ドキドキお宅訪問!
-1-
「ねえ、変じゃないかな?」
「それ聞くの5回目ですよ。気になるなら牧師服で来ればよかったのに」
俺はナディアと連れ立って村長の家に向かっていた。
「だ、だって…!ご実家に行くのに普段着はまずいでしょ!」
ナディアは呆れたように肩をすくめた。
「あなたの仕事着は十分フォーマルだと思いますけど…」
昨晩タンスの奥底から引っ張り出したこげ茶色のスーツの袖をもう一度伸ばした。
かくいうナディアは大振りな花柄のエプロンドレスだ。いつも仕事に着ていくものよりかはブラウスも華やかでとてもかわいい。
牧師服よりスーツの方が今日のナディアと並んで歩くのにもいいんじゃないかと思ったのは内緒だ。
「君は実家に帰るだけだからいいかもしれないけど、俺にとっては世界で一番やらかすわけにはいかないバトルフィールドだからね…気合入れて行かないと!」
「もう!大袈裟なんだから!」
ナディアが腕を軽くはたく。
「それに…あそこは私だって緊張しますよ」
ぼそりと小さい声で言い添えられる。
実家なのになんで?
この言葉が喉まで出かかって飲み込んだ。
エリザかな?一昨日、家に来たエリザとはまあまあ親しそうに喋っていたけど、やっぱりお父さんの奥さんという存在には気を遣うんだろう。ナディアは気にしいだから。
やがてジョニーの薬草農園にあった屋敷よりも大きな古めかしい洋館の前でナディアが立ち止まった。
「ほら、つきましたよ」
さすが村長の家だ。木々に囲まれて周囲から断絶されている雰囲気も相まって、なんというか独特のオーラがある。暗く陰鬱もとい、重厚感がある。
「よ、よし…」
俺は玄関のチャイムに手をかけ、一思いに鳴らす。
奥から足音が近づいてくる。
「あら~、いらっしゃい!」
「こんにちは、お義母様!」
出迎えたのはエリザだった。
この人、自宅でも喪服っぽいスタイルなんだな。
「こちら手土産です!」
と、手土産を渡す。
「あらまぁそんなこと気にしなくていいのに!さぁさぁ、二人とも入って!」
洋館の内装はまさに『地元の名士の家』のイメージそのものだった。
階段の壁に銀色の毛並みの狼獣人の肖像画がいくつも飾られている。
あれは歴代村長、つまりはナディアのご先祖様たちだ。
一番手前が今は亡きナディアのお父様。
この洋館にはナディアの兄セオドアとエリザと数人のお手伝いさんが住んでいるのだと、ナディアからは事前に聞いていた。
だから出迎えたのがエリザだったのには少々ビックリした。
「週末はお手伝いさんたちにはお暇を取らせてるんですよ。それに今日は祭りの話ですから。重要な会議を盗み聞きされては困るでしょう?」
「なるほど!この村はかなり祭りに力を入れてるんですね。そんな大事な会議に参加させてもらっちゃっていいんですか?」
「そんな謙遜しちゃって!あなたは今年の祭りの主役よ!」
「えっ?それはどういう…?」
エリザはにっこりと笑って答えない。なんとも居心地の悪くなる笑顔だ。
「お義母様」
ナディアの非難するような口調をエリザはサラッと受け流す。
「村長が待ってるわ」
すたすたと大広間へ向かう廊下を先導していく。
ナディアもその背中を追う。
俺も黙って後に続いた。
-2-
大広間はちょっとした体育館かと思うくらい広かった。
でかい屋敷だし、ここで昔はダンスパーティーとかしていたのかもしれない。
今は空間の中央を重厚な長机が占領し、奥まった上座にはシュッとしたシルエットの狼獣人が頬杖をついてこちらを見ていた。
逆光でパッとはわからなかったが、彼は昨日クリスの家で写真を見たセオドアそのものだった。まあ表情はあの無邪気な美ケモの面影もないほど険しいが。
「こ、こんにちは、お義兄さん!」
「お義兄さんだぁ~?」
ナディアよりも峻烈なアイスブルーの瞳が益々冷え込む。
「君に兄と呼ばれる筋合いはない!俺は君とナディアの結婚をまだ認めてないから」
「ヒョエッ!」
なんという威圧感。
険しい顔の狼獣人ってだけで威圧的なのにそこに義家族バフが乗算されてはたまらない。怖すぎてちびりそうだ。
「その…責任感が強い人なんです。悪気はない…こともないんだけど、兄の言うことはあんまり気にしないで」
ナディアがちょっと背伸びして耳打ちしてきた。
耳たぶをくすぐる毛の感じにゾクゾクしつつ、俺も囁き返す。
「シスコンの人ってこと?」
「いや…そういう訳では…」
セオドアの拳が机を叩いた。
「おい、お前たち聞こえてるぞ。あと俺の目の前でいちゃつくな」
うん。あの様子はシスコンの人だな。
ナディアのご両親は結構早くに相次いで亡くなったって言ってたし、お兄ちゃんというよりお父さんくらいの責任感でナディアと接してくれていたんだろうから、ナディアの夫なんて存在は気に食わないよな。ま、そうでなくてもこんな可愛い子が妹だったらシスコン発症は不可避ですわ。
その気持ち痛いほどわかりますよ、お義兄さん。
「…なにを頷いてるんだ、気色悪い。いいからさっさと座れ、ナディア。家族会議だ」
「…はい」
ナディアが長机の方へと歩いていく。
俺もその後に続こうとした。
「お前はダメだ」
セオドアにぴしゃりと止められた。
「えっ!?」
「家族会議といっただろう」
おっと、こんな形で婿いびりですか!
