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断片集 【ハイブリッドパフォーマンス】  作者: 志村けんじ


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6/7

この曇り空を抜け出そう!④(2000年代)

「あっ、そうですかぁ……。ちょっと腹の調子が悪いんで、トイレ行ってきますわ」


 そのまま本当にトイレに行って、便座に座って考え込む。


 どういう理由かはわからないが、あの店長は自分を辞めさせたいに違いない。


 いい加減嫌気がさしていたときに、こんな酷い仕打ちだ。


 いろんな事が頭の中を駆け巡る。


 同じ職場であったとしても、得てして面倒な厄介事には立ち入らないのが、いまの世知辛いご時世だ。


 もう、こんな所長がいる店は辞めてもいいと思ったが、現実問題として、やっぱり生活のこともある。


 千春にはなんと言おうか……。


 実のところ、千春には余計な心配をさせまいと、この所長の話は一切していない。


 それにやっぱり、副所長の小守さんへの義理もある。


 あの人が入院して休んでいる間に、店を辞めるわけにはいかない。


「あの、すいません池田さん」


 この春に専門学校を卒業して入社したばかりの社員が、正志を呼びにやってきた。


「なんや!?」


「あのですねぇ……。池田さんにお客さんなんですけど……」


「客!? なんや客って、さっきの客が、また戻ってでもきたんか!?」


「いえ、違いますけど……。たぶんですねぇ、池田さんのお友だちの方だと思いますけど」


「友だちって、名前は?」


「さぁ?」


「さぁって。もうしゃーないのぉ」


 友だちでも誰でも、まだ誰かに会いたい気分ではなかったが、正志まさしはしょうがなしに便座から腰を上げた。


 オモテに出てみると、英男ヒデオが新型のBMWにもたれて正志まさしを待っている。


 英男ヒデオもクルマに合わせるように、渋い大人の雰囲気の装いだ。


「いらっしゃいませー。お客さま、本日はワタクシ目になんのご用件でしょうか?」


 ワザと素っ気なくは言ったが、笑顔になる気分にはなれない。


「どーしたんだよ? 元気ないな」


「ん……。いや、ちょっとな。あの馬鹿所長のおかげで、また泥水をかぶったんや」


「……そうか。お前も大変だな」


「それで、用事はなんや? なんか用事があったんやろ?」


「あのさ。それなんだけどさ……」


「なんや? いいから言うてみぃや」

 

「取りあえず、ハイオク満タンで」


「なんやそりゃー!? 支払いは現金でええか?」


「あぁ」


「ハイオク満タン! 現金で入りまぁーーす!」


 英男ヒデオと少し話をしながら窓を拭いていると、前を通っていく小学生たち数人が、正志まさしに手を振っていく。


「なんか、お前ってさ。ここを通る小学生たちに、ずいぶんと人気あるんだな」


「ん。まぁ、人気があるっちゅうか、あいつらからしてみれば、歳の離れた友だちみたいなもんなんやろうな。きっと、そんな感じやと思うで」


「なるほどなぁ。なんていうか、お前のそういうとこって、なんかすごいな」


「そんなん別に、すごいことなんかあらへんでぇ。オレも、小学生と話するのはおもろいからな。けっこう良い刺激にはなるで」


「なぁ、ちょっと変なこと聞くようだけど、この小学生たちの中に、すごく仲が良いのっているか?」


「なんやそら? そら仲の良い子もいるでぇ。名前も知っとる子もいるし、名前は知らんでも、仲が良い子はいるしな。それが、どうしたんや?」


「あのさ。単刀直入に聞くけど、お前この子知らないか?」


 そう言って英男ヒデオは、正志まさしに一枚の写真を見せた。


 その写真には、航太郎こうたろうの顔が大きく写っていた。


 正志まさしは、その写真から目を逸らした。


「なぁ……。こっちも変なことを聞くようやけど、その子がなんかしたんか?」


 正志まさしの声は、少し震えていた。


 航太郎こうたろうが、特になにかをしたというわけではないのだろうが、探偵である英男ヒデオがこんなことを聞くのだから、きっとその裏にはなにかあるはずだとそう思った。


「いや……。ちょっとな。悪いな、なんかへんなこと聞いちゃって」


 正志まさしのいまの態度を見れば、その子との仲は一目瞭然だ。


 英男ヒデオもそれ以上は聞かずに、すぐに言葉を濁した。


「あ……。ガソリン代いくらだ?」


「えっと……。四千二百六十円やな」


 英男はガソリン代を払うと、「それじゃ、また今度な」と、一言添えて帰っていく。


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