表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/45

第5章 森の娘 2

 ミオの人格とのあまり好感の持てない形での初めての交流を果たした翌日、あたしは予定通り彼女を連れてザレー大森林へと向った。

 ザレー大森林に入るのは、ヌーク村で貴族のボンボン冒険者が問題を起こした件の後始の時末以来なので、1ヶ月以上ぶりとなる。

 ハーケンブルクの城壁の外に出る際あたし達はいつもの様にザレー門で検問を受けだが、そこで検問を担当していた衛兵達の隊長が、数日前ゲーゲンに行く為に街を出る際にヘスラ門で検問を担当した隊長と同一人物であったのは、恐らく偶然の一致ではあるまい。

 今回も一応用心して男装をしてきたが、いい加減男装するのも飽きてきた。

 たまにする位なら面白いとも思えるが、指名手配されてからほぼ毎日のように男装し続けると流石にうんざりしてくる。

 別にあたしは男になりたい訳ではないし、男の格好をするのが格段好きな訳でもない。

 変装する事も、別人の演技する事も好きな方ではあるが、状況に強制される形でやり続ければ好きな事でも嫌いになってくる事だってある。

 このまま濡れ衣が晴れない状況が続ければ、未来永劫偽りの仮面を被り続けながら生きていかなければいけないという考えがふと頭に浮かび、それが頭から離れずに気が滅入ってくる。

 「ちょっと待て!お前、歩くの速いんだよ!」

 背後から聞こえた乱暴な女の声が、あたしを暗い妄想から現実に引き戻した。

 あたしは立ち止まると振り返って声の主を見た。

 ナギと同じ焦げ茶の長衣をまとい、ナギやマヤと同じ顔をした女が息を切らしながら速足で近づいてきた。

 外見的にナギやマヤと違うのは、長く伸ばした黒髪をマヤの様にオシャレに整えるでもなく、かといってナギの様に頭頂部でキツめにまとめるのではなく、項の辺りでかなり緩めかつ雑にまとめている所くらいだ。

 そしてそれ以上に、態度や仕草がまるで違う。

 常に無表情なナギや胡散臭い微笑みで内面を覆い隠すマヤと異なり感情丸出しでコロコロと表情が変わるし、方向性は違えども基本的に丁寧な話し方をするナギやマヤとは違って言葉使いも乱暴だ。

 この女こそ封印されていた、ナギとマヤの魂と同じ肉体を共有する3番目の魂のミオだ。

 あたしに追いつくと、ミオは肩で息をしながら自分の膝に両手を置き、あたしへの文句を言い始めた。

 「お前、もっと歩くペースを考えろよ!お前一人で歩いているんじゃねえんだぞ!」

 「悪かったよ。」

 あたしは仏頂面のまま謝罪をする。

 ハーケンブルクの街の情勢がきな臭くなってきたせいで、ザレー大森林に入る冒険者の数が減ったと聞いていたが、ザレー大森林外縁部を主な稼ぎ場とするような低レベルの冒険者達のほとんどはハーケンブルクで繰り広げられている陰謀には無関係であり、そういう者達は日銭を稼ぐ為にも日々の冒険を休む訳にはいかない。

 そういう訳でザレー門周辺には通常よりやや少ないとはいえ、それなりの冒険者がたむろしていたし、森の中に入ってからも何組かの冒険者パーティとすれ違った。

 この前ゲーゲンに行った時もそうだったが、ちょっとした人混みがあるとどうしても正体がバレる不安が増して、無意識の内に歩く速度が速くなってしまうようだ。

 ミオに悪い事をしたのは勿論だが、あまりに不自然に急いでいると却って悪目立ちする可能性もあるので、自然な行動を心掛ける必要がある。

 それからあたしは、意識して歩く速度を落としながら森の中を進んだ。

 最初はブツブツ文句を言っていたミオだが、森の奥に進むに連れ少しずつ機嫌が戻ってきたようで、鼻歌なんかを歌い始めた。

 ただその鼻歌は酷い音痴で、あたしが聞き惚れる程の歌唱力を持つマヤと同じ肉体を共有しているとはとても思えない。

 それでもその音痴な鼻歌に何となく愛嬌を感じてしまうのは、ナギやマヤと同じ声だからだろうか?

