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2/5

狼獣人嫁との出勤デート後に迷子になった成人男性は俺です

-1-

翌朝。

窓から差し込む日差しと妙に暖かな風に起こされる。

恐ろしく寝床は固いけど、モフモフしてて気持ちのいい毛布がかかっていて、なんだか気持ちがいい朝だ。

「ううん…」

引き寄せようとして毛布じゃないことに気づいた。

目を開ける。

「スピスピ…」

ナディアだ。

毛布の下で俺に腕を回している。温かさの正体はこれだった。

あの後このまま一緒に床で寝たのか。

床なんて寝心地悪いだろうに。

起こそうと思ったが、しばらくその寝顔をじっと見つめる。

ナディアはいい夢でも見ているのか、半開きになった口からちょっとだけ舌が垂れ、時折前足がピクリと動く。

「はー、かわよ…」

俺の声に三角の耳がプルルと震える。

「んんー…」

眠たげに開かれたアイスブルーの瞳が俺を捉えてフリーズする。

「あ、おはよ!」

「あっ…」

「ねえ、昨日のことなんだけどさぁ」

ナディアがパッと飛び起きる。

「あわわわ!」

毛布を跳ね飛ばすと、四足歩行で素早く寝室へと駆けこんでいった。

寝起きでも俊敏だ。

俺ものろのろと立ち上がり、蝶番が外れかけた寝室のドアを開く。

「ナディア?ぬわぁっ!」

顔面に黒っぽい布を投げつけられ、視線が遮られる。

「あ、あなたの着替えはそれですから!リビングで着替えてきてください!」

ナディアはクローゼットの前で真っ赤になって毛を逆立てている。

ふっ。俺は紳士だ。

恋の駆け引きはいつだって押せ押せばかりじゃいけない。

つまり、ナディアのストリップはすごく見たいけど、ここは引き際だと心得た。

そういう訳で投げつけられた布を抱えて1階に退散する。


ナディアに投げ渡されたのは牧師服だった。

そういえば昨日ジョニーは俺のことを牧師さんって呼んでたな。

俺は着替えてからぶらっと何気なく外に出てみた。

家の隣にこじんまりとした教会があった。この家はさしずめ牧師館といったところか。

教会の入り口に人影が見えた。

「おはようございます~」

大声で呼びかける。

振り返ったのは人間の若者だった。作業着みたいなのを着ている。

「あ、牧師さん…!」

若者は牧師館の方に一歩近づく。

「すいませんねぇ~。ちょっと記憶があいまいで教会の開店時刻がわからなくて!何か御用でしたか~?」

「僕の方こそ早く来すぎちゃってすいません!あの、実は…」

若者がハッと道の方を見て立ちすくんだ。

「オーナー!」

「やぁ、牧師さん…と、イーゴン!」

ひらひらと手を振りながらやってきたのはジョニーだった。

「おはよう、ジョニー!昨日はパイをありがとう!」

「いえいえ!」

「えっと、君は…」

イーゴンと呼ばれた青年はじりっと一歩後ずさった。

「あっ、やっぱり何でもないですー!」

俺たちに一礼すると、猛ダッシュで丘を駆け下りていった。

「何の用だったんだろう」

教会に早朝からくるんだから結構切羽詰った用件だったんじゃないか?追いかけようかな。

「私みたいに朝のお散歩じゃないですかね!」

ジョニーが尻尾を振る。

「さっきの子は知り合いなんですか?」

「ええ。うちの薬草農園で働いてくれてる季節労働者の一人です。ほら、あそこ」

ジョニーは平原の一角を指さした。青々とした畑が広がっている。

かなり広大な面積だ。あそこがジョニーの薬草農園なのだという。

「鉱石と並んでうちで採れる薬草がこの村の収入源の一つなんですよ!」

「へぇー!」

「あの農園は先祖代々経営してましてね!外から若い人間たちが働きに来てくれてるんですよ!ただまぁ、ここはなんもない村ですから。刺激の少ない田舎に耐えられなくなってすぐに飛んじゃう人間ばっかりですけどね~」

