11回
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大広間に戻るとすでに俺達以外の座席は埋まっていた。
10人強の獣人が行儀よく長机に座っている様は圧巻だった。
色とりどりのモフモフの視覚的な密度という観点で。
俺とナディアは一番端っこの席に座った。正面にいたクリスとマイケルと目が合うが、にこやかなクリスと対照的にマイケルは居心地悪そうに目を逸らした。
お誕生日席、というか一番奥まった上座に座るのは当然村長であるセオドアだ。エリザ、メラニーも比較的上座に近い位置に座っている。あと知ってる参加者なんて道でよく会うカワウソ獣人さんくらいだ(毎日挨拶してるのにそういえば名前を知らないな)。
他は見たことがあるようなないような面々ばかり。和やかに雑談に興じている。
チンチンッ。
セオドアがグラスを爪で叩いていた。
澄んだ高音に、一瞬で場が静まり、セオドアに視線が集まる。
「それでは第153回例大祭の最終会議を開始する。今日の議題は諸君も承知の通りだ」
セオドアの前口上が続く。
議題、周知されてたのか。全然知らないんだが…。そもそもなんで俺もこの会議に参加してるんだっけ?仮にも牧師だから?教会前で子供たちの出し物をやる件の責任者が俺だから?ナディアの同伴?
ま、何でもいいか。席も端っこだし、居眠りせずにうんうん頷いてればミッションクリアだろ。発言を求められることもないだろうし。
「…今年の候補についてだが、マイケルはその有用性を認められてウチに引き入れる打診がすでになされている。そうでなくとも1年間の猶予期間を鑑みて今年は免除だからしきたりの通り候補からは除外だ」
ん?マイケル?
ボーっとしている間に議題に入っていたらしい。
「というわけでペーター」
「は、はいぃ!??」
いきなり名前を呼ばれててんぱりながら俺は起立した。
「祭りの主役に前に来てもらおう」
「えっ」
声が裏返って恥ずかしい。
玄関でエリザもなんかそんなこと言ってたけど、アレってジョークじゃなかったのか?
大困惑だ。
でも、ここでもだもだしていても迷惑だろうし、手招かれるままにセオドアの方に行った。
セオドアが立ち上がり俺の肩に手を置いた。
「さて、異論がある者はいるかな?」
アイスブルーの冷たい瞳が長机を睥睨する。
その中でそろりと肉球が一つ上がる。
「ナディア」
「はい…」
ナディアは尻尾を撫でつけながら立ち上がった。
「主人…ペーターは牧師という職業柄、転生者たちから相談を受けることも多いです。情報収集役として…」
「それは肩書の力だろう?」
「信用を得やすいのはひとえに彼の人柄ゆえです。それに…」
「ナディア」
二対のアイスブルーの瞳がぶつかる。
「くぅん…」
折れたのはナディアだった。耳をしょんぼりと垂らして着席する。
「ちょっ、そんなきつい言い方しなくてもいいじゃないですか…!」
家族会議ならいざ知らずこんな人前でうちの奥さんを悲しませるなんて。いくら兄貴だとしても抗議しなきゃいけない。
冷たい瞳がじろりと俺に向く。
「黙れ、出来損ない」
「で、出来損ないーー!?」
おい、とんでもない侮辱が飛び出したぞ?さすがにライン越えだろ。
ちらっと会議の参加者に目をやるが、誰も止めない。驚いてもいない。俯くナディアと困惑気味のマイケルを除いて皆落ち着き払ってセオドアを見ている。
えっ、村長だから何でもありとか?そんなに権力勾配ヤバめの村なの?
混乱しているうちにセオドアからの追撃が飛んでくる。
「人間みたいな口を利くな。お前は所詮池がひりだした不要部分でしかないんだ」
「は、はぁあ?」
本気で意味が分からない。
単語単体の意味は分かるけど、文章にすると意味不明過ぎる。
セオドアの腕を振り払おうとするが、力が強くてびくともしない。
肩を砕かれそうなくらい強く握られて痛い。
「お前はおかしいと思わなかったのか?」
温度の低い声。絶対零度の視線。
「高頻度で気絶することに何の疑問もなかったのか?その様子じゃ、意識が飛ぶたびに記憶も飛んでいることに気づいてなかったんじゃないか?」
「な…」
「今週だけで池で3回、クリスの家で1回」
そりゃおかしいとは思ったけど、なんで細かい回数までこいつが把握しているんだよ。あと池の3回のうちの2回に心当たりがない。
そんなことはいい。
怖い。
とにかく怖い。
「あの、離して…」
「知りたいだろう?教えてやろうか?義母さん」
セオドアは俺の肩を掴んだまま、くるりと半回転させて、エリザの方を向かせた。
エリザはヤレヤレといった様子でティーカップを置いて俺の方に半身を向けた。
そして、隣に座っていたゴリラ獣人が後ろから手を回し、その細く白い首に手を回す。
「ちょっ…!」
嫌な予感は的中した。
グキッ!
