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断片集 【ハイブリッドパフォーマンス】  作者: 志村けんじ


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9/23

この曇り空を抜け出そう!⑦(2000年代)

 それから一週間が過ぎた。


 所長の正志まさしに対する嫌がらせは相変わらずで、ほかにやることはないのかと思うぐらいだ。


 それとは相反するように、小学生たちとは仲の良い日々だ。


 ただ、この一週間は雨の日がほとんどで、あのあとの休みの日も、どこにも出掛けずに千春と部屋で過ごしていた。


 千春はちょっと不満そうだったが、それも仕方がない。


 とてもじゃないが、出掛けたいと思うような天気ではなかった。


 午後の三時をまわって、休みの前の日に借りてきた映画のDVDを見ていると、千春がスーパーに買い物に行きたいというので、クルマを出そうとすると、千春は歩いていけるからいいと、それを拒んだ。


 てっきり、千春が自分一人で行くから、一緒に付いていかなくてもいいのかと思ったら、そうではなかった。


 千春は、「はい、傘」と、正志まさしに傘を手渡すと、自分は傘を持たずに、先に外に出ていく。


 正志まさしも、その理由をなんとなく理解して外に出ると、やっぱりそういう意味だった。


「ほな、行こか」と、傘を広げると、千春も傘の下に入る。


「そんでも、こんだけ雨が降っとるんやから、やっぱり傘は二本の方がいいんとちゃうか?」


 そう一応言ってみる。


「わかってないなぁ。だからいいんじゃん」


 そう言って千春は、正志まさしの傘を持っていない方の左腕に、右腕を絡ませる。


 これは、誰がどう見たって、「ラブラブっていうやつなんやろな」と思いながらスーパーに向う。


 千春は正志まさしの耳元で、ずっとお喋りが止まらない。


 スーパーに着いて買い物しているときも、ほとんど正志まさしのどちらかの手を握ったままで、離そうとはしない。


 そうして買い物をしたあとは、正志まさしが荷物を持つので、今度は千春が傘を持つことになる。


 そのアパートまでの帰り道の途中で、正志まさしは児童公園の中に、一人ポツンといる航太郎こうたろうを見つけた。


 立ち止まった正志まさしが、ほんの数秒、その航太郎こうたろうの様子に目をやると、千春もそれに合わせるように航太郎《》に目をやった。


「ねぇ、まークンの知り合い?」


 千春がそう聞いてきた。


「ん……。そやな。知り合いや」


 正志まさしは、心此処にあらずにそう答える。


 航太郎こうたろうのその姿は、やっぱりふさいでいるように見える。


 千春はその航太郎こうたろうを見つめる正志まさしの、普段はたぶん一度も見せたことがないその横顔に目を奪われた。


「よぉ~し!」


 なにを思ったのか、千春はそう掛け声を上げると、正志まさしの腕を引っ張って、児童公園の中に入っていく。


 そうして、そのまま真っ直ぐに航太郎こうたろうのところに行くと、なんの前置きもなく航太郎こうたろうに声を掛けた。


「なーにやってんの?」


「えっ!?」と、顔を上げた航太郎こうたろうは、もちろん驚いた顔をしている。


「こんにちは」


「こんにちは……」


 航太郎こうたろうは、おっかなびっくり挨拶を返す。


「どぉーしたぁ? 元気がないぞぉ」


「そやで、航太郎こうたろう。元気がないで。どないしたんや?」


 ここで正志まさしが、千春の後ろから助け船を出した。


 どうやら航太郎こうたろうは、千春の行動があまりにも突然のことで、正志まさしが一緒にいることに気づいていなかったようだ。


 だから、航太郎こうたろう正志まさしの顔を見つけて、笑顔を見せた。


「びっくりしたやろぉ。このネーチャンいきなしやもんな」


「そんなことないよねぇ。あんまりきれいなおねーさんでビックリしたんだよね?」


「なに言うとんのや。自分の顔、鏡で見てから言えや」


「へ~。そんなこと言って、初めに惚れたのはどっち?」


「それは……。ワタシの方でございます」


 そう言われたら、それ以外に返す言葉がない。


 航太郎こうたろうに目をやると、ついさっきまでふさいでいた表情かおが、笑顔に変わっている。


「あんまり帰るのが遅いとお母さんが心配するから、早く帰えんなね。はい、これ」


 そう言って千春は、航太郎こうたろうにお菓子の入った袋を渡す。


「ありがとう……。ありがとうごさいます」


「ん~。良い子良い子」


 そう言って千春は、航太郎こうたろうの頭を撫でた。


「それじゃ、早く帰んなね」


 千春にそう言われて、航太郎こうたろうは、もう一度「ありがとうございます」とお礼を言って、笑顔で手を振って帰っていった。


「お前、ホンマすごいなぁ」


 正志まさしは、いまの千春の行動に、感心というか感動した。


 もし自分だったら、なにか余計なことを聞いていたに違いない。


 アパートに帰ってからも、千春はいつもと変わることなく、いつものままだ。


 正志まさしに、一切余計なことはなにも聞いてこない。


 そうして千春は、今日はおとなしく、日付が変わる前に帰っていった。


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