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3/6

浮気疑惑と陰謀論と隣町の牧師と。そういうのいいから夜の時間をだなぁ

-1-

「えっ!?池に近づいたんですか!?」

帰宅したナディアに今日あった話をしたら詰め寄られた。

「あーっ、えっとぉ…道に迷っちゃってさ〜!メラニーって人に助けてもらったんだよねぇ〜!」

俺はアイスブルーの瞳から目をそらしながら答える。メラニーから聞いた本当のことは話せない。まさか高圧電流注意の看板があるのに金網に触って気絶して軽く記憶が飛んでるなんて…ダサすぎる!

「えっ、メラニー?…メラニーと話したんですか!?」

ナディアがさらにグイッと近づいてくる。

「メラニーは……何か言ってましたか?」

少し開いた襟元から立ち上る甘い獣臭にドキリ。

「べっ、別に大した話はしてない、けど…?」

「そう、ですか…」

ナディアの圧が和らぐ。

ナディアは俺から少し離れ、肉球を唇に当ててふむ、と物思いにふけり始めた。

俺は急速に跳ね上がった心拍数を落ち着けるために深呼吸しつつ、その少し伏せたまつ毛が頬に落とす影をじっと見つめていた。

なんというか…ん〜?なんだこの反応。メラニーがなんだって言うんだ?

なんだかナディアの様子がおかしいような?

電撃を食らったかのようにある恐ろしい考えが脳内に浮かぶ。

ペーター、貴様まさか…!

「信じたくないけどさ…。ナディア、俺ってそうなのか!?」

「えっ、何がです?」

俺はナディアの華奢な撫で肩にそっと手を添える。

「とぼけないでくれ!浮気したから俺のこと嫌いになったんだろう!?」

「えっ…うわ、き…?」

ナディアのあいらしい唇が復唱する。まるで初めて聞いた単語であるかのように。

「うっ、浮気って、あの浮気…?」

ナディアの尻尾がピンと張り詰める。

「だだだ、誰と…誰がぁ!?」

「だから、メラニーとかいう奴と俺が!」

「ええっ!?メラニー!?」

ナディアの目がまん丸に見開かれる。めちゃくちゃ感情的な反応だ。

俺は確信を深めながらまくしたてる。

「なぁ、正直に言ってくれ、ナディア!俺はそうやってお前を悲しませたんじゃないのか?だからメラニーの名前にそんな不機嫌そうにしてるんだろう!」

新婚半年で浮気ならセックスレスもやむなしだ。離婚してないってことは再構築中だったのかもしれない。記憶喪失になった状態は逆にチャンスかもしれない。文字通り心を入れ替えたと主張すればワンチャンあるぞ!

俺は手に力を込める。

このまま抱きしめて、なんか言おう!なんか…なんか気の利いたことを!

3,2,1で行くぞ、俺!

3…2…

不意にナディアの肉球が俺の肩にそっと触れた。

「ち…」

「ち?」

「近い!」

ドンッ!

「ぬわぁっ!」

突き飛ばされてソファに背中から倒れこんだ。

「ナ、ナディア?」

肩で息をしているナディアを見上げる。

ナディアはソワソワと逆立った尻尾を抱えて撫でつけながら俯く。

「あ、あなたに限って浮気なんてないですよ!…ごにょごにょごにょ」

たぶん大事なことを言ってるだろうに、デクレッシェンドして後半が聞き取れなかった。

「それに!仮に浮気しててもメラニーだけはあり得ませんって!メラニーは研究一筋のちょっと変な人なので!」

「そ、そうなのか…」

まあ、ナディアがそういうのなら信じていいんだろう。

命拾いしたな、ペーター・シュリーク。お前さんがナディアがいながらほかのメスケモに目移りするケツ穴の小さい男じゃなくてまずは一安心だよ。

ナディアもちょっと安心したらしく、毛並みが整ってきた尻尾を一振りする。

「ハァ、心配して損しました。晩御飯の準備するのであなたは寝室のドアを直してきてくださいな。蝶番が取れそうなんです」

ナディアが棚の上に置かれた工具箱を指す。

「はいはい~」

工具箱を手に取る。

誤解ならそれでいいんだ。いいんだけれども。

そうなるとセックスレスには別の理由があるってことだよな?

「うーん…」

「なんです?」

ナディアに直接聞けば早いんだろうけども。恥ずかしがって教えてくれないかもだしなぁ。

チリリン。チリリン。

不意に周波数高めの鐘の音が聞こえた。

「ん?今のは…?」

天井と壁の接点につけられたスピーカーっぽい円錐の鉄パイプみたいな奴から鳴っているようだ。

「ああ。告解したい人がいるみたいですね」

「告解?」

「お悩み相談みたいな感じですよ!ほら、ぼさっとしてないでついてきてください」

告解ってアレか、カトリックで司祭に対して自分のやらかした罪を告白する奴。なんかのドラマで見たことあるな。

俺は神父さんじゃなくて『牧師さん』だし、奥さんもいるからてっきりここの教会はプロテスタントなのかと思っていたけど、冷静に考えてここは異世界なんだからそもそもキリスト教じゃないのか。