 喋り方が全く異なるので印象はまるで異なるが、同じ肉体である以上良く聴けばやっぱり同じ声なのだ。

 ぼんやりそんな事を考えていると、すぐ後を歩いていたミオの足が止まるのを感じた。

 振り返ってミオを見ると、彼女は森の一角をジッと見つめていた。

 あたしはミオの視線の先を追ってみるが、あたしの目には茨混じりの密集した藪しか見えない。 

 何か見つけたのかミオに尋ねようとした瞬間、ミオがボソッと呟いた。

 「やっぱり、草兎だ。」

 ミオはそう呟いたかと思うと、いきなり茨混じり藪中に突進し始めた。

 「ちょっと待って!」

 あたしは男声を作るのも忘れてミオを引き留めようとするが、ミオはあっという間に茨混じりの藪の奥へと入っていく。

 レンジャーは自然環境下での移動速度の速さで名高いが、実はその自然環境が過酷になればなる程、ドルイドの移動能力の方がレンジャーより上回っていく。

 深い泥濘や茨だらけの藪の中ではレンジャーといえどもその行動能力は極端に落ちてしまうが、高レベルのドルイトの持つ超常的な能力はこういった地形であっても普通に行動する事を可能にしてしまう。

 なので低レベルレンジャーのあたしがミオの真似をして茨の中に突入すれば、間違いなくその中で身動きが取れなくなってしまうだろう。

 「どう思う?」

 肩に止まったノエルにそう尋ねると、ノエルから突き放したような返事が返ってきた。

 「知らないよ。」

 その言い草に少しイラッときたが、ノエルの立場ならそれも当然かと思い直してあたしは彼とジーヴァに告げる。

 「取り敢えずノエルは木の上からミオの居場所を指示して。ジーヴァは背後の警戒をお願い。」

 両者から了承の意思が返ってきたのを確認すると、あたしは腰から大型万能ナイフを抜く。

 ナイフの柄の部分のピンを抜くと、柄の内部に収納されていた追加の刀身が出てきた。

 ナイフの刀身を最大で小振りの山刀程の大きさに伸長させるギミックだ。

 一見便利なギミックではあるが、この状態だとただでさえ強度不足なこのナイフの強度が更に低下するので実は使い勝手は良くない。

 制作者のダリルが悪ノリで作った実用性の乏しい実験機構の一つだ。

 この藪を切り払う程度の作業であっても、誤って硬い部分を切りつけただけで壊れる可能性があるので、注意しながら茨混じりの藪を切り払いつつ奥に進んでいく。

 森の中なので当然虫は多いが、この藪の中は更に酷い。

 虫除けの魔法は既に使っているが、元々あたしのレベルでは効果が低い上に、虫自体の数があまりに多いせいで、虫除けの魔法の効果が急速に薄らいでいくのを感じる。

 まだ服の中に侵入している気配はないが、顔を這い回る虫の気配があたしの苛々を増幅させる。

 藪から出たら虫除けの魔法を掛け直す必要がありそうだ。

 そして不条理な事に、高レベルドルイトのミオは虫除けの魔法を掛けずとも、超常的な力によって無数の虫から自動的に守られているはずだ。

 そんなに長くない距離を、苛々したせいか結構な時間をかけて進んだ先にミオはいた。

 ミオは大木の根本に屈み、緑色をした兎を愛おしそうにモフっていた。

 あれは草兎と呼ばれる兎の一種で、兎らしく警戒心が強い上に、周囲の草の色に合わせて体毛の色を変える特殊能力のせいで見つけるのが非常に困難な小動物だ。

 実際あたしはこの兎の存在に全く気づけずにいた。

 ミオの姿を見つけたあたしは苛々していた事もあって彼女を怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、無邪気に兎を可愛がるミオの姿を見て、怒りや苛々が急速に身体の中から抜け出ていくのを感じた。

