恐怖!ケモナーおじさん伝承
-1-
俺は足早に廊下を去っていくマイケルの背中を見送った。
「悩んでいるのかい!」
「どわっ!」
背後から急に話しかけられて俺は飛び上がった。
「ひゃははは!きゅうりを置かれたネコ型獣人でもそんなに飛び上がらないよ」
「メ、メラニー」
腹を抱えて爆笑しているのはメラニーだった。
「いやー、ナイス跳躍。ナディアにも見せてやりたい」
そう言って大きな肉球を俺の肩に置く。
ポン。
背筋に寒気が走り、体がこわばる。
なんだ、今の…?
モフモフに触れられて鳥肌が立つなんて…風邪でも引いたんだろうか?
さりげなく身をよじってメラニーの前足を肩から払いのける。
「君もこの会合に呼ばれていたんだね、メラニー!意外とこの村の権力者だったりするのかな?」
「ふふっ、どうかな」
メラニーが半月に目を細める。
「私が呼ばれたのは、ただあの池の電気柵を管理してるのがうちの研究所だからってだけさ!」
池。また池か。
「そういえば池が土地神様なんだっけ?」
「ふふふ。それは覚えてるんだね?」
「まあ…」
「例大祭は土地神様に感謝を伝えるのが目的だからね。祭りのクライマックスでは池に形代を奉納するんだ。準備期間も含めて電気柵の通電について打ち合わせが必要だろう?」
「なるほどねぇ」
形代、ねぇ。
形代ってのは人間の身代わりの紙人形みたいなもんだと思うんだが、それを池に奉納するってのはどうにも。
どうにも人身御供っぽくて嫌な感じだ。
えてして祭りなんて昔の伝承になぞらえてるもんだけど。
ファンタジー世界でも人身御供なんてあるのか?
教会とかあるのに?…いや、教会があるのにそれとは別個で地域の祭りなんてものがあるんだから、民俗レベルでは何があっても不思議じゃないのかもな。
「気になるかい?」
メラニーが俺をニヤニヤと覗き込んでいた。
いけない、いけない。ちょっと考え込んでしまった。
「えっ、ああ。ちょっとね…!」
「じゃあ教えてあげよう!この村の例大祭の起源を!」
-2-
そう言って便所前の廊下でメラニーが嬉々として語りだしたのがこの話だ。
むかーし、昔。
この村がただの片田舎の貧しい農村だった頃のこと。
リヴァルーに流れ着いた転生者が、この獣人しか住んでいない村を聞きつけてやってきた。
この男は村を見て
「モフモフ天国やないかい!」
と大歓喜し、通りすがりの村人に手当たり次第(老若男女問わず)抱きつく迷惑行為を繰り返していた。
はた迷惑なド変態だったのである。
村人は抗議した。
しかし、男は抗議した村人のモフモフも堪能しながら
「こんなモフモフを往来で見せびらかされて触るなという方が犯罪だろ!」
と逆に抗議するという、とんでもない害悪ケモナーであった。
村人たちはこの転生者を捕まえて村から追い出そうと考え、協力した。
しかし、この転生者はただ性癖が終わっている変態と見せかけて普通に強かった。
強力なスキルを持っていたので獣人のフィジカルを持ってしても捕まえるのは容易ではなかった。
村人総出で狩りを行い、ようやく転生者を池のほとりまで追い詰めた。
その日はあいにくの雨天だった。
転生者はなおも悪あがきをしていたが、土地神様が転生者を池に引きずりこんだ瞬間に雷が落ちてきて彼は絶命した。
「こうして土地神様のお陰で悪いケモナーおじさんは消えたのさ。ま、村人が突き落としたとか雷じゃなくて溺れ死んだだけとか諸説あるけどね。うちの村ではいうこと聞かない子供たちには『ケモナーおじさんが池の中から出て来るぞ!』なんて脅し文句に使われてるよ」
「へー。ケモナーおじさん…」
…いや、俺は別に往来の獣人に無差別で抱きつくようなことはしないし、全然疚しいところはないからいいんだけどね?ちょっとドキリとするネーミングだ。
獣人への不同意モフモフなんてケモナーの風上にも置けない悪い奴だと思うよ?
