ついに池に潜った俺を待ち構えていたのは…池(それはそう)
-1-
「牧師さんにはこの衣装を着て池に飛び込んでもらいますからね~」
そう言って俺の目の前で広げられたのはどこか日本の和服を思わせる袖や裾がめっちゃ長いガウンのような衣装だった。
見るからに厚手の生地は、およそ水泳向きとは言えない。
「ははは!ビックリした。こんな水を吸いそうな服を着て水に飛び込めって言われたのかと思った!」
田舎の悪い所が出たな。こんなしょうもない小ボケが本当に面白いと思ってるんだろうか。
「…言いましたよ?」
「えっ、自殺教唆?」
俺の正面にいるゴリラ獣人のモリスは衣装を持ったまま真顔で首を傾げた。
釣られて俺も真顔になる。
…おう、マジか。
俺が祭りの主役を務めると伝えられたのは今朝のことだった。
朝の教会の清掃を行っているところにモリスがやってきて俺に告げたのだ。
「あれ、ナディアから聞いてませんでした?」
寝耳に水とはこのこと。
…いや、もしかしたら実は言ってたのかもしれないけども。
昨日一日に俺が得た情報量の半端なさに比して、祭り云々なんてかなりどうでもいい話…というか、考える余力なんてあるわけないだろう。
俺の頭はもっと大事なことで埋め尽くされていた。
ナディアのおp…違う、ペーターの件とか不死者の件とか。
ああ、そうじゃん。祭りといえばアリス先生と打ち合わせた通りに子供たちの出し物の準備もあるんだっけ。ナディアの職場関連だし、こればかりは忘れちゃダメだな。
「牧師さん、聞いてます?」
「あ、すいません。ぼーっとしてました」
「……ま、いいや。衣装合わせしたいんでちょっと来てほしいんですよ」
「わかりました。いつ…」
「じゃ、行きましょうか」
ん?俺は気づけば箒を持ったままゴリラ獣人の肩に担がれていた。地面から浮いた足先からつむじまで一気に寒気が走り、震えた手が箒を取り落とした。
「ちょっ…」
モリスは俺の腰をがっちり掴んでそのまま歩き出した。まるで米俵みたいな運搬方法。
獣人ってパワフルだよな。我、成人男性ぞ?なのにこんな簡単に担いじゃってさぁ。俺が暴れてもこの右腕一本からは逃げられないんだろうなってほどのホールド力。何ならちょっと力を入れたらこの体勢で背骨を鯖折りにできちゃうんじゃないか?
……想像したら鳥肌立ってきた。特に何故か首周りが。
「あらー、牧師さん~」
通りを曲がったところで散歩中のカワウソ獣人さんと目が合った(毎日挨拶してるのにいまだに名前を知らないんだよな)。
「おはようございます…」
カワウソ獣人さんはこの状況にノーコメントで散歩を続行する。
『村の人間に言っても誰も取り合ってくれないよ。みんなグルなんだから』
アンドレイの言葉が脳内で再生される。
今のカワウソ獣人さんの反応よ。説得力がダンチだな。
こうして俺は村の公民館みたいな場所に半ば拉致されるような形で連れてこられて、冒頭の会話に至ったわけだが。
「さすがに聞き間違いだとは思うんですけども…」
軽い頭痛すら覚えて俺は眼窩を抑えながら言う。
「その水を吸って重くなること請け合いの死に装束みたいなのを着てどんだけ深いかもわからない池に飛び込むのがこの祭りのメインイベントって理解で合ってますか?」
「まー、ちょっと訂正はあるかな」
ゴリラ獣人は毛むくじゃらな指を2本立てた。
「一つ、これは死に装束じゃなくてすごくめでたいモノですよ」
めでたいのはこんなモン着せた人間を池に放り込もうとする村人の頭のほうだろ。これも獣人仕様なのか?獣人なら耐えられるのか?それとも祭りの舞台で俺を殺るつもりでウソのメインイベントをでっち上げているのか?
モリスが指を振る。
「あの池は一番深い所でも2m程度なんで大丈夫です!」
2mは十分死ぬ深さだ!やっぱり俺を殺す気じゃねーか!
「へ、へぇ〜?そうですかぁ〜」
ゲームをリセットする感覚で不死者を殺すクセに、なんでそんな手の込んだ真似をするんだろうな?
不条理が過ぎる。
だが、そんな疑問はおくびにも出せない。出したら最後、リセットボタンを押されてしまう。
「えーっとぉ……予行練習はいつですか?あと、俺、かなづちなんで着衣水泳の練習も必要なんじゃないかなぁって思うんですけどもぉ〜」
とにかく生存重視だ。
モリスはまた真顔で首を傾げた。
「一応神聖な場所なので祭りでもないのに池に入るのなんてNGに決まってるじゃないですか!ま、明日から池周辺の飾りつけが始まるんでどちらにしても近づけなくなりますけどね!」
おお、神よ!俺が牧師やってる教会の神様でも日本の神仏でもいいから助けてくれよ!
