目が覚めたらすごくいつも通りの朝!週末のこと?記憶にございませんね!マジのマジで
-1-
すごくいつも通りの朝!
なんか気づけば土日が終わっているけど無問題。
週末は何もなかった。そう、何もなかった(俺の主観的にはね)!
「あなた。無理せず今日はお休みになったら?」
ナディアが気づかわしげに俺の肩に触れる。
「ははは、俺は平気さ、ははは」
体調面はね!
メンタルはもう酷いもんだよ。
まさかこの年齢で酒の失敗だなんてな(ペーターの正確な年齢は知らない。30そこらだろ。まあ、何歳だっていい。いい大人がやっちゃダメな類のやらかしであることにかわりないからな)!
ああ、いや。何もなかったんだ。俺は覚えてないんだから。
『祭りの打ち合わせの後に実家でお夕飯をいただいたんですけど、兄に乗せられるままに獣人向けの度数が高い酒をパカスカ飲んで潰れちゃったんですよ』
ナディアからそう説明を受けた時でさえ、冗談かと思ったよ。
そして泥酔した俺の日曜日のコンディションもお察しで、牧師として重要な仕事の一つである定期礼拝を実施できず、日曜の夜になってようやく意識を取り戻したそうだ。
恥ずかしいなんて言葉で表しきれるもんじゃない。
何が一番きついって、この大ポカを微塵も覚えていないことだ。
何なら土曜日にナディアの実家に行ったことも、祭りの打ち合わせ内容も一切合切頭からすっぽ抜けている。ナディア曰く、大したことは決まってないらしいのが唯一救いだが…。
「よりによって一番やらかしちゃいけない人たちの前でとんでもない大失態を…」
もう義実家の敷居を跨げないよ。
「…あの人たちは気にしてないから大丈夫ですよ。なんというか、兄が悪いんですし…」
ああ、俺に飲ませ過ぎたってことかな?
確かに義実家の人に盃を勧められて断るのは至難の業だけど、飲んだのは俺だしなぁ。
「フォローありがとね、ナディア。でも、俺がいたたまれないんだ。初めて酒を飲んだ大学生みたいなやらかしをした自分が情けなくて…」
「本当にあなたのせいじゃないですから…」
ううっ。ナディアは本当に優しいなぁ!
フカフカの肉球にしばらく頭を撫でられる。
「じゃ、私お仕事に行ってきますね」
「うん、いってらっしゃい…」
玄関ドアにフワッとした尻尾が消えていくのを見送った。
「ハァ…」
今日はとてもじゃないが、村を巡回する気が起きない。どの面下げて『最近どうです?次の礼拝にはぜひ来てくださいね~』なんて言えるってんだ。
ショボショボと食器を洗いながら信徒の皆さんにどう詫びを入れたらいいのかを考える。
反省文を考えるだけで一日が終わりそうなレベルの気分の落ち方。こんなに落ち込んだのは…いつ以来なんだろうな。サラリーマン時代も間違いなく何かしらやらかしてるはずなのに具体的なエピソードが一個も出てこないんだが。
チリリン。
玄関のチャイムが鳴った。
ナディアかな?
「はい…」
「やあ、牧師さん!」
立っていたのはジョニーだった。
その前足が持った藤籠の中からはバターとベリーの甘い匂いが漂っている。
「今日はイチゴパイを持ってきましたよ。定期礼拝がなかったからどうしたのかなって」
「あっ…スーーー。そのぉ、恥ずかしい話なんだが…」
籠を受け取りながら俺は手短に週末の出来事を語った。
ジョニーの肉球がポンと肩を叩く。
「ま、落ち込みなさんな」
ジョニー、いい奴だな。今はこういう優しさが一番沁みるぜ、心の傷に。
「それにしても君はパイづくりが上手だなあ。前にもらった薬草パイも美味しかったよ」
「お気に召したなら何より!今日のイチゴパイは特にナディアの好物でしてねぇ!学生時代はよく作ってあげたもんです。全部食べられないように気を付けてくださいね!」
「なぬ!」
そういえば幼馴染だって言ってたもんな。
ベリーだけにそんな甘酸っぱいエピソードがあったのか。
「あ、よかったら作り方教えましょうか?まだイチゴ余ってますし、今からでも!」
「えっ、いいのかい?」
「ぜひぜひ」
ジョニーの尻尾がブンブンと揺れた。
-2-
ジョニーの薬草農園に向かう道中、学生時代のジョニーとナディアの話を聞いた。
「ナディアと?いや~、ないですよぉ」
「あんな可愛い子が幼馴染なのに本当に何もなかったなんて信じられない!」
「そりゃ牧師さんにとってはそうでしょうけども!俺はちっちゃい頃から道場でナディアにボコされてましたから。こう…オスのプライド的に…ねえ?」
「ご褒美じゃないか」
あのふかふかの尻に敷かれるのはオス冥利に尽きるってもんじゃないか?