農園での仕事って大変そうだもんな。

「じゃあ人手不足で大変だったりするのかい?」

「いやいや、根無し草の転生者達が季節労働者として次々来るから困らないもんですよ!…ま、転生者の方が田舎耐性がなくてすぐやめるから自転車操業には変わりないんですがね!」

なるほど転生者がねぇ。

「ん?転生者ぁ!?」

「牧師さん。頭打ってそんなことも忘れちゃったのか!この村から馬車で2日ほど行った先のリヴァルーってちょっとした地方都市に流れ着いてくるんですよ。異世界からきたっていう住所不定無職の若者たちが!で、先立つものがないからうちの村にも来るってわけ」

「な、なるほどなぁ~…!」

そんな移民みたいなノリで転生者が存在してんの!?

どちらにしても異世界転生がこんなに当たり前なことにはビックリというかガッカリというか…。

「じゃあさっきのイーゴンって子も?」

「いや、あいつは違いますよ。今朝がたいなくなった奴は転生者だったけど」

「えっ!?い、いなくなった…?」

「どうせバックレですよぉ」

ジョニーはこんなのよくあることだと笑った。

「いちいち探してちゃキリがないです」

なんだか薄情な気もするが、雇い主のジョニーがそういうのならそういうもんなんだろう。バックレたバイトを探して連れ戻したところでまた働くこともないだろうし。

ジョニーは散歩の続きがあると言って立ち去った。

俺は敷地内をぶらっと歩いた。

コスプレではなく俺がガチの牧師ならこの教会で働いているわけだ。

だが、困ったことに、俺は教会が何してるのかなんて皆目見当もつかない。記憶喪失の一番の弊害かもしれない。

ペーターがマニュアルをちゃんと残しているタイプの几帳面な男ならいいんだけど!

…ん?コスプレ?

足が止まる。

オー、なんということだ!

俺が牧師なら、奥さんのナディアは…シスター?

口角が左右に広がっていく。

「はいはい、これは勝ちましたわ」

モフモフが隠れる系のロング丈で、スリット入りで網タイツ着用ならさらによきだな。もちろん、ミニスカ丈もあり。

「あなた~!ご飯ですよ~!」

ナディアの可愛い声が後ろから呼びかけてくる。

「はいは~い!」

さてさて、何系のシスターかな…!

果たして、ナディアは無地の紺色のエプロンドレスを着ていた。

「どうしました?」

困ったように尻尾が揺れている。

うーん。すごく可愛いのでヨシ!


-2-

ナディアの作ってくれた朝飯を一緒に食べながら軽く話す。

「牧師とはまた地味な職業だな、俺…」

「そんなことないですよ。この村じゃ他は鉱石関連か薬草農園くらいしか仕事なんてないですし」

「…ということは、俺は結構インテリジェントな男なのかな!」

「…どうでしょうね。研究所の方の魔法使いの方がインテリジェントだと思いますよ」

「研究所?」

ナディアがしまったとばかりに目をそらす。

「あー、えっと……希少な鉱石を研究する研究所が池の近くにあるんです」

「ああ、昨日言ってた土地神云々の池?」

ナディアは困り眉のまま首肯した。

田舎の村にある研究所か。

「何を研究してるんだろう?」

「……さ、さぁ?」

ナディアの左耳がぴくぴくして、耳飾りの赤い石が揺れる。

「あっ、私そろそろお仕事に行かなくちゃ!」

ナディアがぽふんと肉球を打ち、半分以上残っていた朝食をあっという間に平らげる。

「俺もついて行っていい?」

「えっ!?なんで?」

「いや、その…!」

もうちょっと話したいからだなんてさすがにストレートすぎるかな。

「ほら、この村のことも全部忘れちゃったから軽く道案内してほしいというかなんというか!通勤経路の範囲でいいから!」

ナディアの尻尾がパタパタと揺れる。

「ま、まあ、遅刻しない範囲でしたら…」

「よし、デート!」

あっ、声に出ちゃったか?

