。問題は中身だ。
「『猫耳美少女奴隷が牧師の妻になるまでの10日間』だと~?」
いやいやいや。
ペーター、お前、それはないだろ。
俺も男だから嫁とエロ本が別腹なのはわかるよ?
わかるけど、猫耳って、お前。
ペラッと中身を流し見する。
2度目はじっくりと内容を舐めるように読み込んだ。
「…めっちゃ純愛だ」
最終日のイチャラブセックスに至るまでのじれったさというか甘酸っぱさで最後まで読ませる圧巻の内容だった。
いい話だ。いい話だけれども…。
「人間の女と変わらんやないかい!」
マジで美少女に猫耳がついてるだけだった。せめて尻尾があれば…。
あと竿役が牧師であることに業の深さを感じる。お前の願望とかじゃないよな?たまたまだよな?
聞いても応えちゃくれないけどさぁ。
ペーターのことがわからない。同好の士だと思っていたのに、最早性癖さえわからなくなってきた。
-2-
チリリリン。
玄関のチャイムが鳴った。
また来客か。毎日誰かしら訪ねてくるな。
「はいはい~。今出ますよ~」
ドアを開けると、見慣れない男が立っていた。
「ご無沙汰です、牧師の旦那ぁ!」
ぱっと見人間だが、帽子に開いた穴から狐っぽい耳が出ている。ケモ度低めの獣人だ。この村の獣人はモフモフ度高めだから、ビックリした。
「えーっと…」
「旦那ぁ。例の取引の件ですが…」
「例の件?」
男はニヤッと笑って牧師館に踏み込んできた。
「とぼけちゃいけやせん!あっしとの仲じゃねぇですか!」
「いや、ごめん。最近記憶がポーンしちゃって本当に覚えていないんだって」
「えっ!?」
男は目を丸くする。
「それっていわゆる記憶喪失ですかぃ?漫画じゃないんだから…えっ、マジですか?えぇー!?そりゃ大丈夫な奴なんですかぃ!?」
そのオーバーなリアクションに俺の方がビックリした。
…いや、そこまでオーバーでもないか。知り合いが記憶喪失だって聞いたら普通はこれくらい驚くもんだよな?
「まあ、日常生活には支障ないからそんなに困ってないけどよ」
「旦那は困らずとも我々にとってはとんでもない痛手ですよ!」
「我々…?」
「あっ、いや。その話は後にしやしょう!」
ちらっと男は俺の背後に目を向けた。
「ふぁ~。おはよう、あなた…」
ナディアが2階から起きてくるところだった。
「おはようございます、奥さん!」
「あら、行商人さん。今日来る日だったんですね?」
男は俺に向けて行商人のルークと名乗った。
例の転生者がリポップしまくるリヴァルーという地方都市を本拠地にしており、この村にも月に1,2回くるらしい。
「こちら、例のブツです!」
そう言って缶をナディアに手渡す。ナディアのフワフワの尻尾が嬉しそうに揺れた。
「まあ、クッキー缶!ちょっと、待っててくださいね、今お代持ってきますから!」
缶を抱えてまた2階へと戻っていく。
「…なあ、君は俺のこと結構詳しい?」
「えっ?まぁー、旦那はお得意様ですからねぇ~!例の件でもお世話になってますし…」
「なぁ、その例の件って一体…」
ルークはわざとらしい大声を出した。
「あー、奥さん戻ってきましたよぉっ!」
なんだ?ナディアには聞かせられない話なのか?
