誘拐された俺と、第二の記憶喪失男の登場
-1-
ひどく額が痛んだ。
額というか前頭葉がズキズキする。
「うっ…」
目を開けると、薄暗い小屋の中だった。
俺は立ち上がろうとして、自分が椅子に縛り付けられていることに気づいた。
だが、頑張れば椅子ごと立てそうな縛り方だった。
「よっこいしょ」
椅子の後ろの足が浮く。
「あっ!ダメですよ!」
しかし、椅子の背を押さえつけられて俺は地面に引き戻された。
背もたれを掴んでいる何者かが正面に回り込んでくる。
「あれ、あんたさっきの…!」
若い男はバツが悪そうに目を伏せた。
クリス老人のところにいた看護師の男だ。名前は確か、マイケルとか言ったか。
「すいません、手荒な真似しちゃって。どうしても二人きりになりたかったんです」
「なるほど…?」
いや、なるほどで片づけていい奴じゃないよなこれ。
思い返せばこの男、去り際にやけに長く俺を見つめていたな。なんか訳アリって感じの熱い視線で。
「な、なる…ほど…」
皮肉なもんだ。ナディア以外にモテたって仕方がないのに。
「あのさ、俺既婚者だし、人間の男は守備範囲外なんだ。今なら誰にも言わないから無理矢理なんてやめなよ」
「はぃいっ?」
マイケルは鳩が豆鉄砲を食ったように目を瞬いた。
「無理矢理…あっ!?俺にも選ぶ権利が…ゴホン。なに勘違いしてるのか知りませんけど、俺はただ話がしたいだけなんですよ!」
「話ぃ~?」
貞操の危機じゃなかったことにまずは安心。
いや、逆にこういう理解不能なことをしてくる奴の方が危ないんじゃないか?
「喋るだけなら教会に来ればいいじゃないか!」
「すいません、この村の人は誰も信じられなくて。それは保険です!」
「じゃあ手短に頼むよ!俺、まだ仕事中だから!」
「それは俺もです。じゃ、単刀直入に行きますか…」
一応解放する気はあるのか…?
マイケルはゴソゴソと足元の藤籠をまさぐり、ナイフを取り出した。
「単刀直入でガチの刃物を出すな!」
「すいません。コレも保険です!」
そして俺の鼻先にナイフを向ける。
「牧師さん。あなたも記憶喪失だって言ってましたよね?…俺もなんです。俺も、今朝より前の記憶がないんです」
「へー…えっ!?」
マイケルは俺を真っ直ぐに見つめていた。俺の反応に嘘がないかを見抜かんとばかりに。
マイケルの中で俺は合格だったらしく、彼はポツポツと自分のことを語り始めた。
「記憶喪失ってのは半分嘘です。ないのは『マイケル』としての記憶です」
「マイケルとしての記憶……?」
「ええ。俺の本当の名前はキヨシって言います。本当の名前というか、前世ですが。…えーっと、この世界に前世って概念はありますか?」
「まさかとは思うけど、君も転生者なのか?」
マイケルの険しい顔がほんの少し和らぐ。
「まさかあなたも…?」
俺はうなずく。
「わー、そうなんですね!なーんだ、お仲間がいるなんて心強いなぁ!」
マイケルはすっかり安心したらしく、ナイフをしまった。
「いわゆる異世界転生って奴ですよね、コレ?」
マイケルはべらべらとこの転生元のキヨシについて語り始めた。要約すると東京の偏差値45くらいの大学にいそうな地味め男子の中央値みたいな男という印象。
取り立てて特徴がない人生。
まあ、俺も他人のことは言えない。
「で、君もマイケルの記憶がないのか」
「そうなんですよ!こんなこと言ったら怪しまれるかと思って記憶喪失は隠してます」
こうやって考えると、俺よりマイケルの方が深刻な状態なのかもしれない。俺にはナディアという家族がいるが、マイケルには頼れる相手がいない。
警戒して俺を縛ったり気絶させたりしたことは許してやってもいいかもしれない。
「牧師さんは俺を夢で見たって言ってましたよね?池がどうのこうのって」