 あたしは大きくため息を吐いてから暫くミオを見守っていたが、いつまで経っても彼女のモフりが終わりそうもなかったので、流石に声をかける事にする。

 「そろそろ行くよ。」

 あたしは低いが、落ち着いた声で言った。

 「もう少しだけ。」

 ミオはあたしの方を見ようともせずに答える。

 「じゃあ置いてく。」

 あたしが素っ気なく言うと、ミオは小さく舌打ちした。

 「分かったよ。」

 ミオは如何にも渋々といった感じで草兎を開放すると立ち上がってあたしの方を向き、不貞腐れたような表情をした。

 「今度やったら、あんたを置いて先に行くから。」

 あたしが感情を込めずに言うと、ミオの眉がはっきりと吊り上がった。

 「この辺には脅威になる様な魔物の気配が無いのを確認してから行動したんだけど。」

 森に精通したドルイトの彼女がそう言うのなら事実なのだろうが、今はそこはどうでも良い。

 「あたし達は日が落ちる前にエルフの村に到着しなければならない。不慮の事態で遅れるのは仕方がないけど、今のは不慮の事態ではない。

 分かる?」

 噛んで含める様にあたしが理詰めでそう言うと、ミオの表情が気まずそうなものに変わる。

 それから珍しく、少し媚びる様な表情になった。

 「じゃあその代わりさ、あんたの連れている狼やカラスに後で触っていい?」

 何の代わりかは分からないが、結構図々しい所があるな。

 まあ、久々の森でテンションが上がっているのは理解出来るが。

 「彼らが嫌がらなければ良いよ。」

 あたしはそう言うと、ミオの返事も聞かずに踵を返して先に進み始めた。

 あたし達はそれからも無言で、森の中を奥に向けて歩き続けた。

 途中、ゴブリン等の雑魚敵が散発的に出てきたが、数が少なかった事もありほぼあたしとジーヴァだけで対処出来た。

 まあミオの出番が全く無かったかと言えばそうではなく、彼女の魔物に対する察知能力がかなり優秀だった事が、楽に撃退出来た要因の1つであった事は間違いない。

 なので魔物が接近してくるかなり前にその存在に気づけたし、魔物に不意を討たれる事もなく、むしろ逆にこちらが不意を討って一方的に攻撃出来たりもした。

 より脅威度の高い魔物の出現する森の深部に入れば別だろうが、ここ外縁部ではミオのお陰でいつも以上に安全を担保出来そうだった。

 太陽が中天を少し過ぎた頃、あたし達はやや遅めの昼食を取る事にする。

 『ホワイト・ドーン』の連中とヌーク村に向った時に、昼休みを取った時と全く同じ場所だ。

 ここは冒険者がよく利用する場所でもあるので他の冒険者パーティと鉢合わせする可能性もあったが、幸い今は無人だった。

 魔物避けの結界を張ってから、あたし達は腰を下ろして乾パンと干し肉という恒例の保存食を食べ始める。

 「味が無いな。」

 あたしから渡された保存食をムシャムシャ食べながらミオは文句を言う。

 かなり硬い乾パンと干し肉を、その硬さを意に介さず食べる所を見るにかなり顎の力が強いらしい。

 その食べ方はマナーの欠片も感じさせなかったが、不思議と不潔さや不快さはあまり感じられなかった。

 あたしも女性にしては食べるのは速い方だし、冒険中は特に早飯を心掛けてはいるが、ミオは明らかにあたしより食べるのが速く、あたしの食事がまだ半分残っている段階で、乾パンの最後の一切れを残すだけになった。