一般通過ケモナーとしてはそんな一般名詞が固有の存在を示すのはちょっと居心地が悪い。
「あとね!紅涙石ーーあ、池から排出されるこの村固有の赤い鉱石のことなんだけど、アレもこの伝承に関係があるんだ」
「へー…」
メラニーはますます毛並みを艶々とさせながら語ってくる。
その紅涙石が彼女の研究所で研究しているモノだそうで、水を得た魚、猫じゃらしを前にした猫のように鼻息荒くしている。まあ、研究者が自分の専門分野を語るときってこうなるよな。クール系かと思ったらしっかり理系だ。
「紅涙石はね、土地神様がケモナーおじさんから搾り取った魔力を凝縮させたモノだって言われているんだ。あの鉱石が赤いのは、ケモナーおじさんの血と涙と赤玉の結晶だからなのさ。土地神様からケモナーおじさんの被害に遭った村人への補填だって言われてる」
「お、おお…」
なんとも現代的な神様だな。
「こういう物騒な伝承のせいか季節労働者たちの間ではこんな噂もあるんだ」
メラニーが目を細める。
「よそから来た転生者を池に放り込んで紅涙石の材料にしてるって」
「えっ…」
ふと、夢で見た光景を思い出す。
池から這い上がった泥まみれのマイケル。
メラニーは俺の反応を確かめるように虹彩を細め、破顔した。
「ぷっ!嘘だよ!むしろその噂のせいで研究所としては困ってるくらいなんだ!肝試しとか言って池の周りをウロウロしたり紅涙石を盗む奴らが後を絶たなくてね。だから池を電気柵で囲ってるんだ」
「そ、そりゃそうだよな…」
「まあ。祭りで池に入れる形代がケモナーおじさんを見立ててるようなもんだからそれに尾鰭がついてしまったんだろうよ」
俺はホッとする。
いや、何にホッとしてるのかはわからないが。
イーゴンから聞いたミゲルの話をふと思い出した。
ミゲルは失踪直前に池がどうのこうのと言っていたらしいが、単に都市伝説的なものを真に受けちゃっただけだったのだろうか。
「数日前に失踪した転生者の子の話なんだけどさ」
俺はつい口に出していた。
「池がその紅涙石とやらを生み出す秘密を探ってたらしいんだ。きっと池にも行ったはずなんだけど、その手の侵入とかいたずらとか最近なかった?」
「失踪?ふふふ、すると彼も何かを見ちゃったのかもね?」
「な、なにか…?」
メラニーが周囲をきょろきょろと見回す。
人の気配はない。
「実はね…」
ちょいちょいと手招くので耳を貸す。
メラニーの顔が近寄ってくる。
そして…
「わっ!」
「どぅわっ!」
耳元で大声を出されて、俺は床から飛び上がった。
「なな、何すんだよ!?」
「あーっはっは!」
メラニーは膝を打って爆笑している。
なんか今日はあまりにテンションが高すぎてついていけない。インテリ系メスケモどころかやってることはほぼクソガキじゃねえか。
「その転生者が見たのは野生動物か何かじゃないの?街にはいないから怖くなって逃げちゃったんだろうね!都会っ子はそういうの耐性ないだけさ」
「池の秘密っていうのは…?」
「それを解明するためにうちの研究所があるのさ。その転生者にわかるってんならぜひ教えてほしいもんだね!」
メラニーは思い出し笑いしながら去っていった。
-3-
メラニーとすれ違うようにナディアが向かいの廊下からパタパタと駈け寄ってきた。
「ごめんなさいね、あなた!除け者にしちゃって…!」
「ああ、いや、それはもういいんだけど…」
『君は何を知ってるの?』
これを聞こうか迷った。
「けど?」
アイスブルーの瞳が下から俺を覗き込む。
そのキョトンとした可愛い表情に理性がぐらついた。
というか、日和った。
「さっきメラニーからケモナーおじさんの話を聞いたんだけどさぁ~!ナディアも子供の頃はケモナーおじさんの話とか信じてたりしたのかなって」
口をついて出たのは全然別の話題だった。
まあ、会議まで時間もないだろうし、わざわざ気まずくなる話をしてどうする。
家に帰ればいくらでも時間はあるんだから、ナディアに聞くのは後ででいい。
「ケモナーおじさん?」
ほんの軽い雑談のつもりだった。
しかし俺の予想に反し、ナディアの顔が曇り、尻尾が不安げに揺れ始めた。
「ケモナーおじさんはね、実在するよ」
「…!?」
この反応。
もしや……。
もしや、ナディアはサンタクロースとか結構な年齢まで信じていたタイプなのかな?
なんとも純真で可愛いことで!
からかってるわけじゃない。しかし、俺の奥さんがピュアすぎる!
「大丈夫だよ、ナディア!」
俺はナディアのふわっとした前足を手に取った。
「ケモナーおじさんが来ても君のその素晴らしい毛皮には指一本触れさせないさ!俺が身代わりにモフモフされて時間を稼ぐよ!」
曇っていた表情が少し和らぐ。
「あなたは人間なんだから、モフモフするところないじゃないですか」
「意外と俺って毛深いよ!」
何の毛とは言わないけど特に一部分はモフモフというかもじゃもじゃだ。
変態おじさんはご勘弁願いたいが、ナディアにならそのもじゃもじゃをモフるついでにその奥のアレにいたずらされても…。
ナディアが俺の手から自分の肉球を引き抜いた。
「なっ…!」
「すいません。なんか、不純な気配を感じて…」
「ギクリッ!」
そんな不純だなんてそんな。ははは!
ナディアは面白いことを言うよな!
「と、とりあえず行こっか!」
俺はナディアの背を押して大広間へと向かった。