この村の中には他に水泳の練習ができる水辺なんてない(生活用水を引いてるデカい川が山の奥にあるけど、超急流だから池なんかより速やかに仏になれることだろう)。
俺はゴリラ獣人の手で衣装合わせを受けながら考えた。
大人しく溺死するのは真っ平だ。幸い、多少は泳げるから、池の様子さえわかればどうにか対処できるかもしれない(村ぐるみでの悪意だから厳しい?だとしても俺の手元には情報がなさすぎる)。
そうなると…練習するなら今夜しかない。
-2-
「というわけでやって参りました……池」
高圧電流の柵の内側で誰に聞かせることもない独り言。
なぜ俺が『壁抜け』だの何だのといったスキルもなしで柵の中に易易と侵入できているかって?なんてことはない。祭りの準備期間が始まる今日から、ここの高圧電流が止まるというのを小耳に挟んだだけだ。
俺はランタンを池のほとりに置いて水面を見つめた。
遠目には草が浮いててほぼ地面と大差ないように見えるが、指先でかき分ければ揺れた水面に俺の顔がぼんやりと映った。
ま、自然界にある水全般に言えることかもだけど、水質は濁ってるし、基本は無臭だけどなんとなく生臭い匂いがする気がする。
「ここに飛び込むのか…」
水面を覗いたまま5分が経過した。
俺の名誉のために言うけど別にチキっているわけじゃないんだよ?ただなんかバッチいなって思ってさ。ほら、こういうところから性器にばい菌が入って原因不明の性病に罹ってナディアに浮気を疑われたりしても困るじゃん?ナディアに俺のイチモツを披露する機会はないから捕らぬ狸の皮算用はいい加減にしろ?
「……よし、行くか」
この調子じゃ朝になっちまう。
俺はガウンを脱ぎ、夜風が裸の胸を撫でていく。パンツ一丁の裸体が濁った水面に映る。
こんな『私は変態です』みたいな格好で
牧師館から池まで来るのは正直ちょっと恥ずかしかった。でも、暗い中で着替えて何かしらの衣類を柵の中に忘れて帰ったら、俺がここに来たことが村の連中にバレてしまう。
それは避けなくてはいけない。
この変態スタイルは背に腹は代えられないリスクヘッジの結果なのだ。断じて俺の趣味じゃないとだけは申し添えておく。
俺は腰にしっかりと命綱となるロープを巻き付け、反対端を柵に固く結んだ。
「……よし、よし。これで大丈夫」
今度こそ準備はできた。
「いざ…っ!」
ゆっくりと池に足を踏み入れると、冷たさが指先を刺した。初夏とはいえ夜の水温は低く、ねっとりとした枯れ草のようなものが素肌にまとわりついて気持ち悪い。
「ううっ。第一関門はクリアだな」
ちなみに関門は俺としては4つほどあると思っている。池に入ること、どこから深くなるのかを探ること、泳ぐこと、池から出ること。
俺はゆっくり池の中を歩き出した。
池、というだけあって直径はそんなに大きくはない。せいぜい5mくらいだった。でも池の中からだと実物以上に大きく底知れない不気味さがあった。
水草に足を取られて全然進めないからそう感じるのかも。
1mほど進んだが、水深はまだ膝を少し超えた程度だ。
とはいえ油断は禁物だ。人間は5cmの水深でも溺死するらしいから。
「わっ!」
ほら、言った傍から。
俺は水中でなにかに足を取られてつんのめった。両手と両膝が地面につく。
「あぶねー!」
どうやらこの先は道が悪いようだな(道じゃないけども)。木の枝だろうか。地面についた手の下にも硬い棒状のものが埋まっていた。
これを杖代わりにして安全第一で進もう。
そう思って枝を引っ張る。
「んっ…?意外に手応えがあるな」
結構でかい枝なんだろうか。もう少し力を込めて引き上げた。手応えとともに地中から引きずり出されたそれは、ランタンの薄明かりの下でもわかるほど酷く白くスカスカで……5本の指がついていた。
枝じゃない。
白骨化した腕だ!
「ひっ!」
骨にこびりついたふやけたモノが指に伝い落ちてきた不快感。
俺は咄嗟に手を離した。
バシャンッ。
飛沫を上げて水中に戻る骨。
「な、なんだ…」
後ずさる。
かかとがナニカに乗り上げて俺の背中が傾ぐ。
まずい!
背中にヒヤリと冷気が走り、そのまま池に背中から落ちた。
生臭い水が顔を覆う。
「うぇっ!」
俺は咄嗟に肘で上体を起こした。
「ゴヘェッ!ゲェッホ!」
死ぬかと思った。心臓が痛いほど脈動を刻む。嫌な予感とともに俺が今尻に敷いているモノの正体を確かめる。
その円形の物体には穴がいくつも空いていた。特徴的なのは左右対称に空いた2つの眼窩とデコボコの歯列。
「ああっ」
もう見なくてもわかる。
しゃれこうべだ。
白骨化した腕の持ち主と同一人物だろうか。そうであってくれ。何体も死体がある可能性なんて考えたくない。
「フーーっ」
帰ろう。
暢気に水泳なんて練習したって気休めにさえなりやしない。
これは池に放り込まれたらそれで終わりな奴だ。
この仏さんが白骨化してるってことは、だ。
イーゴンが探していたマイケルでも、盗掘犯の女転生者でも、まして不死者でもない。
そんな死体が池に遺棄されているってことは、だ。
「ダメだ、頭が回らん。とにかく池はやばい。帰る。帰るんだ…」
自分に言い聞かせるように呟いた。
尻もちの状態から立ち上がろうと、足に力を込めた。
「うわっ!」
俺はバランスを崩してまた顔面が生臭い池に水没した。
違う。なんだこれ。
泥のようにふやけてぬめっとした何かが足首に絡みついている。
「くそっ!」
強く掴まれているわけではない。むしろ握力なんてほぼ感じないくらいなのに、ズルズル、ズルズルと引っぱられていく。
俺は命綱を掴んで何とか水面から顔を出した。
「ブハッ!」
追いすがる泥を蹴り飛ばし、命綱を手繰って立ち上がる。
だが、次の瞬間。
命綱から手ごたえが消えた。
「はぁっ!?」
水面に浮かぶ枯草のあわいに縄のきれはしが揺蕩うのが見えた。
「おい、嘘だろ!」
絶望する俺の足を泥がぬるりとしかし確実に絡めとる。
鬼ごっこは終わりとばかりに。
勢いよく水中へと引きずりこまれる。




