この曇り空を抜け出そう!⑦(2000年代)
それから一週間が過ぎた。
所長の正志に対する嫌がらせは相変わらずで、ほかにやることはないのかと思うぐらいだ。
それとは相反するように、小学生たちとは仲の良い日々だ。
ただ、この一週間は雨の日がほとんどで、あのあとの休みの日も、どこにも出掛けずに千春と部屋で過ごしていた。
千春はちょっと不満そうだったが、それも仕方がない。
とてもじゃないが、出掛けたいと思うような天気ではなかった。
午後の三時をまわって、休みの前の日に借りてきた映画のDVDを見ていると、千春がスーパーに買い物に行きたいというので、クルマを出そうとすると、千春は歩いていけるからいいと、それを拒んだ。
てっきり、千春が自分一人で行くから、一緒に付いていかなくてもいいのかと思ったら、そうではなかった。
千春は、「はい、傘」と、正志に傘を手渡すと、自分は傘を持たずに、先に外に出ていく。
正志も、その理由をなんとなく理解して外に出ると、やっぱりそういう意味だった。
「ほな、行こか」と、傘を広げると、千春も傘の下に入る。
「そんでも、こんだけ雨が降っとるんやから、やっぱり傘は二本の方がいいんとちゃうか?」
そう一応言ってみる。
「わかってないなぁ。だからいいんじゃん」
そう言って千春は、正志の傘を持っていない方の左腕に、右腕を絡ませる。
これは、誰がどう見たって、「ラブラブっていうやつなんやろな」と思いながらスーパーに向う。
千春は正志の耳元で、ずっとお喋りが止まらない。
スーパーに着いて買い物しているときも、ほとんど正志のどちらかの手を握ったままで、離そうとはしない。
そうして買い物をしたあとは、正志が荷物を持つので、今度は千春が傘を持つことになる。
そのアパートまでの帰り道の途中で、正志は児童公園の中に、一人ポツンといる航太郎を見つけた。
立ち止まった正志が、ほんの数秒、その航太郎の様子に目をやると、千春もそれに合わせるように航太郎《》に目をやった。
「ねぇ、まークンの知り合い?」
千春がそう聞いてきた。
「ん……。そやな。知り合いや」
正志は、心此処にあらずにそう答える。
航太郎のその姿は、やっぱり塞いでいるように見える。
千春はその航太郎を見つめる正志の、普段はたぶん一度も見せたことがないその横顔に目を奪われた。
「よぉ~し!」
なにを思ったのか、千春はそう掛け声を上げると、正志の腕を引っ張って、児童公園の中に入っていく。
そうして、そのまま真っ直ぐに航太郎のところに行くと、なんの前置きもなく航太郎に声を掛けた。
「なーにやってんの?」
「えっ!?」と、顔を上げた航太郎は、もちろん驚いた顔をしている。
「こんにちは」
「こんにちは……」
航太郎は、おっかなびっくり挨拶を返す。
「どぉーしたぁ? 元気がないぞぉ」
「そやで、航太郎。元気がないで。どないしたんや?」
ここで正志が、千春の後ろから助け船を出した。
どうやら航太郎は、千春の行動があまりにも突然のことで、正志が一緒にいることに気づいていなかったようだ。
だから、航太郎は正志の顔を見つけて、笑顔を見せた。
「びっくりしたやろぉ。このネーチャンいきなしやもんな」
「そんなことないよねぇ。あんまりきれいなおねーさんでビックリしたんだよね?」
「なに言うとんのや。自分の顔、鏡で見てから言えや」
「へ~。そんなこと言って、初めに惚れたのはどっち?」
「それは……。ワタシの方でございます」
そう言われたら、それ以外に返す言葉がない。
航太郎に目をやると、ついさっきまで塞いでいた表情が、笑顔に変わっている。
「あんまり帰るのが遅いとお母さんが心配するから、早く帰えんなね。はい、これ」
そう言って千春は、航太郎にお菓子の入った袋を渡す。
「ありがとう……。ありがとうごさいます」
「ん~。良い子良い子」
そう言って千春は、航太郎の頭を撫でた。
「それじゃ、早く帰んなね」
千春にそう言われて、航太郎は、もう一度「ありがとうございます」とお礼を言って、笑顔で手を振って帰っていった。
「お前、ホンマすごいなぁ」
正志は、いまの千春の行動に、感心というか感動した。
もし自分だったら、なにか余計なことを聞いていたに違いない。
アパートに帰ってからも、千春はいつもと変わることなく、いつものままだ。
正志に、一切余計なことはなにも聞いてこない。
そうして千春は、今日はおとなしく、日付が変わる前に帰っていった。




