祭りは準備期間が一番楽しい(それどころじゃないだろって?わかってるさ)
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時間は少々飛んで数日後の夕方。
祭りまであと5日。
「ちょっ…!やめっ…!」
俺はたくさんの獣人に囲まれていた。
牧師服をあっちからもこっちからも引っ張られて。
それはもう。
無数の毛玉にもみくちゃにされた俺は酷い有様で。
俺がモフモフの洪水にまみれるのをナディアも目視しているのに助けようとしない。
「牧師マン、見て!」
ウォンバット獣人の男の子が俺のズボンの裾を引っ張った。
やれやれ。人をペプシマンみたいに呼ぶんじゃないよ、全く。
「ダメ!牧師マンこっち来て!」
反対側の裾をカピバラ獣人の兄弟が引っ張る。
「もー、喧嘩しないでって!そんなに引っ張ったら俺の股が裂けちゃうよ!」
腕に巻きついて安らかな寝息を立て始めたコアラ獣人の女の子を抱え直しながら両者を諫める。
「じゃあ分裂してよ、牧師マン!」
とんでもない無茶ぶりだ。
まったく、子供は時々怖いこと言うよな。
これじゃ祭りの準備が全然進まない!
ここはナディアの働く小学校だ。
アリス先生との打ち合わせ通り今日の放課後から、祭り当日に教会前でやる子供たちの出し物の準備や練習の手伝いをすることになっていたので、超絶多忙な牧師業務の合間を縫って小学校に来た次第なのだが。
やれやれ。
ガキってのは集中力がなくていけないね。
今もほら。俺の背中をよじ登って髪の毛を引っ張ろうとしているアイアイ獣人のクソガキの気配を察知したぞ。
「こら!髪の毛はダメだって言っただろ!」
「ちっ!バレたか!」
アイアイ獣人少年は俺から飛び降りると走って行ってしまった。
「あ、こら!輪飾り作るの手伝えって!」
えっと、どこまで話したっけ?
そう、ガキは可愛いってところだな。
何故かめっちゃ懐かれている。
まあ、俺がみんなの大好きなナディア先生の旦那さんだってことは知ってるみたいだから、ナディアに甘える延長で俺にじゃれついてるんだろうとは思うけども。
「こら~。みんな、牧師さんを困らせちゃダメでしょう!花飾りは作れたの?」
ナディアが俺にまとわりつく毛玉たちに話しかけた。
「まだです…」
「じゃあ、牧師さんと遊ぶのはそれが終わってからにしようね。ほら、持ち場に戻って」
「はーい…」
子モフモフたちが離れていく。
まあ、これはちょっと残念だが、お仕事モードのナディアが見られたのは悪くない。
「やー、君はすごいね、ナディア!あんな優しい口調で子供たちが言うこと聞くなんて!俺がガキの頃なんて…」
ああ。しまった。俺にガキの頃なんてないんだ。
この、先生の言うことを聞かずに騒ぎまくったらぶちぎれた先生が職員室に帰っちゃった記憶は俺のじゃなくて、池の底で消化された転生者の誰かの記憶なんだった(たぶんね。記憶も消化しきれなかったんだろう。それか池が作った全くの捏造なのか。どっちにしても俺のじゃない)。
「いえ。子供たちは良くも悪くも上下の序列がよくわかってますからね」
ナディアははにかんで笑った。頬を掻く肉球に一瞬きらりと鋭い爪が光る。
…ナディアは意外と怒らせちゃダメなタイプの先生だと恐れられていたりするのかな?どちらにしてもすごいことに変わりない。
「そういうあなたも随分子供の扱いが上手いですよね」
「ふふふ…(ガキどもが勝手にじゃれついてくるだけなんだけども)!俺って案外いいパパになれる逸材かもよ?」
ナディアの肉球がプニッと俺の肩を小突いた。
児童に呼ばれてナディアは無言で元の場所に戻っていった。
まったく、俺の奥さんと来たら!照れちゃって可愛いねえ。
2時間も作業したところで今日の準備は終わりとなった。
アリス先生が児童たちを帰らせている間に、俺とナディアで後片付けをした。
子どもたちは終始あんな感じだった割に、ちゃんと輪飾りも花飾りも今日のノルマ分は完成していた(出来映えもクソガキたちにしてはなかなかやるなってところだ)。
散らばった紙くずを袋に詰めたりといった単調な作業をしながら、俺はふと気になっていたことをナディアに尋ねた。
「えっ、なんで学校の先生になったか、ですか?」
「そういえば聞いてなかったなと思って」
ま、記憶喪失前に聞いたかもしれないが、そこはご愛嬌だ、常に。
「……10代の頃はとにかくこの村を出たかったから、家族に黙ってリヴァルーの大学に行ったんです。そこで腐らない資格だからって勧められて教職を取っただけだったんです」
「ふむふむ!」
ちょっと意外だった。ナディアはしっかりしてるから将来設計とかも全部計画的なものとばかり(あとナディアが子供好きだったら個人的に嬉しいなって。なんでってそりゃ[自主規制])。
「計画的…いや、全然計画通りにいきませんよ。先生になるつもりなんてなかったし、そもそも村に帰ってくるつもりもなかった。それに…」
ナディアはふかふかの尻尾をぶんと振るった。
「まさか人間と結婚することになるなんて。それこそ大学に入りたての頃の私に言っても信じないでしょうね」
「…!」
ナディアは尻尾で床を叩きながらはさみやらノリやらの文房具を拾っている。
「ねえ、それって嬉しい誤算ってこと?」
おやおや!ナディアの顔を覗き込んでもアイスブルーの瞳は恥ずかしそうに逃げていくじゃないか!
