モフモフな狼獣人嫁にセックスを拒否されました。解せぬ
-1-
「なあ、いいだろ、ナディア?俺たちは…夫婦なんだから!!」
「む、無理なものは無理ーー!!」
メスケモ美人嫁の肉球が繰り出す強烈なビンタが顔面にクリーンヒット。
「あべしっーーー!」
俺の体は宙を舞い、寝室のドアを突き破り、廊下の壁に叩きつけられた。
「ギャフンッ!」
背中を強打した痛みに声も出ない。
ふ~っ、さすが狼獣人。すさまじい威力(と、柔らかくてぷにぷに触感と絶妙な温度感が最高の肉球)だな。
俺は身を起こそうとして床に倒れこんだ。
あ、これ思ったよりダメージはいってるわ。
全然体に力が入らない。
「キャー!あなたぁっ!ご、ごめんなさいぃい!!」
てんぱりまくったナディアが寝室から飛び出してくる。
「だ、大丈夫!?」
モフモフの腕が俺を抱き上げる。
やれやれ、ナディアさんよぅ。
大丈夫かなんて笑わせてくれるじゃないか。
この状況、大丈夫なわけがあるか!
本当にありえないだろ、こんな…こんな…。
クソ!こんないい匂いをさせやがって!こんな艶々な毛並みを押し付けておいて!
こんな可愛いメスケモ奥さんにセックス拒否されるとか!マジでありえないって!
-2-
遡ること6時間前。
俺は目を覚ました。倒れた経緯もここがどこなのかもわからない。
ただ、気が付いて一秒で「あ、これはいわゆる異世界転生だな」ということはわかった。
そして次の瞬間にはそれさえどうでもよくなった。
「あなた、目が覚めたのね!」
ベッド脇から俺を心配そうにのぞき込むその女性に一瞬で俺の全神経は持っていかれた。
ピンとした三角の耳に、シュッとしたマズルに、つやつやした灰色の毛並み。そしてまつ毛が長くふさふさとした優しげなアイスブルーの瞳。
俺は眼球がパサパサになるほどガン見した。
メスケモだ。
ちょうどいいモフモフ具合。凛としていながらも愛嬌のある顔立ち。ケモノと人間っぽさの絶妙なバランス。
おまけに声がめっちゃ可愛い。
ビックリした。
現代日本に獣人がいるわけないから「異世界転生したんだな」って気づいたことよりも、こんなに俺の理想にドンピシャなメスケモが存在することにさ。
二次元でさえお目にかかったことがないのに(それはケモナーが日本じゃあんまり市民権を得てないせいだったとしても)。
「まだ痛みますか?」
少しひんやりとした肉球が俺の額を撫でる。
俺はたまらずその前足を握った。
「ひゃっ!」
驚く彼女にぐっと迫り、アイスブルーの瞳を見つめながら気づけば告白していた。
「好きだ!付き合ってくれ!」
しょうがない。運命的な出会いだったんだもの。
「えっ!?えっ…!」
メスケモ美女はがっちりと掴まれた前足と俺の真剣な表情を交互に見比べた。
そして、ため息を一つ。
「また記憶がおかしくなっているのね、あなた。…私たち結婚して半年ですよ」
「えっ!?」
メスケモ美女が左耳をピクリと揺らし、赤い石のついた耳輪がきらりと光る。
彼女の前足をぎゅっと握ったままの俺の左手薬指にもまったく同じ意匠の指輪がはまっていた。
「ええええっ!?」
情報の洪水に固まる俺。
コンコン。ノックの音がして垂れ耳の犬っぽい白衣の男が入ってきた。
「ナディア。ペーターは起きたのかい?」
「ああ、ドクター!起きたんですけど、やっぱり記憶が…」
「ふむぅ。ちょっと見てみましょうねぇ」
犬系獣人医者がベッドサイドに腰掛け、診察を始める。包帯が巻かれた頭を特に念入りに見ていた。
医者はその話をスルーして聴診器を外す。
「ま、軽い脳震盪ですな。聞くところによると飛んできた鉱石が頭にぶつかってそのまま気絶したとかで」
「飛んできた、鉱石…!?」
「この村は希少な鉱石が取れるんですよ。きっと季節労働者たちが鉱石でキャッチボールでもしてたんでしょう」
「鉱石で!?」
いや、危なすぎるだろ。
「それで、名前は思い出せるかい?君はペーター・シュリークっていうんだ。こちらは君の奥さんのナディア・シュリーク」
ナディア。名前まで可愛いな。
「いえ。わからないです。もう何が何だか…。ナディアがめちゃくちゃ好みだってことしかわからないです」