そしてナディアから代金を受け取ると、ルークは
「次の目的地がありますから、あっしはここらで!」
と立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと!」
追いかけようとして、服を変なところに引っ掛けてしまった。
ビリビリッと嫌な音を立てて牧師服が破ける。
「アーッ!?」
壁から微妙にはみ出ていた釘の仕業だ。
その隙に行商人の馬車が丘を下っていく。
「そんな頓狂な声を出してどうしたんです、あなた?」
俺は牧師服の裂け目から手を差し入れて穴を見せた。
「もー!派手にやりましたねぇ!私、これから仕事なのに!それ脱いでください」
「ううっ。ごめん!替えってあったっけ?」
「洗濯中ですよ!」
ナディアは牧師服を持って2階へとまた姿を消した。
申し訳なさでいっぱいになりながらさっきの釘を処理しているとナディアが戻ってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう!」
手渡された牧師服には小ぶりな狼のアップリケがついていた。
「縫う時間はなかったのでこれで我慢してください」
「我慢だなんて…!めっちゃ可愛いね、コレ!」
「もうっ!そういうの良いから、これからは気を付けてくださいね!」
ナディアは尻尾を怒らせながら朝食の準備に取り掛かった。すれ違いざまに尻尾がフワッと俺の頬を叩く。
はー、こういう時、結婚してよかったってしみじみ思う。
そして『こういう時』というのが毎日一回以上ある。
もうほんと最高だね。
前世の俺なんて…いや、どうだったんだろう、ボヤッとしてんだよなそこらへん。配偶者、いたのかな?
-3-
今日は朝から定期礼拝の練習をするつもりだったが、それどころじゃなくなった。行商人が何時まで村にいるかわからない以上、奴からなんとしても話を聞かなくちゃいけない。
丘から軽ーく村を見渡した。行商人の荷馬車は目立つから見えたらいいなと思って。
ラッキー。ジョニーの薬草農園の方に向かっていくのが見えた。
俺は小走りで向かった。
「確かこっちの方に…」
薬草農園を見回す。イーゴンが遠くから軽く手を振ってくれたので振り返すと、その奥の道をジョニーが歩いていくのが見えた。
その隣には行商人がいた。
俺には気付かず、なんだかコソコソと喋っている。
「アレは…?」
足早にあぜ道を歩く二人を追いかけた。
二人は薬草農園を抜けた先の大きな屋敷の裏手で立ち止まった。おそらくここはジョニーの家だ。
「地主の旦那。こちらが例のブツです」
ルークはコソコソと懐から何かを取り出した。
「ああ、助かるよ…」
ジョニーはそれをさっとひったくるように受け取り、自分の懐に入れた。
「ところで旦那。牧師さんのことなんですが、記憶喪失って本当なんですか?」
「らしいね。自分が誰かさえも忘れちゃったんだって」
「ああ、神よ…!」
ルークは祈りの仕草をした。
「牧師さんが忘れてしまったんじゃもう例の件はおしまいですぜ…!」
「例の件って?」
「さっきお渡ししたブツですよ。実は牧師さんが…」
なんだ?ペーターが関わっているのか?
実を乗り出して…。
ガサッ。枯草を踏んでしまった。
二人の耳がピクッと反応する。
「誰だ!」
俺は観念して飛び出す。
「俺だ!」
「ぼ、牧師さん…!?」
ええい、ままよ!
盗み聞きしていた後ろめたさを、強気の姿勢で覆い隠す。
「行商人さん!あんたはちょっと怪しいと思っていたんだ!一体この村でどんな怪しい商売をしてるんだ!」
「誤解ですよ、牧師さん!」
ジョニーの尻尾が垂れて落ち着かなさそうにソワソワと動いている。
「じゃあなんでこんなコソコソしてるんですか!」
「落ち着てください、牧師の旦那!あっしがすべてご説明しやすぜ!ただこれは…その、旦那方の名誉にかかわることなんで聞いてもショックをうけちゃいけやせんぜ!」
ルークは周囲を見回し、俺を手招いた。
そして持っていた鞄から平たいブリキの箱を取り出し、俺に差し出す。
「旦那の隠れた裏の顔を見る覚悟があるなら…開けてくださぇ」
ペーターの裏の顔…?
まさに俺が今一番知りたいことじゃないか!
こんなポッと出の行商人からもたらされることになるだなんて!