とはいえ俺も大人だ。こんなしょうもないことにイチイチ腹を立てて、義家族とギスるなんて事態は避けたい。なんせ俺は大人だからな。
「あっ、左様ですか。えへへ、俺はちょっと…お花摘みにでも行ってきますのでごゆっくり…!」
必要以上にペコペコしながら大広間から退却。
アレはちょっと田舎の陰湿なところ出てたな。姻族は家族じゃないっていうのか。別にモフモフ家族会議に出たかったとかいう訳じゃないけどさぁ!仮にも妹の夫にああいう雑な扱いは大人げないなんてレベルじゃないと思うけどねぇ。いや、アレこそが正しいシスコン仕草(?)なのかもしれない。俺の前世にはたぶん兄弟とかいなかったからわからんけども。
「てか、トイレどこだ…?」
せめて場所だけはエリザに聞いておくべきだった。
こっち側の廊下には見当たらなかったので玄関ホールまで戻ってきてしまった。
無駄に広いな。いや、無駄じゃないのかもしれないけども。
チリリリン。
玄関のチャイムが鳴った。玄関のすりガラス越しに二人の人影が見える。
ちょっと迷ったが、まあ今日の会議の参加者だろう。
確かに『俺は家族じゃない』かもしれないがね!来客対応くらいしたって文句はないだろう!所詮家族じゃないにしてもね!
「は~い」
「おお!牧師さん」
「ヒェッ!」
ドアを開けて現れたカンガルー獣人の笑みに俺は文字通りちょっと飛び上がった。
「く、クリスさん!」
もちろんビビったとかじゃない。思ったより距離が近くてビックリしただけだ。
…まだ微妙に動悸と手汗が止まらないけども。
マイケルはクリスから一歩引いたところに立っていた。
「あっ…どうも…」
なんかモジモジしてるな。マイケルと微妙に視線が合わない。
昨日の入れ違いのことなら気にしなくていいのに。
「あら~、お師匠さん!」
背後で余所行きの甲高い声がした。
「どうも、エリザさん」
クリスがピョンと敷居を跨ぎ、エリザと話しながら大広間の方へと歩いていく。
その後ろを無言でついて行こうとしたマイケルの腕を掴んだ。
「えっ!?なんですかっ!?」
ビックリするマイケルはスルーして、俺はエリザの背中に向かって言った。
「お義母様、ちょっとお手洗い借りますね~!」
「はーい。そっちの廊下の突き当りよ」
「じゃあ、マイケル君も行こうか」
「えっ、俺も!?」
俺はマイケルを廊下の突き当りまで引っ張っていった。
「なあ、昨日のことだけども…」
「あー、昨日の記憶は今ちょっとなくてですねぇ…!」
「えっ?記憶がない?」
なんてこったマイケル!君も俺みたいにたまに記憶が飛ぶ変な症状があるのか!?
「それは災難だね」
俺はマイケルの肩を叩いた。
「何か記憶が飛んだことに心当たりはないの?」
「あー…そのぉ…」
マイケルの目が泳ぐ。
「心当たりというかメカニズムについてはその…」
「えっ!?」
マイケルはしまったとばかりに口を押えた。
「ちょっ、今のはオフレコで!」
「わかった。秘密にするから教えてくれよ」
「やっ。ダメですよ。あなたにだけは言うなって言われてて…!」
「言われてるって誰に?」
マイケルはますます焦った顔になる。
「言えませんよ!池のこととか転生者たちの行方とか、あなたや私が何なのかとか。全部あなたには言えません!言ったら消されます」
こいつ、てんぱったら何でも喋るんじゃないか?
「消されるって…殺されるってこと?それとも記憶を消されるの?」
「両方です!」
マイケルは自分の口を押えて周囲を見回す。
玄関ホールにはほかの来客の姿があった。しかし、俺達の方を見ている人はいない。
「あの、本当に俺から聞いたことは忘れてください。牧師さんも時が来たら教えてもらえると思うんで!」
「時っていつ?」
「いや、それは知りませんけども!奥さんにでも聞いてみたらいいんじゃないですか!村長の妹さんなんでしょう?失礼しますね!」
「あ、ちょっ…!」
マイケルは俺の腕を振り払い、速足で反対側の廊下へと行ってしまった。
一昨日はクリスを疑いまくって俺に協力を求めて来たくせに。
手のひら返しが高速すぎやしないか。
「なんなんだあいつ…」
モヤモヤする。
あの文脈でマイケルがナディアに言及したことも含めて。