「デっ…ち、ちがいます!ただの通勤ですからね!」

ふふふ。男女が目的を持って出かけるのは全部デートだよ!

ま、出勤前の社会人の邪魔をするわけにもいかないので俺はナディアの支度ができるまで大人しく皿洗いをして待った。

余談だが、ペーターとナディアは共働きということもあり、家事は折半していたようだ。それぞれ得意分野はあるとはいえ、この分担の不均等で揉めていて二人の仲が険悪だった、という線はなさそうだ。


ナディアに連れられて俺は丘を下って行った。

ナディアはこの村で唯一の学校で教師をしていると言った。

小中高すべての児童・学生が1つの校舎で勉強しており、ナディアは特に小学生を受け持っているらしい。

なるほど、女教師。

スーツ姿じゃなくてエプロンドレスのままだから見た目に『先生!』という感じはしないけど、逆に優しげな雰囲気があっていい。こう…バブみが深い。

「君に教わる児童たちの性癖が複雑骨折してしまわないか俺は心配だ…」

「セイ…なんです?」

「いや、俺も君に教わりたいなって…」

「うふふ。お上手なんだから!」

俺が今君に一番教わりたいのは保健体育の実践だけどね!先生!赤ちゃんってどうやって作るんですか?手取り足取りナニ取り…逆に俺が教える側でも…!

「あ、おはよ~、先生!…と牧師さん!」

「おはようございます!」

子供が2,3人キャッキャしながら走っていった。

「朝から元気だなぁ…」

学校への道は概ね一本道で、この時間帯は当然通学時間にもかぶっている。青少年にはまだまだ早い話題だから下ネタは自重だ。

「それにしても、なんもない田舎だと言いつつ、結構整備が進んでるね?」

俺は舗道やレンガの敷かれた広場に目をやった。

「学校付近だけですよ!あと5分も歩けば畑しかないです」

ジョニーの薬草農園か。

木造の大きな屋敷の前でナディアは立ち止まった。門の横の古びた看板には『学校』と書かれている。名残惜しいが目的地に到着だ。

「じゃあね、ナディア。お仕事頑張って」

「はい。あの…」

「ん?」

ナディアはモジモジと両手で自分の尻尾を撫でつけながら俺を上目遣いに見上げた。

「…来た道を戻るだけなので迷子にならないでくださいね!」

まったく、ナディアは優しいな!

我、成人男性ぞ?この一本道で迷子になるなんてありえないだろう!小学生じゃないんだから!

「ありがとう!でも心配無用だよ!」


-3-

迷った。

違うんだ。一本道を間違えたわけじゃなくてだなぁ、暇だしもうちょっと散策しようかな〜なんて思って脇道にチョロっと入っただけだから!迷子じゃない。ちょっとした探索だから!わざとだから!

夏の手前のまだ涼しい時期でよかった。

日本なら熱中症になっていた所だ。

俺は森の中を歩いていた。

舗装はないけどなんとなく道っぽいからどこかしらに続いてはいるはず。

あと5分歩いてまだ森なら引き返すという手もあるし。まだ焦る時ではない。

額に滲む汗を拭いながらしばらく歩くと、金網が見えてきた。

金網…?ファンタジーな獣人の村に金網とな?

