妖しい美魔女に顔面を掴まれてレスに悩んでいることを知られる
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ナディアの幼少期エピソードに釣られてマイケルからの協力要請に応えてしまったことについて考えながら牧師館へと帰った。
ペーターの記憶を取り戻すという方針として、マイケルを手伝うのは一見有効な気がする。でも、調査にかまけてナディアとの時間を削ることになっては本末転倒だとも思う。
イーゴンに約束した調査についても、何かしら彼を安心させる材料を見つけないといけないし。しばらくしたら祭りの準備も始まるし。アレもコレもと安請け合いして大丈夫だろうか。
「んんっ?」
牧師館の入口の前に人がいた。
喪服のように黒いドレスを纏い、服とおそろいの黒い日傘を差したその後ろ姿からは村人っぽくない上品さがにじみ出ている。
「御用ですか?」
振りむいたその女性を見て驚いた。
人間の女性だ。
30代以上だとは思うが、いくつ上なのかは不明。いわゆる美魔女という雰囲気。
絵にかいたような未亡人。そう感じるのは黒い服を着ているせいかもしれないけど。
「ああ、よかった、ペーター!不在なら出直そうかと思っていたところだったわ」
女性はにっこりとほほ笑んだ。
「教会はあっちですが、牧師館に何か?」
「いいえ!あなたとお話ししたくて!」
「はぁ…」
この人も知り合いっぽいな。
口ぶりからして結構仲が良かったんだろうか。
それともマダム特有のコミュ力でそう感じるだけだろうか。
「その様子だとやっぱり忘れているのね、私のこと?」
女性は日傘を閉じ、俺を覗き込んだ。
人間は女性も守備範囲外だと思うんだけど、この女性のオーラになんとなく緊張する。
「聞き及んでいるかと思うんですが、ちょっと今記憶の調子が悪くてですねぇ~!」
俺は半歩女性から距離を取った。
いやー、まさかとは思うけど、この人じゃないよな?
まさかまさか獣人比率が体感9割のこの村で理想のメスケモを嫁にしておきながら、何歳上かもわからん人間と…なんて、ありえないよな?
お前はこっち側だってことだけは信じてるからな、ペーター!
「失礼ですけども、どちら様でしょうか?」
「うふふ、あなたってば本当に忘れん坊ねぇ。私はエリザ」
女性はお上品にお辞儀して言った。
「はぁ、えっと…俺達は一体どういう知り合いで…?」
「私…ナディアの母ですぅ~。娘がいつもお世話になっておりますぅ~」
「おおおお、お義母様でしたかぁ!!」
俺は五体投地せんばかりにペコペコしながら、エリザを居間に通した。
恥ずかしいなんてもんじゃない。
よりによってナディアのお母様をそういう相手かもとチラとでも疑ってしまったなんて!
記憶がないことを免罪符にさせてほしい。ダメそうなら池にでも沈めてくれ…。
「粗茶ですが…」
茶菓子がどこにあるのかわからなかったので、先日ジョニーにもらった薬草パイの最後の一切れを紅茶と共に差し出した。
「まあ、ありがとう!」
正面に座り、薬草パイにフォークを入れるエリザを少し観察する。
ここがナディアの地元ならナディアの家族が住んでいるのも当然なのか。
ナディア母が獣人じゃないのは意外なんて言葉で片づけられないレベルの衝撃だけど。
「記憶がなくて大変じゃない~?」
エリザが話を振ってくる。
「いえいえ。ナディアさんが支えてくださるのでいい感じにやれてます。本当に俺にはもったいないくらいよくできた妻で…」
「ふふふ。仲良くしてるのね!」
「まぁ…」
仲良しではあると思う。
ナカヨシはできていないけど!
「いやぁ~、それにしても…気分を害されたらアレなんですけど、ビックリしました」
「私が人間で?」
エリザの目が光ったように見えた。
心の中まで見透かすような視線に心拍数が上がっていく。
「他意はないんです!ただ、ナディアがあまりにイメージ通りの獣人って見た目だから実は人間とのハーフだったのが意外ってだけで…!」
責められているわけでもないのに弁明するような口調になってしまう。
「ウフフ。私、後妻だからナディアとは血が繋がってないんですよ」
「あっ、そうだったんですね~…」
義家族を前にした婿殿の居心地の悪さとはまた違う座りの悪さ。
もしかして、話題選びを間違えたか?よくない話題だったかどうかもよくわからん。
逆に聞きたいよ、義母とサシで話すときに適切な話題ってなんだ?