軽妙な音と共にエリザの頭がZ軸に180度回転する。
「ヒョワァッ!」
情けない声をあげたのはマイケルだけだった。
他の参加者は誰も止めない。それどころか驚いたそぶりもない。まるで見慣れた光景であるかのように平然と見ている。
ゴリラ獣人が手を離すとエリザの体は力なく椅子に倒れこんだ。ぐんにゃりとした死体の襟首を掴んでゴリラ獣人がエリザを椅子に座らせ直す。
「なんっ、な、なんてことを…」
俺はセオドアに掴まれていて動けない。
エリザの綺麗に髪をまとめた後頭部から目を逸らすことさえ許されない。
「あんたらおかしいだろ。なんでこんな残酷なことを!?」
「黙ってみてろ」
続く抗議の声は出せなかった。
目の前の光景に圧倒されてしまって。
ピクリとエリザの頭が動いたかと思うと、首が回り始めた。逆再生みたいにさっき無理に折られた方向と反対回りでゆっくりと。顔が元の位置に戻ってくる。
そして、黒く淀んだ碧眼に生気が戻った。
「はっ…!」
エリザはぱっと身を起こして周囲を見回した。
驚いた様子だったが、すぐにその顔にいつもの感じのいい笑顔が戻った。
「あらやだ。私ってば何か粗相でも?」
「いや、ただのデモンストレーションだ」
セオドアの淡々とした返事にエリザは嫌そうに眉をひそめた。
「婿殿に見せるために私を殺したんですか?」
「別にいいだろう、減るもんじゃないし」
「我々だって死ぬときは痛いんですよ?」
「痛かったことさえ忘れるっていうのに?」
二人はクスクスと笑いあった。
なんなんだ、一体!?
えっ、今『殺した』って言ったよな?『死ぬ』って言ったよな?
なのになんでこんなゆるくおしゃべりしてんの?
おかしいだろ。何もかもおかしい。
「お前もアレと同じ不死者だ」
セオドアの低い声が俺に向く。
「飛び切り出来損ないの、な」
次の瞬間、肩の圧迫感が消え、人肌の肉球の感触が首を覆っていた。
背骨を冷気が這い上る。
「まっ…」
ゴキッ!
-5-
「んっ…?」
誰かが喋っている声が聞こえる。
そうだ、今日は祭りの打ち合わせでナディアの実家に来てるんだった。
まずい、まずい。
背筋がすっと冷えていく。
居眠りしてたなんてバレたら…
顔を上げると参加者の一人(今日初めて見たカバ獣人のおじさん)と目が合った。
いや、長机に座っている全員の視線が俺に向いていた。
うわっ。最悪だ。絶対寝てるのバレたじゃん。
その中には悲しそうに耳を垂らして俺を見つめる銀色の狼獣人の姿もあった。
あれ?なんでナディアもあっち側に座ってるんだ?
隣に座っていたんじゃなかったっけ?
腰を浮かせかけたが、両肩を左右から抑えられていて立ち上がれない。
「えっ!?」
ナニコレ!?
まさか居眠りしてたらつまみ出されるシステムだったりする?
「お前も村にとって有用であればアレらのように生かした。でもお前には見込みがないから形代として池に還す」
「あ、ああー。形代…」
ちょっと待った。俺が形代ってそれは…
セオドアが目配せすると、毛むくじゃらの腕が後ろから俺の首に巻きついた。
もじゃもじゃした剛毛では隠しきれない筋肉の隆起。
「えっ…なんかちょっと怖いんですけどm…」
バキッ。
-11-
「長い歴史の中でも全くスキルを持たない不死者の記録はなく…」
「ゴフッ…」
俺は大きく咳き込んだ。
机に突っ伏して寝ている。
どういう状況だ、コレ?
起き上がる前に、髪を掴まれて頭を上げさせられた。
「なに、ガッ…!」
正面から喉を掴まれる。
涙で霞んだ目じゃその下手人の姿もろくにわからない。
モフモフした腕を掴むが、獣人に腕力で敵うわけもなく、そのまま絞め上げられる。
苦しい。視界が白んできた。
もう…
不意に呼吸が楽になった。
「ゲホッ、ゴフッ!ゲェッホゲッホ」
床に倒れこみ、咳き込む。
新鮮な空気が肺に戻る。
「あなた!落ち着いて…!」
「ハァッハァッ…!」
背中を優しくなでる肉球の感触。
「な、ナディア…!」
思わず手を伸ばすと、ナディアのモフッとした前足が俺の体を抱え込んだ。
なんでこんなことになってるんだっけ?
というか、ここはどこだ?
頭がボーっとして上手く思考がまとまらない。
不意に顔に冷たい液体が落ちてきた。
ああ、ナディア。泣かないでくれ。
手を伸ばしたいが、どういう訳か体がだるすぎて動けない。
「ナディア、どういうつもりだ」
セオドアの声。
「村長こそどういうつもりですか!」
ナディアが震えながら言い返す。
「祭りまで猶予はあるはずです。それまでは不死者を村人として過ごさせるルールじゃありませんか!ウチに入れるつもりもない癖に真実を教えたりして!」
「殺せば忘れるんだから問題ないだろう」
「だとしてもしきたり違反です!」
「ナディアの言い分も一理あるな!」
クリスがナディアに同調する。
「祭りの日までは泳がせないと!」
どうやらこの部屋にはほかにもいっぱい村人がいたらしく、口々に何か言い始めた。
「あー、わかった、わかった!」
セオドアが苛立たしげにざわめきを打ち破る。
「慣習に従おう。祭りの日まではそいつはお前の夫だ」
ホッとしたようにナディアの腕が緩んだ。
次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。
文字通り、セオドアに首根っこを掴まれて無理矢理立たされていた。
「兄さん!」
ナディアは慌てるがセオドアの方が早かった。
冷酷なアイスブルーの瞳が俺を真っ直ぐに見据える。
「まだ生かすなら、今日聞いたことは全部忘れてもらわないとだな」
聞いたことも何も俺は…!
肉球が俺の喉に触れる。
そしてーー
グチャッ。




