眩しすぎる太陽 (2000年代)
僕が彼女……。工藤初美と出逢ったのは、高校一年の春休み。まだ肌寒さが残る、心地良く晴れた日のことだ。
やっと雪解けし始めたばかりの、まだ土手に雪が残る川沿いの道を自転車で走っていると、白いスカートの裾を膝丈まで捲り上げて、はしゃぐように川の浅瀬でなにかをしている、僕と同い年ぐらいの女のコがいた。
僕はそのことに驚いて、急ブレーキで自転車を停めると、
その「キィーーッ!」という音に気づいた彼女が、こちらの方を振り向く。
彼女は立ち止まって驚いている僕の顔を見て、彼女も不思議そうな顔でこちらを見ている。
「ねぇ! なにしてるの?」
僕は素直に一番知りたかったことを聞いた。
「ん~っ。水遊び」
それが普通で当たり前のことであるかのように、彼女は答える。
「寒くないの?」
「寒いよ」
彼女の答えは僕の予想を裏切って、普通の答えが返ってくる。
僕は彼女の口から、いったいどんな答えを期待していたのだろうか。ここは信州は長野の町だ。そう答えが返ってくるのは当然だ。
ただその前に、水遊びをしていたというのは、例えば沖縄のような暖かい土地ならいざ知らず、どう考えても季節を間違えている。
「じゃあ、なんで……」
その水遊びをしていた理由を聞こうとしたとき、彼女は川から土手へと上がった。
冷たい水の中に入っていた彼女の足は、その証拠にと真っ赤になっている。
彼女は、土手に四方に脱ぎ捨てていた靴と靴下を拾い集めると、それを両手に持って、真っ直ぐと僕の方に歩いてくる。
「ねぇ。後ろ乗せてって」
僕の目の前に来た彼女は、隙だらけの無邪気な笑顔でそう言った。
僕は特に断る理由も見つからなかったので、靴下を入れた彼女の靴を自転車の前カゴに載せて、裸足の彼女を後ろに乗せると、彼女が乗せていってほしいと言った場所まで自転車を走らせる。
僕の後ろで鼻歌を歌っている彼女の透きとおった声が、不思議な心地良さを感じる。
気がつくと、彼女を乗せた自転車は目的地に到着した。
「ありがと」
彼女はふわりと後ろの荷台から降りると、そう一言だけお礼を言って、靴は両手に持って履かないまま、僕の方を振り返ることもなく、目の前からスッと消えていった。
凄く不思議な体験だった。
それでも彼女とは、またすぐに逢えるのではという気がした。
♢
そうして春休みが終わって二年になった新学期。僕に思い掛けないことが起きる。
人生初の女のコからの告白を受けた僕に、初めてのカノジョが出来た。
それは新学年で同じクラスになった、演劇部の小谷唯からの告白だった。
彼女の将来の目標は「女優」で、その彼女の演技力は素人の僕から見ても、確かにほかの部員と比べて群を抜いていた。
そんな彼女を、ボクも応援していた。
「へぇ~、そうなんだぁ。知らなかった」
廊下で唯が、クラスの女子と話をしている。
この「へぇ~、そうなんだぁ」というのは、彼女の口癖のようだ。
二年でクラスが一緒になった彼女が、教室でほかの女子と話をしているとき、よく耳にする。
そんな唯からの告白は、新学期開始から二ヵ月目に、突然訪れた。
クジ引きの結果により、彼女と二人で、放課後に理科実験室の片付けをすることになったというのが付き合うきっかけだ。
「それじゃ、オレはあっちの方を片付けるから、小谷さんはこっちの方をお願い」
「あれ? そういえば、中島くんと話すのって、これが初めてだよね」
「えっ、そうだっけ?」
僕は、そう惚けた。
「そうだよ、絶対。すごい、クラスが一緒になってから、もう二ヵ月以上も経ってるのに、話したことなかったんだね」
彼女のその口振りからは、本当にそのことに驚いている感じだ。
「あのさ。ずっと聞きたかったことがあったんだけど、いい?」
その彼女の言葉に、僕はドキドキした。
「アレって、中島くんの名前って、なんて読めばいいの?」
それを聞いて、僕のドキドキはすぐに治まった。それは、いままでよくある質問だったからだ。