ねっとりと視線を向けるとナディアは困ったように尻尾を両手で抱えた。
「君は記憶がなくても相変わらずだなぁ…!」
医者は呆れ果てていた。
まあ、なんとでも言ってくれ。
俺も段々と冷静さを取り戻してきた。
今この瞬間に転生したってわけじゃないのは確かだ。
一切思い出せないけど俺はペーター・シュリークとしてこの世界で生きていた期間があるのだから。
推測だが、その鉱石とやらで頭を強く打ったのが原因で前世の記憶を取り戻したんだろう。
ただ、その後遺症のせいか、そもそも俺の前世の記憶も割とボヤッとしている。
前世の俺はたぶんサラリーマンだったと思う。アキラとかいう名前だったと思うから日本人なんだろう。なんで死んだのかはわからん。
ま、頭打ったくらいで忘れる程度の人生だったのだろう。アキラもペーターも。
そう思うと心は軽い。
なんであれ、俺はこのペーター・シュリークという漢に生涯感謝してリスペクトを絶やさないことを心に誓った。
こんなに素晴らしい女性を伴侶としているから。
ナディアの旦那というだけで尊敬に値する。
ありがとう、ペーター!
そして安らかに眠ってくれ!お前の奥さんは俺が幸せにするからな!
おっと失敬。ナディアはもう『俺の』奥さんだな!
にやけているうちに診察は終わったようだ。
医者は鞄の中から塗り薬をナディアに手渡す。
記憶喪失については特に薬もないらしい。当たり前だけど。
「薬で治るものじゃないですからねぇ。記憶が戻らないことも多いですけど、あんまり深刻に捉えず気楽に…って私が言うまでもないでしょうかね」
「ええ、そりゃ~、もちろん!記憶がないならまた新しく作るだけのことですからねっ!」
目線で同意を求めると、ナディアはますます尻尾を握る手に力を込めつつ、頷いた。
医者はヤレヤレと肩をすくめる。
「まっ、そんな時間がありゃいいですがねぇ…」
「時間ならいっぱいありますよ。だからお互いの親睦をゆっくり深めていけばいい…!」
一つ屋根の下に住んでいるなら特に…ね!
医者は荷物をまとめ始める。
「今日はくれぐれも無理はせず、安静にして過ごしてください。お大事に」
『今日は安静に?』そりゃぁ無理ってもんでしょうよ。
こちとら、結婚半年の新婚夫婦だぞ?
何なら夜まで待たずにここで…。
「こんにちは~!牧師さん、いる~?」
医者と入れ違いに別の犬系獣人男が入ってきた。
「あら、ジョニー?」
ジョニーと呼ばれた男はナディアに籠を差し出した。
「コレ、お見舞いね!うちの畑で採れた薬草を練りこんだ薬草パイ!」
「まぁ、ご親切にありがとう!」
ナディアはその籠の中身をちらりと見て尻尾を振る。
「牧師さんには精をつけといてもらわにゃ困る!祭りも近いからな!」
「祭り?」
ナディアはハッとしてジョニーの脇腹をつついた。
「今は祭りの話なんてしないで!ペーターは今記憶が全消しになってるの!」
ジョニーは目を丸くする。
「じゃあ、尚更話してあげたほうがいいんじゃない?このままじゃよくないって君も…」
「その結果がこれじゃないの!」
ナディアとジョニーは耳を寄せ合ってコソコソと言い争っている。
ゆらゆらと尻尾が揺れる後ろ姿を俺は見守る。
はー、モフモフ密度が高くてこれはなかなか眼福。
とはいえ、ジョニー君。俺のワイフにちょっと距離近くないか?
モフモフじゃなきゃ許されない所業。いや、モフモフでもあと10㎝近づいたら指導を入れるべき距離感かもしれない。
しかし、ナディアとジョニーのモフモフ会議は長くは続かなかった。
「ま、お大事にしてくださいよ、牧師さん!あんた一人の体じゃないんですからね!」
ジョニーはひらひらと手を振って去っていった。
部屋には俺とナディアだけが残される。
「えっと、ナディア…さん?」
「あっ、ナディアでいいです…よ?その、あなたにさん付けされるのはなんか落ち着かないので…」
ナディアはモジモジとパイの入った籠を撫でている。
なんだろうこの甘酸っぱい空気感。パイの匂いのせいだろうか。
「あっ。えっと…その…祭りがあるんだね?どんな祭りなの?」
あー、バカ!もっと聞くことがあるのに!
