犬も食わないけど、朝飯は食う
-1-
翌朝。
廊下の軋む足音で目が覚めた。
さすがに寝落ちしていたらしい。
よだれで滲んだ原稿用紙になんとも言えない気持ちになる。
1階からナディアがパタパタと朝の支度をする音が聞こえる。
今降りて行けば…俺は浮かせかけた腰を椅子に落ち着けた。
気まずいというか、合わせる顔がないというか。
俺になにが言えるって言うんだ、というか。
謝罪も慰めも。
きっと何度もナディアは聞いただろうし。
「ハァ……」
俺は黙って新しい原稿用紙を出した。
ナディアを前にしたらきっと何を言っていいかわからなくなる(今更何を言ったところで全部不正解だけどな。ナディアからしたら「どうせ忘れるのに」って話だし)。
とはいえ、避け続けることなんてできない。物理的には可能でも、俺がしんどい。
だから先にナディアに言いたいことを紙に書きだして整理しておこうと思ったのだ。
ただ、書けば書くほどわからなくなってくる。
言いたいことはいっぱいある。
「どうせ死ぬならナディアのモフモフに埋もれて…いや、これは不謹慎すぎるか…」
…コレも真面目な俺の本心だけど、かっちりめの言葉が大半だ。
書き散らした原稿用紙の上には諦めずに俺を助けてほしいとかいう男らしくない一文もある。さすがに情けないにもほどがあるので二重線で消したけど。
玄関が閉まる音が聞こえた。
もうナディアの出勤時刻か。
1階に降りる。
食卓には清潔な布が被せられた朝食が用意されていた。
まだ少し暖かい。
「……」
こんな時でもナディアは優しい。
露骨に避けるような真似をしたことを猛烈に後悔した。
俺は寝巻のまま牧師館を飛び出したが、ナディアの姿はもう見えなかった。
-2-
今日も今日とて放課後に小学校での準備があったからナディアと話すチャンスはすぐに来る…と思っていた。
「牧師マンだ!」
わらわらと俺をもみくちゃにするちいちゃな獣たち。
「牧師さん、ちょっとこれ運んでくれますか?」
廊下で手招きするアリス先生ほかお手伝いの先生方。
彼らが邪魔していると言いたいわけじゃない。
言いたいわけじゃないが…。
祭りも近くに迫っているせいで尋常じゃなく忙しい。
ナディアも児童の面倒を見るので忙しいのか、全然目が合わない。あるいはわざとか。
話し合いは家でやれというのはごもっともなんだが。
同じ空間にいるのにこんなギクシャクした距離感なのはもどかしい。
とはいえ1分もおしゃべりしてる余裕もなくて。
機会をうかがっている間に児童の下校時間になってしまった。
ナディアが児童たちを昇降口まで送っている間も、俺は他の先生たちと一緒に片付けやら何やらの軽作業。
しかもその後も職員会議だとかでナディアは教室に戻ってこなかった。
とほほ。
まさにとほほ、だ。
夕暮れに一人寂しく大通りを歩いていると、
「あ!牧師マンだー!」
「ぐえっ!!」
腹に小さな毛玉の突進を受けた。
鳩尾付近になかなか強めの頭突きを食らったが、俺の強靭な腹筋(アラサーらしくちょっと柔らかめのお肉が乗っているが)でギリギリ耐える。
誰かと思えば、俺のことが大好きな子モフモフ四天王の一匹、ウォンバット獣人のウォレスだ。
「アレ?もう下校したんじゃないのか?」
「一旦帰ったよ。今からカブトムシ捕まえる罠設置しに行くんだけど、牧師マン来る?」
まったく、ガキはタフだねぇ。
カブトムシならしゃーなしだ。この時間にちょろちょろさせておくのも心配だし。
俺はウォレスと森の方に向かった。
森、つまりは例の池のある方向だ(目的地は池じゃないから一安心だが)。
ウォレスは俺の腕を掴んでひっきりなしに喋っている。学校のこととか、祭りの出し物のこととか。
「そういえば、牧師マン。ナディア先生と喧嘩した?」
おおっと、急に舵を切ってきたな。
「えっ」
「そんなビックリする?ナディア先生を見てたらわかるよ。というか、みんなわかってたと思うよ。二人ともなんか元気なかったし」
そんなにわかりやすかったか…。
「ナディア先生はちゃんと謝れば許してくれる人だよ」
勿論わかってるさ。