「ショウタ」
「へぇ~、そうなんだぁ。渉るに太いって書いて、渉太って読むんだねぇ」
「まぁ、読めない人はけっこういるしね」
「でも、良い名前だよねぇ」
それはただの社交辞令たったかもしれないが、彼女にそう言われると、なんだか妙に嬉しい。
「それじゃ、オレあっちやるから」
そう言って僕は、すぐに彼女から離れる。
やっぱりそういう気持ちを知られるというのは、ちょっと恥ずかしかったからである。
そのあとすぐに担任もやってきて、三人で作業をした。
彼女は作業をしながら、楽しそうに担任といろんな話をしていて、僕はそれをただ聞いていた。
次の日から、彼女はこれまでとはちょっと違っていた。
これまでの「中島くん」ではなく、「渉太くん」と呼ぶようになっていたからだ。
もちろん、「中島くん」と呼ばれたのもきのうが初めてだけども、だからといって、いきなり「渉太くん」って話し掛けてこられるのも、なんだか照れくさくて違和感がある。
そして普段は見せないであろう、魅力的な笑顔を僕に見せるのだ。
その日から彼女は、ボクによく話し掛けてくるようになった。
三日目には、さすがに僕も慣れて、彼女とそれなりに普通に会話が出来るようになっていた。
そんな僕もかなり単純なもので、そこから学校に行くのがちょっと楽しくなった。
そんな毎日のある日のことだ。
廊下を歩いていると、突然後ろから女のコの両手が、僕の目を塞いだ。
「だ~れだ?」
それは聞きなれない、でもどこかで聞いたことのあるコの声だ。
「え~っと……」
ボクの知り合いの中で、こういう類の悪戯をしてくるコはいないはずだ。
それが誰だかわからずに迷っていると、前の方からボクの名前を呼ぶ声がした。
「ちょっと、渉太くん!?」
なんだか、ちょっと怒っているように聞こえたその声の主は、はっきりとわかった。
僕はの視界を遮っている両手を振りほどくと、その聞こえた声の感じのとおり、ちょっと怒った表情をして唯が僕の前に立っている。
唯は明らかに怒った目で、僕とその後ろのコのことを見ている。
「誰なの、そのコ?」
そう彼女に聞かれて、僕は思い出して後ろを振り向いた。
「え~~っ!?」
それが、僕の目を塞いでいたコを見ての、第一声だ。
正直、ただ驚いた。
僕があの日、自転車の後ろに乗せた女のコが、なんの前触れもなく、いま再び目の前に立っている。
彼女は、悪戯な笑顔を見せて、本当に驚いている僕のことを愉しんでいるようだ。
「えっ!? なんで!?」
「えへへ、驚いた?」
「だからなんで?」
「なんでって?」
「なんでって……。えっと……どうしてここに?」
「どうしてって、転校してきたから、この学校に」
その一言で、あのときの彼女がどうしてここにいるのかという理由はわかった。
「ねぇ、ひょっとして彼女?」
そう言って、目の前にいる彼女が、僕の後ろに立っている小谷唯を指差す。
僕は、すっかり小谷唯のことを忘れていた。
「ねぇ、中島くん。そのコ誰なの? もし良かったら紹介してくれない? もしかして、中島くんの元カノ?」
「いや……。え~っと……」
この彼女のことを、小谷唯にどういう風に説明したらいいものか悩む。
「えっと……」
この彼女とは、一度ただ偶然に会っただけだから、名前は知らない。
あのときの、強烈な印象が残っているだけだ。
「あの、工藤初美です。彼とは、前に一度たまたま会っただけで」
僕の答えを待たずに、彼女がそう言った。
「ふ~ん、前に一度……。クドウハツミさん?」
「そう。工藤初美さん。前に一度ね」
僕は何故か、この前に一度しか会ったことがない、今日初めて名前を知った工藤初美のことを、まだこのときは僕のカノジョというわけではない小谷唯に言い訳をしていた。
「それじゃ、あたし、職員室に用があるんで、これで……」
彼女は少し気まずそうに、僕と小谷唯を残して、この場をあとにした。