「ああ、言ったね」
「俺は池で何をしていたんですか?」
夢の内容を反芻する。断片的に思い出せるのは泥まみれのマイケルの姿だけだ。
「朝に話した通りだよ。池から泥んこの君が出てきただけ」
「うーん…」
マイケルが首をひねる。
「マイケルの記憶かどうかはわからないんですが、断片的に覚えていることもあるんです」
マイケルは口を開きかけて言い淀んだ。
「…その記憶は池に関係してるの?」
「そう…いや、部分的にそう」
アキネーターかよ。
「池かどうかわからないんですけど…水に、突き落とされたんです」
「えっ…それ前世の死因じゃなくて?」
マイケルは首を振った。
「違うと思います。俺を突き落とした奴らの顔はおぼろげですけど、耳がありましたから」
そう言ってマイケルは両手のひらをおでこの上に掲げて動物の耳を作った。
「…獣人?」
「そうだと思います」
だからこの村の住人への不信感が強いのか。
「牧師さんが見た夢ってのは、本当にあった出来事なんじゃないかと思うんです。寝ている時に脳内で再生されたペーターさんの記憶で…」
「つまり、村の誰かが君を池に突き落として、君は自力で這い上がって事なきを得た、と」
「…はい。俺、怖いんです。村の誰かが俺の命を狙っているんじゃないかって。だから早く記憶を取り戻して敵の正体を暴かないと…!」
イーゴンと言い、マイケルと言い、若い奴らは陰謀論が好きだな…。
あ、そういえば。
イーゴンの名前で思い出した。
昨日の朝に消えた転生者のミゲルのことだ。
彼も池にこだわっていたらしいじゃないか。
このマイケルは誰かに池に突き落とされたと主張していて、昨日以前の記憶がない。
「君を知ってそうな人に心当たりあるかも…」
「本当ですか!?」
ミゲル=マイケル説、かなり信ぴょう性があるんじゃないか?
…と考えてちょっと笑えてきた。
俺も陰謀論者を馬鹿にできないな。
もしこれが本当なら「1週間前からマイケルを雇っている」というのはクリス老人の嘘ってことになってしまう。なんでクリス老人がそんな嘘をつく必要がある?
「ま、案内するからとりあえずコレほどいてよ」
マイケルは縄に手を掛けた。
「『解錠』」
魔法のように縄がほどけた。
自由になった手首をさする。ちょっと赤くなってしまったが、袖で隠れるしいいか。
「というかここはどこなの?」
「ああ、なんかたまたまそこら辺にあった納屋ですね」
ま、田舎なら納屋の一つや二つあっても不思議じゃないのかも?
「よく入れたね!鍵とか掛かってなかったの?」
「ふふん!俺には便利なスキルがありますからね!」
マイケルは得意げに胸を張った。
「納屋の錠前を開けたのも、今の縄を解いたのも俺のスキル『解錠』の効果です」
「はえー。やっぱり転生者と言えばスキルだなぁ」
「しかも2個あるんです。道であなたを気絶させたのも『睡眠』の効果でして!」
くっ。なんか絶妙にしょぼいけど、地味に便利そうなスキルだな。
全然羨ましいとかはないけど!
「牧師さんも何かスキルがあるんですか?」
「まー、ははは。記憶と一緒に忘れちゃったかなぁ~…!」
今まで忙しくて考えてこなかったけど、俺も転生者なら何かしらスキルがあるのかな?帰ったらナディアに聞いてみるか。
-2-
俺たちは連れ立って薬草農園に向かった。
薬草農園は牧師館のある丘から眺めていたので大体の方角はわかっていたが、間近で見ると非常に広大だった。おかげでイーゴンを探すのは非常に手間がかかった。
「おーい!イーゴン!」
「あっ、牧師さん!」
イーゴンは遠くから手を振っていたが、俺の隣にいる青年の姿を認めるとハッと表情を引き締めてダッシュで駆け寄ってきた。
おお、ビンゴ!