「…ただの夏の例大祭ですよ。土地神様に感謝を伝えるんです」
「ふーん、土地神様かぁ~」
意外だ。この部屋はいかにも西洋っぽい調度品とか建物の造りだから、文化的にもそっち系だと思ったのに、土地神なんて概念があるのか。
いや、俺も西洋に詳しいわけじゃないからヨーロッパにも土地神がいるのかもしれないけども。
「どんな神様なの?会えるの?」
ナディアが口を開きかけて閉じる。言葉を探すようにアイスブルーの瞳が虚空を彷徨う。やがてその薄い桜色の唇が開いた。
「…池、ですね」
「池?」
ナディアは小さくうなずいた。小刻みに耳が震えている。
これは、苛立ってるというより、恐れている?
「…土地神様なんてもう会わないに越したことはないです」
「それってどういう…?」
ナディアのアイスブルーの瞳が揺れる。
だが、それ以上の説明はなかった。
「私、晩御飯の準備があるので…!」
俺に背を向けるとふさふさの尻尾を揺らしながら寝室を後にした。
「い、一体何なんだ…?」
疑問と共に俺だけが残される。
-3-
祭りに関する話題で見せたナディアの浮かない顔は少し気にかかっていた。
ひょっとして祭りみたいなイベントごとが苦手だったりするのかもしれない。ナディアは大人しそうな雰囲気だからこれはちょっとあり得るんじゃないかな。
それとなくもう一回夕飯の時に聞いてみよう、なんて思っていたけれど。
ナディアの作った夕飯を口にした瞬間、祭りの話は俺の頭からすっぽ抜けた。
「ナニコレ…めっちゃ美味いんですけれども!」
ナディアはビックリするほど料理が上手かった。
食卓に並んだものの何を食っても美味しすぎる。
食事で感動するという稀有な体験を俺は前世も含めて初めてすることになった(記憶喪失だから忘れてるだけかもだって?まあ、細かいことは気にしちゃいけない)。
「毎日こんなうまい飯が食えるなんて、俺は幸せ者だな!」
「も、もう!あなたってばいつも大袈裟なんですから!」
ナディアは謙遜していたが、大きく揺れる尻尾を俺は見逃さなかった。
そう、この雰囲気。この雰囲気だったんですよ。この晩は。
何なら俺が寝てるベッドにあとから潜り込んできたのはナディアの方なわけで。
まさか…まさかこの雰囲気で夜のアレを拒否されるとは思わないじゃん!
「ぐ、ぐぅう…何故だぁ…!」
俺はナディアの腕の中で呻く。
ああ、思ったより手に力が入らない。こんなに目の前にナイスなモフモフがあって、ちょっと手を伸ばせばモフモフの洪水に溺れられる距離だってのに、指一本動かせない己のふがいなさに涙が出そうだ。
「ごめんなさい、あなた!でもあなたとはできないの!」
ナディアの申し訳なさそうな声が頭上から降り注ぐ。
待って。できない?気分じゃないとかじゃなくて!?
「わかって頂戴…だってあなたは…」
ナディアの語尾はゴニョニョしていて聞き取れなかったし、聞き返すには俺の腸は煮えくり返りすぎていた。
勝ち組異世界転生だと思ったのに。なんという落とし穴!
許せん…許せんぞ、ペーター・シュリーク!
貴様は一体何をやらかしたんだ!
こんなメスケモ美人嫁を悲しませるなんて!とんだ下種野郎だ。見損なった!
新婚半年でセックスレスっておかしいだろ。ペーターはよほどのことをやらかしたに違いない。じゃなきゃ心優しいナディアがこんなにつらそうに拒否って来るはずがない。
ペーターめ。
俺は貴様が何をやらかしたにせよ、俺は絶対諦めないからな。
絶対に…絶対にナディアとモフモフイチャラブセックスしてやるからな…!
あ、なんだか脳がグラグラしてきた。興奮したのがよくなかったのかも。
「キャー!しっかりして、あなた!」
ナディアのモフモフ触感と石鹸に混じるほのかな獣臭、そして甲高い悲鳴が遠ざかっていく。
ガクッ!
俺の意識はブラックアウトした。