行き止まりなら引き返すべきなんだけど、興味をそそられて俺は近づいた。

金網には『高圧電流注意!!』の古びた看板がくくりつけられている。

電流の概念があることにもビックリだが、そこまで厳重に守られている金網の中は一体何なのか。

「なんだコレ?なんもないじゃん」

藻とか葉っぱが広がる何もない原っぱのように見えた。

しかし、風が吹くと蓮のような広い葉っぱがゆらゆら動き、隙間から覗く茶色く濁った水面が波打った。

「ああ、コレが…例の池か!」

ナディアが言ってた土地神様云々の。

もっと御神体的な扱いをされているのかと思いきや、金網で四方を囲まれているという情緒のなさである。

逆に理にかなっているのかもしれないが、由緒を説明する立札もないし、神様っぽいオーラもない。ナディアから話を聞いてなければ何とも思わなかっただろう。

「んー…んんっ?何だあれ?」

池の周囲に光るものがいくつも落ちているのに気づいた。

赤く半透明で、俺の結婚指輪の石にちょっと似てる。

金網の近くにも小ぶりな奴が落ちている。ちょちょいとすれば取れそうだな。

「どれどれ〜?」

俺は手頃な枝を拾って金網の隙間に突っ込んだ。

「もう少し…微妙に足りないな…いや、いけそう!」

枝の先が赤い石にもう少しで届きそう!というところで俺は身を乗り出しすぎた。

指先が金網に触れる。そして……

「あばばばばば!」

全身に電流が流れる。

そうだった、『高圧電流注意』って書いてあったのに!

ああ、無念。せめて死ぬならナディアのモフモフな腕の中で…ガクッ!

俺の意識はそこで途切れた。


-3-

「ふんふん♪ふーんふん♪」

聞き慣れない鼻歌だ。そして鼻先をくすぐるフワッとした感触。

「はっ、はーくしょん!」

「うわっ!」

俺の尻を支えていたものが外れ、俺は背中から地面に叩きつけられた。

「グエッ!」

その衝撃で目が覚める。

まだ森の中だ。

「ちょっと!せっかく助けてやったのに何をするんだい!」

キジトラ柄の猫がプリプリと怒りながら覗き込んでくる。

お…?猫獣人だ!深めのVネックの夏用ワンピに白衣を羽織っている。インテリ風味のメスケモ美女。

ナディアとは違う派手で肉食な雰囲気にゴクリと喉が鳴る。これはまた別系統のストライクゾーン…あっ、違うからね。浮気とかじゃなくて俺のケモナー的美的センスのストライクゾーンの話であって、確かにムチムチでエッチだけど俺はナディア一筋だから!Vネックの内側をチラ見しちゃうのは……あの膨らみが胸毛なのか筋肉なのかを見極めたいだけで下心とかじゃないから!

俺のうるさい内心などお構いなしに、白衣のメスケモが俺に手を差し伸べる。

「私はメラニーだ。あそこの研究所の研究員をやっている」

メラニーに助け起こされながら、彼女の指さす方向を見る。

森の中に金網と、さらにその先に屋根の一部が見えた。

「池の金網は高圧電流が流れているから気を付けたまえ!柵に貼り紙もしてあっただろう?」

「池?金網?」

何のことだ?というか、俺はなんで森の中にいるんだっけ。さっきまでナディアと一緒に学校に向かっていたはずなのに。

軽い頭痛を覚え、コメカミに手を当てる。全く思い出せない。記憶がすっぽり抜け落ちている感じだ。

メラニーが励ますように俺の肩に肉球を置く。

「電気ショックで記憶が飛んでるのかもね。ま、とりあえず池には気をつけたまえ!」

「ああ、はぁ。ありがとうございます…」

俺が来た道がわからないと言うと、メラニーは親切に森の入口まで送ってくれると申し出てくれた。

「ところで、メラニーさんはあの研究所に勤めているんですね!」

「ははは!君からさん付けなんて据わりが悪いじゃないか!」

あ、この人もペーターの知り合いか。むしろ田舎の小さい村なら知り合いじゃない相手のほうが少ないのかもしれないな。

「えーっと、あの池は土地神様だって聞いたんだけど、メラニーは神様の研究をしてるの?」

「フフフ。どうだろうね」

メラニーはニヤリと口角をあげてはぐらかした。

「ま、君は不用意に池に近づくんじゃないよ。飲まれるから」

「飲まれる?」

「さ、森を出たよ。牧師館はあっちの方だ。次は迷子にならないようにね!」

メラニーは尻尾をフワフワと揺らしながら研究所の方へと戻っていった。

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