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メンインブラックのピカッとどっちが脳への負担デカいんだろうね、コレ。

メンインブラックは30年前の映画らしい。そんな昔なわけなくて草(1997年)。

「メンインブラックのピカッ」がよくわからなかった人は「メンインブラック ピカッ」でググってみてください。

-1-

カラメルのような甘みとほろ苦い匂いが鼻をくすぐる。

「んおっ?」

目の前のコンロは点火されており、ぐつぐつと真っ赤なイチゴが煮られている。苦い匂いはここから来ているようなので火を止め、木べらで底をさらうが、奇跡的に焦げてはいなかった。

椅子から立ち上がって見回す。

見知らぬ家だ。

きっとあの後テントからここに運ばれたんだろう。

「お、できましたか?」

後ろから朗らかな声が話しかけてきた。

反射的に振り返るとジョニーが背後に立っていた。

「そんな驚かないでくださいよぉ~!例の一件が早めに片付いたからお約束の通りパイづくりをしてるんじゃないですか」

ああ、今回は『そういう設定』で誤魔化すんだな。

俺は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

アンドレイの忠告が脳裏をよぎる。

『記憶があるのがバレたら記憶を奪うためにまた殺されるから絶対にこのテントであったことは記憶にない振りをするんだ。いいな?』

いつもならどこまでの記憶が飛んでいるんだろうな。

「どうしましたか、牧師さん?」

ジョニーが怪訝そうにのぞき込んできた。

「あ、ああ…すまない。例の件って何だっけ?」

「お恥ずかしながらうちで雇ってる季節労働者が紅涙石を盗んだらしくてですね!」

「なんだって!?そいつは大変じゃないカァ~。片付いたってことは下手人はもう捕まったのかい?」

「ええ。エリザの協力で犯人はすぐに見つかりましたから」

「そうかー。さすがお義母様だナァ~!」

よし。我ながら完璧な演技だな。説得力しかないね。

ジョニーが首をかしげる。

「…なんか、めっちゃ汗かいてません?」

「ジャムを煮てたからキッチンが暑いんじゃないかナァ~!」

こげ茶色の目がじっと俺の目を覗き込んできた。

値踏みするようなその瞳に反射した俺の顔。めっちゃ目が泳いでいる。

背筋に冷たい汗が流れる。

キッチンは凶器であふれている。テントの出来事を全部覚えていると見透かされたらまた刺されるのか?

獣からは目をそらさないほうがいいんだっけ?がん見してた方が危ないんだっけ?

でもこれ以上は危ない。怖すぎて全部白状しちゃいそう。

つい、視線を下げちゃった。

あ、コレまずい?後ろめたいことあるって白状してるようなもんでは…?

頭の天頂部分に痛いくらい視線を感じる。

ヤバイ。なんとか、なんとか誤魔化さないと。

俺はふと自分の服に穴が開いていることに気づいた。穴というか、腹部がザックリと裂けている。

「なんじゃこりゃ!」

しまった。思わず呟いた言葉にジョニーが反応する。

「どうしました?」

「や、なんか服がめっちゃ破けてるんだけど!いつの間にこんなことに…?」

服の裂け目を広げて見せるうちに自分がとんでもない墓穴を掘っていると気づいて、首筋に嫌な脂汗が滲むのを感じた。

コレ、ジョニーに刺されたところやないかい。

ジョニーの人差し指がその裂け目に差し込まれ、爪の先が肌に触れた。

鳥肌。

傷一つない肌がうずく。さっきこいつに刺された箇所が。

突き飛ばしたい衝動を必死にこらえる。

悟られちゃいけない。

この恐怖を。

「わー、これはザックリいってますね~。縫っておきましょうか?」

「…や、ナディアに頼むから平気」

「そうですか」

ジョニーと目が合う。

その顔には人懐こい笑みが戻っていた。

「じゃ、ジャムもできたことだし、パイの続きでも作りますか!」

「ああ。頼む…」

ジョニーは尻尾を振りながらパイ型を取り出すために戸棚の方を向いた。

俺は小さく細く息をつく。

完全に墓穴を掘ったと思ったが、逆に俺の素の驚きぶりにジョニーは疑いを解いたようだ。

助かった…今のところは。


-2-

余ったジャムを詰めた瓶を片手に俺は家路を急いだ(焼いたパイはジョニーと一緒に食べた。俺を殺そうとした奴と暢気に食卓を囲むことになるなんてな。ジョニーがあまりにいつも通りだったから、俺もその後はぼろを出さずに済んだけどずっと変な気持ちだったよ)。

時刻はすでに夕方で、怪しい雲模様のせいでかなり暗い。

歩いていると、段々と頭の中が整理されていく。

原理は不明だが、俺とエリザは死ぬと記憶を少し失って生き返るタイプのゾンビみたいな存在らしい。そういうスキルなのかもしれない。

そして動機は不明だが、村中がグルになってそれを俺に隠していて、『メンインブラック』

の『青い光をピカッ』くらいのノリで俺をぶち殺して記憶を誤魔化している。

いわゆる異世界転生あるあるの(いうほどあるあるか?)『死に戻り』現象ではなく、ただ俺の死体が生き返っているだけだから、現実世界の時間は進んでいるし、破れた服はそのまんま。

わかっているのはこれだけだ。

「うーん」

わかっている情報が少ないから、取れる対処方法も非常に少ない。

とにかく死なずにこのわずかな情報を失わないこと。それだけ。

村の目的が何なのかわからない以上、どうすれば『助かった』状態なのかもわからない。

「いっそ逃げるのは…」

論外だよな。

ナディアになんていえばいい?