 「文句言う割には結構食べたね。」

 あたしは皮肉混じりに言ったが、ミオは込められた皮肉に気づいていないのか、平然と質問に答える。

 「食事は食べられる時に食べれらるだけ摂らないとな。それより、この森では火の使用は禁じられているのかい?」

 ミオは、明らかに人の手で組み上げられた簡素な石組みを視線で示しながら尋ねる。

 その小さな石組みの内側の部分の表面に煤がこびり付いている事から竈の用途で使用された事があるのは明らかだが、同時に本来火が焚かれるであろう場所に雑草が生い茂っている事から、少なくともここ数日は竈として使われていない事も明らかだ。

 「禁止されてはいないけど、ここに住むエルフは居住地以外での火の使用に良い顔はしないね。いい加減な火の始末をした冒険者パーティが森への出入りを禁止されたって噂もある。」

 「ふ〜ん。美味しそうな茸や野草を見つけたからスープでも作ろうと思ったけど、まあ森のエルフには逆らわない方が利口か。」

 ミオはそう言いながら水袋の水で最後の乾パンの一切れを喉の奥に流し込むと、ジーヴァに干し肉を与えているあたしの事をジッと見た。

 「何?お代わりが欲しいの?」

 あたしの問いに、ミオは分り易く憤慨してみせる。

 「そうじゃないよ。……その、アンタの狼に餌をやって良いかな?」

 前半の言葉は憤慨気味に発したのに、途中からモジモジとした口調になるミオ。

 あたしは彼女に勘づかれない様に俯いてから唇を噛んで笑いを堪え、それから何とか真顔に戻してから顔を上げた。

 「ジーヴァ、あのお姉さんからご飯を貰って。」

 あたしの言葉の言葉を聞いてもジーヴァはすぐには動かずに、もう一度確認する様にあたしを見上げた。

 あたしが小さく頷くと、ジーヴァはノソノソとミオの元に向かい、お座りの姿勢になる。

 元々ジーヴァは、あたしに対して明らかに敵対的な態度を取った者以外の人間には愛想が良い。

 昨日ミオとの初対面時にあたし達の間に険悪な雰囲気が流れたので、ジーヴァがミオの事をどう感じたか少し心配ではあったが、言葉の応酬だけで実際に手が出る様な気配が無かったからか、ジーヴァ目線ではミオはあたしの敵対者扱いにはならなかったようだ。