「そう、だね…。…今日帰ったらちゃんと謝るつもりだよ」
「ならいいけどさ!」
胸ポケットに入ってる原稿用紙20枚分、ブレストして言いたいことは固まったからね。
この期に及んで言葉だけで和解しようとか全部解決しようとかは難しいと思うけど、今の俺の精一杯の気持ちを伝えることはまだ無駄じゃない…と、思いたい。
どうせ、俺のことだから『コレも3回目ですよ』とか言われちゃうかもしれないね。
ウォレスが俺の袖を引く。
祭りの準備(つまり池こと俺の処刑場のドレスアップ)のために村人たちが行ったり来たりする池に通じる道から伸びる細い獣道の方に誘導される。
なんとなーく、既視感があるようなないような道だ。
記憶がないだけで来たことがあるのかもしれない。
さらにそこから道なき道を進み、よさげな木々が生えた地点でウォレスが立ち止まる。
「この木とこの木に罠を仕掛けるんだ!」
そう言って幹にべっとりした液体を塗りたくるのをちょいちょい手伝っているうちに周囲はどんどん暗くなる。
やっぱりウォレスについて来てよかったな。
なんて一瞬だけ思ったけどーー
「牧師マン、僕がいなかったら森で遭難してたかもね!」
木々の隙間をウォレスに手を引かれて元の獣道まで連れて戻ってもらった身からすると、お荷物なのは俺の方な気がしてきた。
いや、マジで暗すぎて明かりなしじゃ未舗装の森なんてそんなスタスタ歩けないんだわ。
獣人は夜目が利くからわからない悩みだろうけども。
「あの罠は明日お父さんと取りに行くんだ!」
ホクホク顔のウォレス。
「わっ!」
獣道の前方にいた人影にぶつかってしまった。
「ちゃんと前を見て歩かないから~!いやぁ、すいませんね!」
正面に立っている男の顔は暗くて見えなかった。
「やあやあ、牧師さんじゃないですか!」
声を聞いて誰だかわかった。
「マイケル!」
クリスに雇われている看護師のマイケルだった。
クリス老人が怪しいから一緒に調査してほしいと言われてすれ違って以降、あんまり長話もしなかったが、クリス宅に行く機会があって顔を合わせていたから久しぶりって感じはしないな(もっとも、次に会った時は『クリス老人が怪しいってのは勘違いでした~!お騒がせしました~』なんて言われて拍子抜けしたもんだが)。
「今帰りかい?」
「いえ、ウォレス君に用がありまして」
「えっ、僕?」
マイケルはウォレスの前足を掴んだ。
「クリスお爺ちゃんが呼んでるから一緒においで」
「えっ、ちょっ…」
ぐいっと引っ張り、ウォレスが俺から離れる。
「ああ、牧師さんはご存じないかもですけどもクリスさんとウォレス君は親戚なんですよ」
そうなのか。カンガルーとウォンバットなのに?
…オーストラリア繋がり?まあ、多種多様な獣人が住んでる村だし、獣人同士なら混血もできるのかもだけども。
「こんな時間に何の用で?」
聞かずにはいられなかった。これはある種の勘というものだろうか。
ウォレスの困惑ぶりからして、しょっちゅうあることじゃなさそうだし。
マイケルは困ったように頬を掻いた。
「えーっと…まあ、家庭の事情って奴ですよ。それじゃ、急ぐんで!」
「ヤダ!牧師マン、こんなに暗かったら一人じゃ帰れないでしょ?送ってあげないと!」
ウォレスはマイケルの手を振り払って俺の方に一歩踏み出した。
「こら!急ぎだって言ってるだろ!」
しかし、マイケルが再びウォレスを捕まえる。
軽く揉みあう二人。
俺はウォレスの肩に手を置いた。
「まあまあ。本人も嫌がってるわけだし、それくらいにしておきなって。ウォレスは俺がクリスさんちに届けるから先行ってなよ」
助け舟を出す。
ウォレスがホッとしたように俺を見上げた。
その口を大きな手のひらがふさぐ。
「ムグ~~!?」
そしてぐったりとその体から力が抜けて地面に倒れる。
小さな毛玉を見下ろすマイケル。
『睡眠』のスキルを使ったんだな。
子供相手に?
「おい!」
食って掛かろうとした俺の顔にも手の平。
「すいませんね、牧師さん。命令なので」
マイケルの表情を見る前に、睡魔が俺の意識を奪い去った。