やっと目が合った。
「…お喋りしてないでさっさと片付けますよ!」
ナディアが勢いよく背を向けた拍子に尻尾が俺の顔を真一文字にふさっと横切っていった。
「おっふ…!」
至高のフェザータッチ(羽毛じゃなくて獣毛だ。まあナディアが俺の天使という点は激しく同意なんだけれども)に一瞬思考が飛びかける。
そのフラッフィーな感触の余韻に立ち尽くしていると、ぷにっと肩を叩かれて現実に引き戻された。
「あなた?」
「あ、ああ。すまない。ちょっとボーっとしてた」
引き戻された先の現実も視界に広がるのがナディアだけなら幸せなもんだ。
ナディアの前足を握り、少しひんやりとした肉球を自分の頬にあてた。
ナディアは一瞬びくりとしたが、掌に俺の熱が移るに任せている。
「子供たちに揉まれて疲れちゃいましたか?」
苦笑いするアイスブルーの瞳。
疲れてはいるんだと思う。
理由は子供じゃないけど。
はぁ。土地神だの、不死者だの。全部忘れてナディアのことだけ考えられたらな。
ナディアのモフモフで癒されたいな。
「ナディア…」
「はい?」
上目遣いの潤んだ瞳が少し近づき、ナディアの虹彩が揺れる。
ガラッ。
教室のドアが開く音。
ナディアが慌てて前足を引っ込め、俺もハッとする。
開いたドアからアリス先生が顔を覗かせた。
「ナディア先生~?片付け終わりました~?」
「あ、すいません!もう少しで片付きますから!」
「そう?じゃあ、ちょっと牧師さん借りますね。ちょっと打ち合わせしたいことが増えまして」
「えっ!?」
今かなりいい雰囲気だったのに(だったよね?)!
俺はアリス先生に引っ張られて教室から連れ出される。
「あなた」
ナディアに呼び止められて、立ち止まったが、ナディアは何か言いたげに桃色の唇を動かしたが、
「…先帰ってますね」
と、軽く手を振って俺を見送った。
ナディアと帰る予定だったのに思わぬ水を差されてしまった。
…まあ、今日学校に行ったそもそもの理由を鑑みればアリス先生に文句を言えた筋合いはないんだけども。
ただまあ、一人の時間があるのはいいのかもしれない。
アンドレイに助けられた日から、俺はずっと考えていた。
…考えたところで事態が一ミリもよくなることはないってのは大前提として。
何かしら事態を良くする方法があるんじゃないかと、ずっと。
そこでーー
「おや、牧師くんじゃないか!」
う~ん!俺のちょいシリアスな内省パートを強制中断してくるなよ。
池に通じる道の入り口に立っていたメラニーが声をかけてきた。田舎の大通りってのはこういうとき困るね。他に人もいないし、避けられる脇道もないし。今一番顔を合わせたくない奴とのエンカウントを避けるすべがない。
「やあ、メラニー」
俺は人当たりのいい牧師の顔をあつらえて応える。
メラニーは親し気に俺の肩に腕を回して、どうでもいい雑談を始めた。
テキトーに相槌を返しながら、早く本題に入らないかな、なんて思考を遊ばせていると、メラニーが俺の耳に頬を寄せた。
「君を村から助ける算段が整ったんだ。今日の晩、誰にも見られないようにして研究所まで来てくれるかい?」
「……ああ、わかった」
メラニーは俺の肩を叩き、研究所へと戻っていった。
その白衣の背中を見送りつつ、俺は思った。
疲れたな、と。