 あたしも右肩に止まったノエルの口にたまにナッツを放り込みながら自分の食事を摂りつつ、嬉々としてジーヴァに干し肉を与えているミオをぼんやりと見つめた。

 「こうして見ると、あの人も良い人に見えるね。」

 空気を読まないノエルには珍しく、ミオに聞こえない様に小声であたしに囁く。

 「元々、悪い奴だとは思っていないよ。単に合わないってだけで。」

 昨日はああ言ったが冷静になって考えてみると、もしあたしに別の人格がいて、そいつがあたしと共有している肉体を使って知らない男と寝ていると想像したらゾッとする。

 更に事後や最中にあたしの人格に戻ったりしたら、半狂乱になるかもしれない。

 だからミオが、あたしに対して予防線を張ったのは何もおかしな事ではないのだ。

 言い方は結構問題だったが。

 ジーヴァに対して本当に嬉しそうに食事をあげているミオを見ると、どうしても彼女が悪人には見えない。

 だが、悪人でなくとも反りが合わない人間がいるのはどうしようもない。

 ジーヴァが食事を終えると続いてミオは彼をマッサージし始めた。

 マッサージを受け始めてものの数分でジーヴァはだらしなく地面に寝そべり、目をトロンとさせてしまった。

 「どうだい、ノエル。あんたもマッサージを受けたら?」

 「冗談はよしてよ。」

 あたしの軽口に対してノエルは人見知りっぷりを全開させ、心底嫌そうに言った。

 そのノエルの態度に何故か少しだけ安心したあたしは、ベルトポーチから油紙を取り出すとその上に煙管一式を並べ始める。

 「アンタもそれ、吸うんだね。」

 あたしの様子に気づいたミオが嫌そうに言う。

 「ゴメン、嫌いだった?なら止めておく。」

 マヤが吸うから大丈夫だと勝手に判断してしまったが、よく考えればナギも煙草の匂いは嫌いだと言っていたな。

 あたしが慌てて煙管一式を片付けようとすると、ミオはニッと笑ってそれを制した。

 「離れて吸う分には問題ないよ。ただ、近くで吸われたらそこのカラス君が可哀想だなぁって思っただけで。」

 ミオは取って付けたような屁理屈を言いつつ、あたしの右肩に乗っているジーヴァを見つめた。

 「どうだい、カラス君、ご主人様が煙管を吸う間だけこっちに来ないかい?」

 「ええ……?!」

 話を振られたノエルは助けを求める様にあたしを見たが、あたしはニヤっと笑ってノエルに言った。

 「あたしが煙管を吸っている間、あのお姉さんの世話になってきな。」

 あたしの言葉にノエルは恨みがましくあたしを見たが、結局すぐに諦めて、いつもの不器用な飛び方でミオの方に飛んで行く。

 あたしが煙管の準備を終えて最初の一服をしてから顔を上げると、ノエルは既にミオの腕に抱かれたまま彼女の指先でのマッサージを受け、ウトウトしていた。

 ノエルを見下ろすミオの表情は柔らかく、当初のガサツな印象とは異なり、慈母の様にさえ見えた。

 彼女が動物好きなのが一目で確信出来る様な表情であったが、それだけに一つ疑問が浮かぶ。

 「あんた、相棒はいないの?」

 煙管を吹かしながら尋ねるあたしの声に、ミオは顔を上げた。

 「昔はいたよ。」

 そう答えた時のミオの感情を押し殺した様な表情を見て、あたしは軽い気持ちで質問した事をすぐに後悔した。

 「ゴメン、無神経だった。これ以上は訊かないから。」

 あたしが頭を下げると、ミオの顔に苦笑が浮かんだ。

 「もう何十年も昔の話だ。流石に克服しているよ。」

 そう笑いつつも、彼女の表情に僅かに影が差した。

 「誰も悪くはない、純然たる事故だったんだ。ただまあ、あたしが表に出ていない時に起こってしまったのが心残りではあったけどな。」

 宙空を見つめるミオは、あたしではない誰かに語りかけている様に見えた。

 あたしは少し迷ったが、ミオがこの件のついて誰かに吐き出したがっている様にも見えたので、自分のその直感を信じて少し突っ込んでみる。

 「それ以降、ずっと相棒はいないの?」

 あたしの問いにミオは少し驚いた様な表情になり、それから彼女らしいカラッとした苦笑を浮かべた。

 「その通りだけど、そう言われるとアタイが過去を克服出来ていないみたいじゃないか。」

 そう言って笑いながらミオは器用に右手でノエルを、左手でジーヴァを撫でながら尋ねてきた。

 「あんたはずっと、こいつ等と一緒かい?」

 その言葉にあたしは頷く。

 「こいつ等との腐れ縁を長々続けられた事については、幸運だったと思っている。」

 「いやいや、運だけじゃないだろう。」

 あたしの言葉にミオは首を振った。

 「こいつ等を見ていれば分かるよ。あんたの事を心底信用している。あんたに大事にされてきた事が充分に伝わってくるよ。」

 「それでも。」

 あたしは煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