イマイチこの世界の宗教観がよくわからんな。仮にも聖職者なのに(職業的には、だけども)。

俺はナディアに連れられて初めて教会の中に入った。

内装は古びているが、結構広めだ。

「ほら。あそこの告解室に入ってお話を聞いてあげてください」

とナディアが指さすのは祭壇の脇にあるちょっと凝った装飾のなされた2つの木の扉。片方に『信徒の方はこちら』という看板があるので、もう一方が俺用の入口なのだろう。

「話を聞くだけでいいのか?」

「たぶん?」

ナディアだってこんなこと聞かれても困るよな。牧師は俺なんだし。

まったく自信はないが、ここで「わからないからできない!」なんて逃げるわけにもいかない。ナディアに幻滅されたくないからね!

ペーター。ぺら紙1枚でいいからマニュアル的なものを残しておいてくれ!

そう祈りつつ、告解室の席に座った。


-2-

残念ながらマニュアルはなかった。

ええい、ままよ!

かくなる上は前世知識で乗り切るしかない。きっとサラリーマンなら接客的な経験もある…はず!

告解室の入口は2つあり、中は木の格子がついた壁で2分割されて信徒のブースに誰が入っているかは見えないようになっていた。

「えーっと、本日はどういった用件で?」

「あ、牧師さん…!」

なんか聞いた覚えのある声だ。

「ああ、朝の!」

朝に教会の入り口でウロウロしていた若者じゃないか!名前は確かイーゴンとか言ったかな?

「何か相談事かい?」

「ええ、そうなんです!実は…」

イーゴンは格子の方に身を寄せ、声を潜めた。

「友達がいなくなったんです!」

「あー…」

朝にジョニーが言ってた話か。

「転生者はよくバイトを飛ぶってジョニーは言ってたね。だから君の友達も…」

「ミゲルはそんな無責任な奴じゃないです!」

イーゴンが拳でカウンターをドンと叩く。

「お、落ち着いて…」

「…すいません。でも…」

イーゴンは深呼吸して話を続ける。

「ここって近くの街道まで丸1日歩かないとつかないんですよ?最寄りの人里まではもっとかかります。こんな辺鄙なところから土地勘のない人間が消えたっていうのに『田舎に飽きた根性なしが街に戻った』で片付けるなんて、不自然すぎませんか!?」

「そうかもね…」

正直、都会っ子と田舎者の感覚の違いだから一概に変だとは言えないとは思うけどね。

俺の肯定に気を許したのか、イーゴンの口はさらに滑らかになった。

「ミゲルはあの鉱石にすごく興味があるみたいで。この村に来たのも実は金のためじゃなくて、池が生み出す赤い鉱石の正体を解明するためだって言ってました」

「ふーん…ん?池が鉱石を生み出す?」

「そうなんですよ!」

池に鉱脈があるだけなら『生み出す』とは言わないか。

「純粋に…どうやって?」

「そこに秘密があるとミゲルは言ってました」

「秘密?」

イーゴンがうなずく気配。

「ミゲルはあの金網を越える方法をずっと探してたんです。そんな奴が急にいなくなるわけがない。きっとその秘密を知ったから村の連中に消されちゃったんです…!」

「消され…た?」

流れる沈黙。固唾を飲んでイーゴンは俺の反応をうかがっていた。

俺はふーっと息を吸い込み一拍置く。

「なるほどねぇ。一理あるかも」

「や、やっぱり!牧師さん、あなたも人間だからきっとわかってくれると思ったんです!」

顔は格子で見えないけどきっとホッとしてるだろうな。

イーゴンの気持ちはちょっとわかる。

人間は何かしら納得感を求めて安心したいもんだ。

仲の良かった友達が自分に黙ってバイトを飛んだら心配するし、裏切られたような気持になるよな。現代と違って簡単に連絡も取れないだろうから。

そりゃ、陰謀論に飛びつきたくなるよな。

いくら荒唐無稽だからって、頭ごなしに否定してイーゴンを傷つけるのも違うだろう。ここは教会なわけだし、今の彼に必要なのはお説教よりも気持ちに寄り添うことだと思う、たぶん。