「お義母様も季節労働かなんかでこちらの村に来た感じでしたか?あ、もしかしてお義母様も転生者だったりとか~?」
あー、俺のアホォ!
黙ってるのが気まずいからって、変な話題を続けるなよ。
「うふふ、私は転生者ではないわね」
「あー、そうなんですねぇ~!あっ、あー…そうだ!最近ナディアからなんかお悩み相談とかされてたりしませんか?俺の記憶がポーンしちゃったことについてとか、それ以外とか。なんか俺への不満的なサムシングがあるみたいな」
「いいえ~。そんなこと何も聞いてませんよぉ」
エリザは薬草パイを口に運ぶ。
俺も気まずさを誤魔化すように紅茶を一気飲みした。
カチャリ。
エリザがフォークを置く音がやけに大きく聞こえた。
「…これは先輩としてのアドバイスなんだけど、あなたはもっと自分自身に目を向けるべきね、ペーター」
「えっ…」
マダムらしい柔らかな表情が一変。
エリザが身を乗り出してきた。
ガシッ。
ぬるい温度の手のひらが俺の顔面を鷲掴みにする。
冷めたその目が不気味に青く光る。
え、なに?何してんのこの人!?
人間って困惑が閾値を越えると咄嗟に動けないもんだよな。
「ふーん。あなたってばナディアのことで手一杯に見えて色々考えているのね。薬草農園から失踪した転生者の行方と…ああ、看護師にも会ったのね。それから~…?」
「ちょっ!なにするんですか!」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、エリザの魔の手から逃れた。
青く光っていた目が元の色に戻る。
「あら、ごめんなさいね」
ちっとも悪びれた様子もない。
「ちょっと頭の中を覗かせてもらっただけよ。私のスキル『マインドスキャン』で」
「ヒェッ!」
恐ろしいスキル!
でも、なんで俺がそんなもんを使われなくちゃいけないんだ!
「残念だけど、ナディアとのレス解消は諦めたほうがいいわよ」
「えっ!?」
頭を覗かれた恥ずかしさや怒りが霞んだ。
「なんでですか…?」
「あなたじゃきっと解決できないから」
俺は身を乗り出してエリザの肩を掴んでいた。
「理由を知っているんですか!?」
「…直接聞いたわけじゃないけど」
「教えてください、お義母様!一体、何が原因なんですか!?」
「それはね…」
ゴクリ。
もったいぶらずにさっさと教えてくれ!
この息継ぎの間さえ惜しいというのに!
ガチャッ。
「ただいま~」
玄関が開き、ナディアが帰ってきた。
「あ…」
ナディアが俺とエリザを見て立ち止まる。
「おかえりなさい、ナディア」
「お義母様…?あなた…?」
アイスブルーの瞳がパチパチと瞬く。
遅ればせながら絵面が最悪すぎることに気づいて、俺は内心気が気じゃなかった。
「ナ、ナディア!違うんだ、これは!!」
ナディアがため息をつく。
「来るときは来るって言ってよ、お義母様」
「ごめんなさいねぇ~」
そしてエリザの手を掴んでまた玄関にUターン。
えっ、追い出すの?
俺もついて行こうと腰を浮かせる。
「いい。あなたは来ないで。この人と話があるの!」
しっしとばかりに尻尾をバッサバッサと振られた。
身内同士のガールズトークの盗み聞きなんて行儀の悪いことはあんまりしたくないが、俺も必死だ。
分厚い木のドアに耳をつける。
「ペーターにどこまで話したの?」
「あまりに危機感がないからメスの尻尾ばかり追ってちゃダメだって釘を刺しただけ」
「そう…」
「うかうかしてると祭りの日が来るわよ。それまでに…」
エリザの声音は急にシリアスになる。
「わかってる…」
ナディアは弱々しく遮った。
「お役目を忘れないことね。じゃあ、帰るわ!」
エリザの足音が遠ざかっていく。
ナディアはしばらく何か考えるかのようにそこに立ちすくんでいたようだが、足音が家に戻ってくる気配を感じて俺は慌てて食卓に座った。
「ナディア、あのさ…」
「なんです?」
その愛くるしい顔はいつも通りのようで、少し疲れて見えた。
さっき盗み聞きしたこと、素直に言うべきかな。
『お役目』って何なのって。
「や…薬草パイの最後の一切れ、お義母さんに出しちゃった…」
「えっ!」
三角の耳がピンと立つ。
「楽しみにしてたのに…」
「ご、ごめん…」
その晩、ナディアの口数は少なかった。
きっと原因は薬草パイだけではなかった。