 「何の落ち度が無くても、ちょっとの不運で命を落とす事なんてありふれた事だよ。

 だからこそ、自分の運の良さに感謝しないとね。」

 あたしの言葉に、ミオはその切れ長の目を大きく見開いた。

 それから視線を落としてノエルを見ると柔らかい笑みを浮かべたが、暫くの間何も言わなかった。

 静かな時間が流れる中あたしは煙管を吸い終え、灰を専用の小さな壺に落とすと蓋を閉め、煙管一式を片付け始める。

 「もう行くのか?」

 その様子を見ていたミオが尋ねてきた。

 「ああ。」

 「ノエル、ジーヴァ、もう出発だからご主人の所に戻りな。」

 あたしが頷いたのを見てミオはそう言ったが、あたしは首を振った。

 「取り敢えずヌーク村に着くまでは、あんたの傍に置いてくれないか?」

 「いやいやそういう訳には……いいのか?」

 ミオは最初断りかけたが、途中であたしの顔色を伺うようにオズオズと尋ねてきた。

 「ああ、強い敵が出てくる前に、あんた達の連携を向上させた方が良いと思ってね。」

 今適当に思いついた理由を後付けで言ってみると、ミオはそれに飛びついた。

 「そうか、確かにそうだよなぁ。」

 能天気にそう言うミオに対し、あたしは煙管の片付けを続ける振りをして俯き、ミオにあたしが笑っているのがバレないようにした。

 人見知りのノエルには滅多にない事だが、ミオに対してこの短時間ですっかり心を開いたようで、昼休み以降の道中彼女の肩に止まったまま延々と喋り続けていた。

 否応なしに聞こえてくるその内容は、ほとんどがノエルが本で得た薄っぺらい知識で、しかも脈絡無く話題があちこちに飛びまくっていたが、ミオはそんなノエルの話に嬉しそうに相槌を打っていた。

 その雑多な内容全てにミオが興味を持っているとはとても思えず、恐らくノエルがテンション高く自分に話しかけてくれる事自体が嬉しいのだろう。

 その様子は、自分が全く興味を持っていなかった話題であっても、幼い息子の話す事であれば何でも嬉しそうに聞く母親のようにも見えた。

 昨日、ミオは自分の子供が欲しいと言っていたが、こうしてみると本当に母性が強いタイプなのだと思う。

 どこか子供を怖がっているように見えるナギとも、子供に一切興味が無さそうなマヤともやはり全然性格が違うんだな、とあたしは思った。

 ただ、ミオはノエルとの話にずっとかまけていた訳ではなく、魔物の接近に気づくとすぐにそれを中断し、即座に臨戦態勢に入る事も忘れていなかった。

 昼休み以降は敢えてミオとジーヴァに前線を任せ、あたしは一歩引いて後方から戦いっぷりを観察したが、弱い魔物相手とはいえミオは如何にも戦闘慣れしている印象があった。

 まあこの周辺の弱い魔物ではミオの実力を引き出すには力不足だったようで、ミオはジーヴァへの指示出しと低レベルの魔法でのサポートに終始するだけで終わった。

 ただ意外だったのは、その言動からしてミオはイケイケな戦術で戦うと想像していたのだが、実際は明らかに格下の弱い魔物に対しても、接敵前の段階を含め非常に手堅く慎重な戦術を取る傾向が強く感じられた事だ。

 やがて夕方になるかなり前に、木々の切れ間の奥にヌーク村を囲う木製の塀が見えてきた。

 「あれがエルフの村?」

 「そう。」

 「ふ〜ん。」

 ミオの目にはありありと好奇心が浮かんでいた。

 「あんた、旅慣れていて珍しい物は散々見てきたと思っていたけど?」

 不思議そうに尋ねたあたしに対し、ミオは首を振った。

 「あたしの故郷にはエルフは居なかったし、故郷を出た後もほとんど港町ばかりを転々としていたから、個人で活動するエルフは見かけても、森の中のエルフの集落はほとんど見た事はない。」

 「なるほど。」

 更に塀に近づくと、開け放たれた正門の左右にエルフの門衛が1人ずつ立っているのが見えた。

 門衛は2人共見知った顔だったが、変装中のあたしの正体に向こうが気づかない可能性を考慮して、刺激しないようにゆっくりと近づく。

 門衛2人はあたし達の接近に気づくと、これ見よがしにマントの前を開けて帯剣している事をアピールしつつ、2人の内1人だけが近づいてきた。

 「あんたはここで待ってて。」

 あたしはミオにそう言うと、ニコニコと愛想笑いを浮かべつつ両手を上げ、敵意が無い事をアピールしながら近づく。

 マントの中から現れたあたしの右腕の義肢を見て、近づいてきた方の門衛は眉を顰め足を止めたが、あたしは構わず近づき彼の剣がギリギリ届かないであろう辺りで足を止める。

 「見ない顔だな。この村に何の用だ?」

 門衛のエルフは、警戒心を隠そうともせずに尋ねてきた。

 あたしは門衛の目の前で、唇の上の付け髭を少しだけ剥がしてみせ、地声で挨拶する。

 「久しぶり。」

 それで門衛の警戒心が一気に解けた。

 「何だ、あんたか。男の振りして一体どうした?」

 「ちょっとね。その件も含めて村長と話をしたいんだけど、取り次いでくれる?