「ゴクリ…!」
生唾を飲み込んで改めて蓋に手をかける。
蓋を持ち上げる。
「こ、これは…!?」
素っ気ない緋色の表紙の小冊子だ。タイトルさえ書いてない。
表紙をペラりとめくる。
1枚目にタイトルが書かれていた。
「『メスケモ看守を人間ピーーでわからせ調教快楽堕ち』」
「わーーっ!」
ルークとジョニーが大慌てで俺の口を押える。
「なんで読み上げるんですか!」
「や、ごめん、つい」
「誰かに聞かれたらどうするんですか!」
「だからごめんって」
俺はパラパラとその小冊子をめくった。小説仕立てになっていた。
ふむふむ。まあ、悪くない。特にこのメスケモ看守、悪くないね。ツンツンしているのに反応がイチイチ初心で可愛い。
その手のシーンの手前まで読んで俺は慌てて閉じた。この叡智の詰まり具合。外で読むには惜しい。
「なるほど、なるほど」
「牧師の旦那、何を勝手に懐に入れようとしてるんですかぃ!返してくだせぇ」
ルークに取り上げられた。クソ…。
「まあ、元は旦那のモノとはいえ、今はあっしが借りてるもんですからねぇ」
「俺のモノ?」
「旦那はお忘れかと思いやすが、こちらの著者は旦那ですぜ!」
本の裏表紙にはP.Sのイニシャルが書かれていた。ペーター・シュリークだ。
ブリキ缶の中にはもう一冊本が入っていた。表紙から察するにウサ耳美少女令嬢と従軍牧師のイチャラブ純愛モノの漫画のようだ。書斎のデスクに入っていた猫耳美少女奴隷のエロ漫画と絵柄が酷似している。
「それは?」
「ああ、これはとある筋…隣町の牧師さんから提供してもらったんでさぁ」
「アンドレイから?」
ルークは気まずそうにうなずく。
「まさか例の件ってのは?」
「ええ、紳士の嗜みとしてこういった本を循環させていたんですよ。あっしは行商人として街から街へ移動しやすからねぇ」
「つまり俺たちはエロ本を回し読みする仲ってことか…!」
「シーっ!」
ルークからまた口を塞がれる。
「狭いコミュニティでこの手の本の愛好家だなんて知られては公開処刑もいいところですよ!」
「あ、ああ。そうだな。配慮が足りなかった…」
そこらへんは微妙にお固いんだな、この世界。
「誤解は解けたみたいですね。じゃあ、私はこれで…!」
ジョニーはそそくさと屋敷へと戻っていった。
彼の性癖については結局不明だったな。まあ、いいんだけども。
ルークは俺の口から手を離してヤレヤレと肩をすくめた。
「気を付けてくだせぇ、旦那!あんた、前にも奥さんにバレて揉めたって愚痴ってたじゃないですか」
「えっ!?」
俺…いや、ペーターか。ペーターがナディアと揉めただって?
「行商人さん。その話、詳しく教えてくれないか?」
「いや、揉めたって言っても可愛い夫婦喧嘩ですよ。隣町の牧師に借りた本をお楽しみ中のところを奥さんに見られて『猫耳派だと勘違いされたらどうしよう!!』って…」
「おぉん…?」
「『これは付き合いで読んでるだけで、マズルがない女には欲情できないと力説したら何とか誤解は解けた』って。まあ、エロ本読んでたのは誤解じゃないんでしばらく家事負担が増えたってボヤいてましたね」
「…」
さすがにそれがセックスレスの原因…なわけないか。
というか、ペーターはこの行商人にそんなことまで喋っていたのか。そりゃ性癖までバレてるんだから、それなりに信用していたんだろうな。
「…行商人さん。あの、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願いですか?」
「君、リヴァルーって街を拠点にしてるんだろう?あの転生者が流れ着いてくると噂の」
「そうですよ!」
「ちょっと俺のことを調べてみてくれないか?」
行商人はきょとんとしていた。
「その、やっぱり記憶がないと何かと不便でね。自分に関する情報があれば何か思い出せるんじゃないかと…」
「おお、なるほど!任せてくだせぇ、旦那!」
「いやー、悪いねぇ!」
「あっしらの仲じゃないですか!」
行商人が俺の肩を叩く。
「それに、早く旦那には記憶を取り戻してもらわないと!『メスケモ看守』のスピンオフを書いてもらう約束を忘れたままでいてもらっちゃ、俺もアンドレイさんも困りやすぜ!」
まさか、先日アンドレイが挙動不審だったのはその原稿を探してたからか?
そうなるとあいつもそんなに悪い奴じゃないのかもしれないな。
「ありがとう、行商人さん!」
俺は行商人の肩を叩き返した。
動機はなんであれ、味方が増えたのは心強いもんだ。