『俺はゾンビみたいな存在で、この村の人間に何度も殺されて記憶を消されているらしいから一緒に逃げよう』なんて信じてくれるだろうか?

「……ハァ」

わかっているさ。

考えたくないけど。それ以前の問題だって。

ナディアだってこの村の出身だ。

エリザも村長もジョニーもこの件の関係者なのに、ナディアだけ何も知らないなんて都合のいいことはあり得ないって。

ふとまたアンドレイの去り際の言葉を思い出す。

『お前さんが生き残るには真の味方を見極めにゃならん』

「ハァ」

もうため息しか出ないよ。

病めるときも健やかな時もずっと一緒だと誓い合った奥さんを疑わなきゃいけないなんて。神も仏もねえ(この世界に仏教がないなら仏は当然いないと思うけども)。

ポツリ。

不意に肩に冷たい雫が滴った。

夕立だ。

バケツをひっくり返したような大雨に辟易しながら俺はダッシュで家に向かった。


牧師館には明かりがついていなかった。

ナディアはまだ帰ってきていないらしい。いつもならこの時間に家にいるはずなのに珍しいもんだ。夕立に遭ってなければいいんだけど。

ジャムの入った瓶を持ってキッチンに向かう。

「コソコソ」

「んっ?」

明かりのないキッチン。薄暗い空間で銀色の毛むくじゃらが何やらもぞもぞと動いている。

俺に気づかず、調理台の方に夢中になっている。少し濡れてボリュームダウンした尻尾がゆっくりと揺れている。

なんだ?

一歩踏み込み、床が軋む。

パッと振り向いたナディア。

ゴロゴロ、ピシャーン!

轟音と共に青白い光が窓の外で閃く。

そして真っ赤に染まったナディアの口元を照らした。

「!?」

「キャッ、あ、あなた…!」

ナディアは気まずそうにキッチンの明かりをつけた。

「か、帰ってきてたんなら声かけてくださいよ」

調理台の上には8等分に切れ込みが入ったイチゴパイ。1ピースに歯形がついている。

「つまみ食い?」

「ううっ…!ごはん前に食べちゃダメだとは思ったんですけど、つい…!」

ナディアはモジモジと前足で口元をぬぐった。

ふぅ。ヤレヤレ。困った狼ちゃんだな。

イチゴパイがナディアの好物だというジョニー情報は本当だったらしい。

俺はナディアの前足を掴み、まだ指についていたジャムを舐めとった。

顎が外れるくらい甘い。

「これで俺も共犯だね」

「も、もう…!」

ナディアが俺の顔をぶにっと肉球で押しのける(まだジャムがついてるせいで微妙にべとついた感触だが、コレもまた悪くない)。

「切り分けた奴がありますから!…って、あなた、びちゃびちゃじゃないですか!」

ナディアの前足が俺の濡れた前髪に触れた。

「このままじゃ風邪ひきますよ!ちょっと待っててくださいね」

パタパタと足音を立ててナディアの姿が廊下に消えていく。

…はぁ、俺ってば本当に馬鹿。

一瞬でもあんなに可愛い嫁さんを疑うなんて。

ナディアが真の味方じゃないんなら、この世に何の価値があるって言うんだか。

惚れた弱み?なんとでも言ってくれ。男は好きな子を前にしたらIQが一桁まで落ちるんだよ。この習性はたぶん何度死んでも治らない。

俺はダイニングテーブルに座ろうとして、机上に置かれた手紙に目を留めた。

『ペーター・シュリーク牧師へ』と書いてある。

裏返すと、差出人は旅商人のルークだった。

ふわり、と視界が白い布で覆われる。

「お待たせ、あなた!」

ナディアが俺の頭にバスタオルをかけていた。

「ありがと!」

しかもそのまま頭をわしゃわしゃと拭いてくれている。

タオル越しにも伝わってくるね、肉球のこのぷにぷに感と、かすかに漂ってくるイチゴジャムの甘い匂い。そしてこの、ナニがとは言わないけど後頭部に当たりそうで微妙に当たってて、もうちょっと頭を後ろに傾ければ豊かな双極にダイブできそうな絶妙な距離感。

「そのお手紙ね。さっきアンドレイ牧師が届けてくれたんですよ」

くっ。もうちょっとだったのに!

いや、待った。

聞き捨てならない名前にスケベ心がシュッと引っ込む。

「アンドレイが?」

このタイミングで?

不意に水がこぼれる音がした。

「あ。お風呂…!」

ナディアがまた慌ただしく部屋を出て行った。

俺は手紙を開いた。

丸っこい字で書かれた便箋一枚。

以前頼んだ『ペーター・シュリーク』に関する調査の結果にしてはずいぶん短いな。


「牧師さんへ


リヴァルーから教会本部に問い合わせやしたが、聖職者の名簿に『ペーター・シュリーク』という名前は載っていないと回答をいただきやした。

他に心当たりのある偽名を思い出したら教えてくだせぇ。

引き続きギルドなども調査いたしやすが、取り急ぎご連絡まで。

追伸:モグリの牧師なんて田舎じゃ珍しいモンでもないんであっしは気にしてやせんぜ。元気出してくだせぇ。

さらに追伸:『メスケモ看守』のスピンオフの進捗いかがですか?


ルーク」

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