 無論、時間とか場所はあなた方の都合に合わせるけど。」

 「先日の一件が解決した後、イリア様は正式に村長を辞して森にお戻りになり、以来村にはお姿をお見せになってはいない。

 なので村の責任者となると正式に村長に就任されたアーヴィン様になるが、良いか?」

 門衛の言葉によってヨハンナから聞いていた情報が正しかった事が裏付けられたが、この門衛が敢えて念を押すように言ったのは、アーヴィンの態度がここを訪れる冒険者達の目には酷く高慢に映るのを自覚しているからだろう。

 「もちろん、構わない。後、今夜村内の宿で一泊したいのだけど、構わない?」

 あたしは再び口髭を貼り付けつつ、男声を作って尋ねる。

 「あんたならいつでも歓迎だ、と即答したい所だが、同行者はどういう奴だ?信用出来るのか?」

 門衛の口調はミオを本格的に疑っているというより、あくまで任務の為に一応訊いておく、と言った軽い感じだった。

 「問題は起こさせないよ。」

 あたしが断言すると、門衛は表情を緩めた。

 「あんたがそう言うのならそうなのだろう。よし、通って良いぞ。アーヴィン様の返事は宿に後で届けるから、宿が決まったら知らせてくれ。」

 「ありがとう、宜しく。」

 あたしは門衛にお礼を言ってから振り返ってミオを見た。

 「許可が出た。行くよ。」

 「ああ。」

 ミオは頷くとジーヴァを引き連れてあたしに小走りで近づき、すれ違いざまに門衛に向けてヘラっと笑いかけた。

 一応彼女なりに愛想を振りまいているのは分かったが、作り笑顔がぎこちなさ過ぎて門衛のエルフが微妙な顔になっていた。

 もう1人の門衛にも愛想を振りまいて同様に微妙な顔をされた後、門を潜って村の中に入る時、近づいてきたミオがあたしに囁く。

 「線が細いのがちょっと気になるけど、やっぱりエルフの男は顔が良いね。」

 ミオの言葉にあたしはどう反応して良いか分からず、適当な相槌を打つ。

 「そうかもね。」

 「アンタ、あのエルフ達と随分仲良さそうだったけど?」

 ミオは、探るようにあたしを見ながら尋ねてきた。

 「まあ、付き合いだけは長いからね。」

 「ふ〜ん。」

 あたしの返事に全く納得していなさそうにミオは言うと、自分の唇の上を指差した。

 「付け髭、ちゃんと付いていないよ。」

 「ああ。」

 一度剥がしたので糊が弱くなってしまったのだろう。

 中途半端に付いた状態だと却って怪しいと思い、後で貼り直そうと一度付け髭を剥がすとミオは不満気な表情をした。

 「男装している時のアンタの顔、結構好みなんだけどな。少なくともここのエルフの男よりは。」

 「止めてよ。男装は必要だからしているだけで、好き好んでやっている訳じゃない。」

 あたしは敢えて、地声で言い返す。

 正確にはたまにやるなら楽しいが常にする程好きではないという事だが、そこまで詳しく説明する必要も無いだろう。

 「まあ、中身が女なのは変わらないか。」

 ミオがボソッと無神経な事を言い、あたしがイラッとして言い返そうと顔を上げた時、ミオの向こう側にこちらを凝視している2人組がいる事に気づいた。

 見間違うはずもない、その1人は『キルスティンズ・ガーディアンズ』のルカだ。

 もう1人はバイザーを下ろしたヘルメットのせいで人相は分からないが、フルプレートに身を包んだその小柄な人物は、体格的にレジーナっぽい。

 2人は村の門からはやや死角になる、民家の陰からこちらを見つめていた。