「それは牧師さんの特殊性癖ですって」
言ってくれるじゃないか!エロ本仲間なのに!
「第一、俺は獣人より人間派なんですよ。ガキの頃から家に季節労働者が出入りしたのでその影響ですかね」
「そうなのか!」
勿体ない!とは思うが、まあ、性癖は自由だからな。ジョニーからすれば人間しかいない世界でケモナーやってた前世の俺の方が勿体ないだろうし。
「農園に来ていたボインの美女転生者とのひと夏のランデブーがあったりとか?な~んて」
冗談で言ったつもりだったが、ジョニーは落ち着かない様子で耳をパタパタっと揺すった。
「お、あったのか…!」
「ま、まあ、ずっと昔のことですけども」
「kwsk」
「やー、詳しくするほどの話じゃないですよ。年上の綺麗なヒト科のお姉さんとちょっといい雰囲気だったってだけで!それに、その人は…」
ジョニーは軽く目を伏せた。その女性を思い出してしんみりしているんだろう。
雇用期間が終わったから帰っちゃったんだろうな。
あるいはミゲルのようにバックレたのか。
期限のある恋って他人事だとロマンチックだけど、ジョニーの表情的にまだ引きずってそうだし、からかうのはやめておこう。
薬草農園が見えてきた。
なんかガヤガヤしてんなと思ったら、季節労働者の人々が一か所に集められていた。
その中央にいるのは銀色の毛並みの後ろ姿。
「セオドアさん?一体どうしたんです?」
ジョニーは慌ててその狼獣人に駆け寄った。
モフッとした尻尾を振って振り向いたその男はちらりと俺に視線を送った。
アイスブルーの瞳の冷たさに背筋が一瞬冷える。
ジョニーが『セオドア』って呼んでいたし、アレがナディアのお兄様なんだろう。
まさにごみを見るような目で俺を見てたな。
義実家で飲んだくれて醜態をさらした婿を見る目としては100点満点の目だ。
…全然気にされてるじゃないか!
ああ、穴があったら入りたい。
「牧師さん」
不意に季節労働者のなかにいたイーゴンから話しかけられた。
「やあ、イーゴン。これは一体何の騒ぎなんだい?」
できる限りいつもの牧師っぽい感じで応じる。
「それが…」
「えっ!?紅涙石の盗掘!?」
ジョニーの大声。
「薬草農園で働いてる俺らの中に犯人がいるんじゃないかって村長さんは疑ってるみたいでして…」
イーゴンはため息をつく。
「こういう騒ぎがあると池に近づくのはますます難しくなりますね」
盗掘犯だと思われてはかなわないからなあ。
セオドアとぼそぼそと喋っていたジョニーが俺の方に申し訳なさそうに耳を垂らして近づいてきた。
「すいません、牧師さん。ちょっとゴタゴタが発生しちゃいましてね」
「ああ、パイづくりは今度で大丈夫。むしろ、何か手伝おうか?」
「えっ、本当ですか!?とても助かります!」
俺はジョニーに手を握られながらチラッとセオドアの様子をうかがった。こちらを見ることもなくもう農園から立ち去っていた。
しまったな。週末のことを謝りたかったのに。
ひとまず季節労働者たちに事情聴取をしようということになり、彼らを整列させる。
皆、農作業を中断させられていることに不満げだが、大人しく従っている。
「ジョニー、お手伝いに来たわよ~」
甲高い作り声にジョニーの尻尾がピンと立った。
キョロキョロ見回し、のんびりと歩きながら手を振っている真っ黒ないでたちのエリザの姿を認めるとフリスビーを投げられた犬並みの俊敏さでエリザへと駆け寄った。
「いやー、エリザさんが来てくれたなら百人力ですね!」
黒手袋に覆われた手を取って並んで戻ってくる。
ジョニー、人間派ってのは本当だったんだな。尻尾が雄弁すぎる。
「お義母様。週末は…」
「あら~、ペーター!あなたも来てたのね!全然気にしなくていいわよぉ!それじゃさっさと始めましょうかしらね!」
エリザは鼻息荒くドレスの袖を腕まくりした。




