この曇り空を抜け出そう!⑧(2000年代)
またしばらくして。英男が、店にやってくる。
何事も無いように会話して、給油をして、お会計を済ませたあと。そこへ、学校帰りの小学生たちがやってくる。
その中に、航太郎を見つけた。
いつもと違ったのは、こっちを見るでもなく、もちろん手を振るでもなく、そのまま店の前を通り過ぎていく。
「なぁ、英男。お前このあとすぐ時間だいじょうぶやろ?」
そう聞いた。
「あぁ。どうしてだ?」
英男が聞き返す。
「ちょっと、待っててくれへんか。すぐに戻ってくるから」
そう言って正志は、すぐに所長のところに行くと、「腹が痛いから」と言って早退を申し出る。
所長には、当然駄目だと文句を言われたが、「あの例のことを、本社に報告する」と口にすると、快く承諾してくれた。
あの口が上手い所長のことだ。どうせなんらかのカタチで、あの例のことをすぐに揉み消すだろうとは思っている。
すぐに着替えて、待っていた英男のクルマの助手席に乗って、店をあとにした。
この正志の、突然の早退に対して、文句を言ってくるものは、誰一人としていなかった。
それが救いだった。
そうして店から少し離れたファミレスに入ると、注文して料理を運ばれるのを待たずに、正志は早速話を切り出した。
「あのな。ずうーっと気になることがあったんや。前に店に来たとき、子どもの写真見せてくれたやろ。あのことや」
英男は、相づちを打たずに、そのまま黙って正志の話を聞いた。
「やっぱりな。あの男の子。最近、ちょっと様子が変なんや。最初は、だいじょうぶかと思ったんやけど、きのう雨の中、公園に一人ポツーンとおってな。やっぱり、なんかあるんやろか?」
そう聞かれて、英男はなにも答えずにいた。
「なんか、知っとるんやろ? 知っとるから……」
正志の必死さが伝わる。
「お前……。秘密が守れるか?」
英男は真顔で言った。
正志の背中に緊張が走る。
「当たり前に決まっとるやろ」
正志は覚悟を決めた。
「わかった。なら、教えてやる」
英男は正志に、丁寧に説明するように話し始める。
「あの子の父親はな、最近有名な外食系の会社の取締役の一人なんだよ。知ってるだろ、トリック&スパイスカンパニーっていう会社」
その会社名を聞いて、正志は一発でその会社がどういう会社なのかがわかった。
トリック&スパイスという会社の名前をテレビなどでよく見るようになったのは、まだここ二・三年のことだ。
その頃からかなりテレビや雑誌などで、その会社のことが取り上げられていたので、そこまでは大体のことがわかった。
「その会社内の二つの派閥でな、いま派閥争いが起こってる。一つは、社長の手塚派で、もう一つは、専務の小林派だ。それであの子父親は、専務の小林派に属している」
「それが、あの子とどう関係するんや?」
それが一番聞きたいことだ。
「要は、あの子の父親が、その派閥争いに勝つ為の需要な鍵を握ってるんだよ」
「でも、それはあの子とは全然関係のない話やろ?」
「ところがな、それが大有りなんだよ」
「なんやそれ!? わからんのぉ、全然話が見えてけーへん」
「この派閥争いにはな、ヤバイ奴らも大きく絡んでるんだよ」
英男は正志の顔の側まで身体を伸ばして、耳元で小声で言った。
「ヤバイって!? まさか、ヤクぅ……」
正志が言い終わる前に、英男は正志の口を手で塞いだ。
「なっ、わかるだろ? このヤバさが。相手は場合によっては、子どもにもなにをしてくるかわからない連中だ。おまけにこの派閥争いには、当然、億単位のカネが絡んでる」
「そうかぁ……。なんや、思ってたより大変なんやな……。オレはてっきり、親どっちかの浮気かなんかでぇって思ってたで。そんなんでも、子どもには十分辛いはずやしな」
「そうだな……。たぶん、あの子がいま元気がないのはな、そのことでいま父親がどこかに行方を暗ましているからだと思うんだ。まぁ、それも会社では表向き、小林専務の指示で出張しているっていうことにはなっているんだけどなぁ……」
「でもそんなら、父親がいない間は、あの子のこと守ってあげたいよなぁ……。でもなぁ……そんなん無理な話やろぉしなぁ……」
「そうだな。冷たいようだけど、それは無理な話だな。もう素人が絡むような話でもない」
そこまではっきりと言われてしまうと、正志には、もう諦めて落ち込むほかなかった。
「そやなぁ……。なんもできひんもんなぁ……。悪いのぅ、立ち入ったことを聞いてよ。ここのはオレが払っておくからよ」
そう言って正志は、注文した料理が全部テーブルに運ばれてくると、伝票を取って、そのままなにも食べずに席を立った。