「話してくれてありがとう、イーゴン。でも、この件はあんまり人には言わないほうがいい。その…ほら、村の人たちに目をつけられたりしたら君も危ないだろう?」

とはいえ、その陰謀論はこの告解室だけにしておくのがいいだろう。

『村人が転生者を消してる!』なんて陰謀論を俺が真に受けて助長してるとナディアに誤解されたらセックスレスから一つ飛ばしで離婚危機になりかねない。

「でも…!」

「調査は俺の方でいい感じにやっておくからさ!えーっと、ほら!同じよそ者でも、俺は牧師だから信用のランクが高そうだろ?ねっ!」

イーゴンは不満そうだったが、渋々うなずいた。

「わかりました。よろしくお願いします、牧師さん…!」

イーゴンが告解室を出て教会を去るのを音で確認し、俺は深々と椅子に崩れ落ちた。

ふー。何とか丸め込めた。

この口の上手さ。俺の前世はトップ営業だったのかもしれない。


-3-

この日の来客はイーゴンだけではなかった。

夕食後、食器を洗っているとチャイムが鳴った。

「は~い?」

リビングの机で子供たちの小テストの丸付けをしていたナディアが腰を浮かせかける。

「ストップ!」

俺は慌ててその肩を掴んでテーブルに戻す。

「そんなけしからん…もとい無防備な格好で出ちゃだめ!」

「そ、そう?」

玄関を開けると、人間の中年男性が立っていた。当然見知らぬ人間だが、俺の同業者なのは彼が牧師服を着ていることから明白だった。

謎の牧師は俺を見て、ゴマ塩の無精ひげの生えた頬を緩ませた。

「やぁ、ペーター!息災かね?」

「えーっと、あなたは?」

「アンドレイだ!隣町で牧師をやっている!今回は派手に記憶をなくしたもんだね」

「ん?『今回は』?」

まるで俺がしょっちゅう記憶をなくしてるみたいな言い草じゃないか。…金網のことがあるからあながち否定できないのがつらいところだが。

「昨晩、ナディアから君が仕事内容がわからなくて困っているかもと連絡を受けてね。レクチャーしに来たんだ」

「それはありがたいんですが…もう夜ですよ?」

ファンタジー世界に労基法ってあるんだろうか。牧師の勤務時間が9時-5時じゃないのは仕方ないにしても、せめて夜間は夫婦のフィーバータイムにしたいんだけどなぁ。

「せっかくのご厚意ですけど…」

「あら、アンドレイ牧師?」

俺の背後から可愛らしい声がして、ひょこっとナディアが顔を覗かせる。

「主人を心配して来てくださったのね!」

「やぁ、奥さん!ちょっと旦那さんをお借りしてもよろしいかな?」

「ええ、構いませんよ!食器は私が片付けておきますからね、あなた!」

「あ、ありがとう…」

ナディアは俺の背中をぽふんと叩いて奥へと引っ込んでしまった。

『主人』か。いい響きだな。

「ま、時間も時間だし手早くいこう」

「あっ…!」

しまった!巧妙なトラップだ!

俺はアンドレイに書斎へと引きずられていった。

書斎。推定書斎。

ペーターは結構整理整頓が苦手な男だったらしい。

机の上に無造作に置かれた紙束や本以外も適当に突っ込まれた本棚の様子にそれが表れている。

アンドレイは呆れたようにため息をついた。

「こりゃ探すのに骨が折れるなぁ」

「探すって何を?」

「あー、そのぉ~…たはは、こっちの話さ!というか、この惨状じゃ仕事の説明どころじゃぁないなぁ!やっぱり資料があった方が私としても説明しやすいしぃ~!一旦整頓してからにしようか!」

「そ、そうだな…」

それから小一時間程アンドレイは書斎の掃除を手伝ってくれた。

時折ボソリと「ここにはないか…」とか呟くのがめちゃくちゃ気になるが、アンドレイの仕事ぶりは丁寧だった。

「それで、アンドレイは何を探してたんだ?前の俺に何か貸してたとか?」

「えっ…!ナンノコトダカワカラナイナ」

絶対わかってるじゃん。

なんでそんなに頑なに隠したがるんだ?

まさかとんでもなくえぐい性癖のエロ本の貸し借りとか?

…いや、それはないか。仮にも聖職者同士なわけだし。

パタパタ。

不意に軽妙な肉球が階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

ノックより先にドアを開けるとビックリした顔のナディアがドアの前で固まっていた。

「わぁっ!」

「どうしたの?」

「まだ時間がかかりそうならもう寝るねって言おうかと思って!」

アンドレイがナディアに向かって会釈する。

「やー、すいませんね、奥さん!」

「いえいえ。遅くまでありがとうございます!おやすみ、あなた!」

ナディアはパタパタと寝室へ消えていった。

俺はそのリラックスしきった尻尾の動きを目で追う。

「あんな綺麗な奥さんがいてつくづく君は幸せ者だな!」

アンドレイが脇腹をつついてくる。

「まぁ…」

ここで惚気の一つでも披露したいところだが、記憶がないし、そもそも綺麗な奥さんとはセックスレスっぽいのがなぁ…。

「おやっ!?お前さんが奥さんとの生活に不満を持つなんて、一体どうしちまったんだ…。ハッ!もしや…!?」

「なんだよ」

アンドレイが明らかにきょどり始める。

「ななな、何でもないさ!それよりそろそろレクチャーに移ろう」

このおじさん、これで誤魔化してるつもりなのか?

「いやいや。今の絶対何かしら心当たりがある奴じゃん。教えてよ」

「いやいや。ないって!」

「いやいや…」

「お、お前さんだって早く仕事を終わらせて奥さんのところに行きたいだろう!?」

むっ。それはそうだ。

このおじさん、なかなかやり手だな。

俺はそれ以上の追及は諦めた。

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