「牧師さん、まさか…!」
近づくにつれてその驚きの表情が、徐々に変わっていく。
失望の方向に。
「牧師さん、そちらの方は?」
俺とマイケルは顔を見合わせた。
「あてが外れたねぇ」
俺は簡単にマイケルについて説明した。
「そういう訳で1週間前からこの村にいるらしいんだけど、この子のこと何か知らない?」
「初めて会いました」
マイケルもイーゴンを見てもピンと来てないようだった。ま、記憶がないんだから当然だ。
「やー、それにしても専属看護師ですか…」
イーゴンは不思議そうに首をひねる。
「クリスさんが、看護師が必要なくらい体調が悪いとは知りませんでした」
「まあ、誰しも年を取ると見えないところにガタが来るのかもね」
「クリスさん、昔は冒険者としてブイブイ言わせてたって、先週、農園に差し入れを持っていらっしゃったときに、いつもの武勇伝をめっちゃ語ってましたけどね~!」
あ、この世界って冒険者制度とかあるんだ。
マイケルはこういういかにもなファンタジー世界に食いつくかと思ったが、神妙に黙り込んでいた。
「クリスさんはその経験から道場をやってたらしいですよ」
「へー!田舎で引退して後進育成的な?」
「今はそれもやめちゃったそうですけど、ジョニーさんも牧師さんの奥さんもクリスさんの道場の門下生だって言ってましたよ」
「なにっ!?」
俺はイーゴンに詰め寄る。
「その話、詳しく聞いていいか?」
「やっ、詳しくも何もそれしか知りませんって…!」
「失礼。取り乱したね」
「あの、牧師さん…」
イーゴンはマイケルに聞かれないようにと少し俺に身を寄せてコソコソと切り出した。
「そこの彼も調査の件に関係してるんでしょうか?」
「まだわからない」
ミゲル=マイケル説が否定されたのだから無関係と考えるのが自然だ。
ただ、彼もまた池になんか関係しているというのは少々引っかかる。
…まあ、俺が見た夢の話もマイケルの断片的な記憶も根拠とするにはあまりにあいまいなんだけどね。
「そっちの件はもう少し調べるから…」
「ええ、お願いします…」
クリス宅に戻る道中。
薬草農園から遠ざかって人気のない道に差し掛かると、マイケルはようやく口を開いた。
「調べるならクリスさんからがいいと思うんです」
「あ、ああ、まあ、君の雇用主だもんね」
「それもありますし、なんだか違和感があるんですよ、あの人」
「…というと?」
「上手く言えないんですけど…俺が初歩的なことばっか聞いても嫌がらずに丁寧に教えてくれるし」
それはクリス老人が聖人レベルでおおらかだからなのでは?
「なんというか…俺にマイケルの記憶がないことに気づいているのに、マイケルとして扱っている感じがするんですよ。それが妙になれている感じがあって…」
「ふぅん?」
なんとなくわかる感覚だ。
この村の人は俺の記憶喪失に驚くでも心配するでもなく「まあそういうこともあるよね」とやけにあっさり受け入れてくれるのがデフォルトだし。
獣人だから細かいことを気にしない、ということもないのはナディアを見ていればわかる。
なんせ皿の洗い残しとか水の出しっぱなしとか細かい部分に厳しい。
「牧師さん。よかったらまた明日もクリスさんを訪問してくれませんか?彼から何か聞き出しましょうよ!」
「うーん。でも今日行ったばっかだしなぁ…」
「何かしら口実作ればいいじゃないですか。あ、奥さんがクリスさんの門下生だってさっき言ってませんでしたっけ?」
「はっ…!」
老人は昔話が好きだからな。ちょっと水を向ければなんだって話してくれるだろう。
「道場に通っていた頃のロリナディアのマル秘話…!」
「いや、それはあくまで口実なんじゃ…!」
明日また訪問するという約束を取り付けてマイケルとは別れた。




