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窮鼠猫を噛むなんてそんなウマくはいかない

-1-

夢を見た。内容は……

「起きろってば」

何だっけ。うるさいな。うるさい夢なのかな。

これは夢じゃないのか。

体を揺さぶられている。

パチンッ!

頬をぶん殴られた痛みで重たい瞼を開く。

ぼやけた視界に入ってきたのは見慣れた白衣姿の猫。

「おはよう、ペーター。昨日はよくもすっぽかしてくれたね?」

その顔に浮かぶのはいつものフレンドリーな笑顔。

この状況でいつも通りとは恐れ入るよ。

「やあ、メラニー。ついに馬脚をあらわしたね」

ネコなのに馬脚、という部分は華麗にスルーされた。

周囲を見回す。

この薄暗い小屋には見覚えがある。以前マイケルに監禁された場所じゃないか。今回もまた椅子に縛られている。前回と違って今回はちゃんと足も縛られて立てないようにされている辺り、マイケルも少しは学習したんだな。悪い方向への成長だ。

「おい、マイケル。クリス老人が呼んでるんじゃなかったのか?」

つい、皮肉の一つも言いたくなる。

そんなマイケルは床に縛られたウォレスの前にしゃがみ込み、俺の言葉に気まずそうに身を縮こまらせた。

というか、なんでマイケルがメラニーに協力してるんだ?

「ああ、そうか。君も不死者だったんだな。記憶がないとか言ってたし」

冷静に考えればそうか。こいつのことまで頭が回ってなかった。

ま、気づいていたところで、なんだけどな。

「ところで、ウォレスは寝てるだけなんだよな?」

見たところ外傷はなさそうだが。

「今は、ね」

おいおい。不吉なことを言うなよ。

「……俺に用があるならこんなまだるっこしいことしないで牧師館に来ればいいだろ?なんで無関係な子供まで巻き込むんだ?」

「無関係じゃないさ。この子は重要なピースだよ。君をケモナーおじさんにするための」

「…はぁ?」

何を言われているのか一瞬わからなかった。

咀嚼してもよくわからなかった。

「ごめん、何の何だって?お前は何がしたいんだよ?まさか…マジで俺を助ける気があるとか?」

メラニーはニヤッと口元を吊り上げる。

「私に何のメリットがあるんだい?」

おぉん。チラとでも期待した俺が馬鹿だった。

「じゃあ、ますます理解できないな。祭りの日が来れば俺は終わりだってのに何だってこんなことするんだよ?」

「勿論、私のため…いや、ひいてはこの世界のためかな」

「へぇ、大きく出たね」

水を向けたらメラニーは嬉しそうに語りだした。

悪役ってのはどうしてこうも長々と話したがるのやら。メラニーの話が長いのはいつものことだったか。

「てか、ケモナーおじさんって前に話してた村の伝説か?村の獣人に迷惑行為をして池で雷に打たれて死んだっていう」

そして池が紅涙石を生み出す最初の燃料になったとかいう。

「アレは子供向けにナーフされた内容でもっと池に放り込まれるにふさわしいことをしていたのさ。まあ、ケモナーおじさんの悪行の詳細はどうでもいい。大昔のことだから。問題は、村のしきたりにしたがってそんな危険人物を放置し続けた村長の旧態依然とした態度と、村長の妹が監視していたのに、ケモナーおじさんの再来となる事件の発生を許したって事実の方だから」

「お前はそういう方向に仕向けたいわけね」

「そうだね。まだ、君は何もしてない」

メラニーはウォレスを一瞥し、俺の肩を叩く。

「喜びなよ。無意味に生まれて無価値に池に戻されるだけのペーター・シュリークの短い人生に私が意味を与えてあげるんだから」

言ってくれるじゃないか。

俺の人生についてこいつとディベートする気はないけども。

「それはさぞ高尚な意味なんだろうな。俺がケモナーおじさんになったらお前にどんなメリットがあるってんだ」

「ふふっ、君を使って村長一家を失脚させるのさ!」

「それはさっきも聞いた。お前は権力が欲しくてこんなことしてるのか?」

「私の行動原理が権力だと思うのかい?勿論、研究のためさ。村長を始め、村人たちは古臭いしきたりに縛られすぎている。そのせいでこんなに長らく池と共存しているのに池についてわかっていることが少なすぎる。特に君ら不死者」

メラニーがマイケルと俺を順繰りに指す。

「君らが死なないメカニズムがわかれば人類は次のステージに行ける。紅涙石なんかよりよっぽど研究する価値があると思わないか?なのにあの石頭狼はしきたりだの一点張りで不死者を独占するんだよ」

メラニーが俺の鳩尾付近を指で突く。爪が刺さって結構痛い。

「まったく酷い話じゃぁないか!どうせ使わずに捨てるならーー腑分けしたり実験したりいくらでも使い道はあるってのにね」

「ーーっ!酷いのはお前もだろ…!」

文句を言ってもどうにもならないが。

ほら、めっちゃ涼しい顔をしてる。

…くそ、もうちょっとなのに。

「おい、なんでこんなのに協力してるんだマイケル?お前も不死者なら、将来的にこいつに解剖される側になるんだぞ?」

マイケルは悪びれるでもなく肩をすくめた。

「そうならないように協力してるんですよ」

「アホ!どんな話をされてるかしらんが、約束なんて反故にされるにきまってるだろ!」

自分の思惑について俺にこうもべらべらと語ってるところからもわかるだろう!

何を聞かれても問題ないんだ。

俺たちの記憶はリセットし放題なんだから。

わかっているだろうに。マイケルは半笑いで首を振った。

どうもマイケルを説得するのは無理そうだな。期待しちゃいなかったけども。

……よし。長話に耐えた甲斐があったな。後ろ手に縛られた縄がほどけた。

問題は足の縄だがーー

「さて、楽しいおしゃべりもそろそろ終わりだね。こちらにも予定があるんだ」

メラニーが目配せするとマイケルが懐から手袋とナイフを取り出した。

「それで俺を口封じするわけか」

「いや?」

その切っ先がウォレスに向けられる。

「仕込みが先だよ」

「は!?」

「君の『罪状』を作らなきゃ」

振りかぶったナイフが夕日を反射させる。

そしてーー

「うぉおお!!」

俺は渾身の力で跳躍していた。

はぁ、バカ。こんなことして状況が良くなるわけでもないのに。

俺の頭突きがマイケルの胴体に炸裂する。

マイケルは背中から転倒した。

チャンス!

その手首を掴んでナイフを奪おうとする。

だが、敵もさるもので武器を奪われまいと死力を尽くす。

この騒ぎでウォレスが起きてくれたら一番なんだが、そうそう都合よくはいかない。

「クソ!ナイフを寄越せ!」

「放してください…っ!」

揉みあって床を転げまわる二人の不死者。

埒が明かない。

「牧師くん」

メラニーの声に俺達は止まる。

メラニーはウォレスを捕まえてその首に自分の鉤爪を押し当てている。

まったく笑わせてくれる。ここでナイフを放しても放さなくても俺たちの運命は変わらないくせに。

かくなる上はーー

油断しきったマイケルの腕をぐいと引っ張る。

「あっ!?」

マイケルはパッとナイフから手を放した。

ま、当然だわな。

人間を刺す感触なんて気持ちのいい物じゃないもんな。

俺は自分の腹にナイフをめり込ませながら思った。

「あーー!何してんの!?」

メラニーが全身の毛を逆立てる。

ふん。ザマァ見ろってんだ。

「さあ、どうする?ご自慢の爪でウォレスを殺すのか?そんなの『私が犯人です』っていうようなもんじゃないか?」

ナイフと爪じゃできる切り傷の形も違うだろうからな。

メラニーの瞳孔が怒りでギュンと縦に細まる。

怒鳴り返そうとしたのか口を開いた。しかし耳をピクリと動かして止まった。

「もーっ!タイムオーバーだ!人が来る」

「えっ、もう?」

アホみたいに問いかけたマイケルの肩をバシッと叩く。

「撤収するよ!」

人が!?

俺の考えを見越してか、メラニーは俺の顔面をいきなり蹴った。

「ゴハッ!!」

口いっぱいに金臭い風味が広がる。

うわ。歯も折れて血で口の中がぬるぬるだ。

「残念だったね、牧師くん」

メラニーの肉球が俺の喉を掴む。

「未遂でも罪は罪だ。この状況、言い逃れができるとは思えないよ」

ズリズリ。

何かを引きずる音が小屋の奥から聞こえた。

「メラニーさん」

マイケルが何やら重たげなものを引きずって来た。

メラニーが目配せするとマイケルが俺を押さえつける係を交代する。

ギロチンにかけられる死刑囚みたいに頭を差し出す格好で床に押さえつけられ、腹に刺さったナイフがさらにめり込む。

「ううっ!」

痛い。痛い。痛い。

お前、この畜生。

痛すぎて抵抗も罵倒もできない。それほど痛い。

ゴンッ。

床が衝撃に揺れる。

何かと思えば、俺の眼前に巨大な鉄塊が落ちた。その柄をメラニーが持っていた。

でかいハンマーをメラニーが持ち上げる。

「全部忘れさせてあげるよ。バイバイ、牧師くん」

「まっーー!」

ドゴッ。

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