 2人がいるという事は、ヨハンナが言っていた先行してヌーク村に赴いている冒険者とは『キルスティンズ・ガーディアンズ』だったという事か。

 確かに彼女達なら信用出来るし、中レベルドルイトのルカやファイター兼レンジャーのクリスタはザレー大森林での活動に向いているし、カミラも情報収集に長けているはずだ。

 レジーナだけはザレー大森林向きではないが、そこを抜きにすれば人選としては中々のものだろう。

 エレノアの人選に感心しつつ、あたしは暢気に彼女達に向けて左手を挙げかけてハッとする。

 彼女らの立っている場所は明らかに、自分達の身を隠しつつ、門を出入りする人間を監視出来る立ち位置だ。

 向こうは明らかにあたしに気づいているが、身を隠しつつ監視活動をしている可能性のある彼女達に、おおっぴらに話しかけて良いものか判断がつかない。

 「どうしたんだよ?」

 ミオが不思議そうに訊いてくる。

 あたしがどう返答すべきか迷っていると、ミオがあたしの視線の先を追うような仕草を見せたので、慌てて視線を逸らしてミオの注意がルカ達に向かないようにしようとしたのだが、どうやら遅かったらしい。

 「あいつ等、お前の知り合いなんじゃねぇのか?何だか手招きしているぞ?」

 ミオの言葉であたしがルカとレジーナらしき人物の方に視線を戻すと、確かにルカが小さく手招きしていた。

 ただルカの仕草は指先を僅かに動かす程度の小さなもので、意識して見ないと手招きだと分からない程度の動きだし、ルカの横に立っているレジーナらしき人物も、その表情が見えなくとも仕草だけではっきりと分かる程、あからさまに周囲を警戒していた。

 どうも彼女達は、あたし以上に神経質になっているらしい。

 「ちょっと寄り道するよ。」

 「他にやる事もないし、別に良いよ。」

 ルカ達の警戒度合いに引きずられるようにあたしは強張った声で言ったが、ミオからは気楽な口調の返事が返ってきた。

 あたし達が動き出したのを確認すると、ルカ達があたし達の到着を待たずに、村の更に奥へとゆっくりと移動を始めた。

 ルカ達は村を取り囲む塀と物置に挟まれた人目につかない場所まで移動した所で足を止め、あたし達を待ち受けた。

 クリスタとカミラがいない事を不思議に思ったが、あたしがその疑問を口にする前にルカが口を開いた。

 「あなた、こんな所で何をしているの?」

 開口一番にルカが怒りと心配が入り混じったような口調であたしに言ってきた。

 その勢いに押されたあたしは愛想笑いを浮かべつつ、言い訳がましい口調で言う。

 「いや、今の状況的に街中よりも森の中が安全って話が出てさ。それに今、ギルド長の派閥は人手不足だっていうからその手伝いを……。」

 「森の中が安全って、そんな馬鹿な事言ったのは誰よ?」

 あたしの言葉が終わる前に、ヘルメットのバイザーを上げながらレジーナが被せるように言う。

 ヘルメットから覗く表情は、ルカよりも分かりやすく怒っていた。

 レジーナの質問に答えるにはヨハンナの仮病を明かすしかなく、現時点で彼女達に明かして良いのかよく分からない。

 とはいえ中途半端な言い訳では納得してくれなさそうな雰囲気もあり、どうしたものかと考えていると、いきなりミオが口を開いた。

 「誰が言ったかって、それはコイツの……。」

 「ミオ!」

 あたしが慌ててつい強い口調でミオを制すると、ミオは驚いたようにあたしを見た。

 どうやら自分が重要な機密を軽い気持ちで明かそうとした、という自覚は全く無いようだ。

 あたしはミオに引きつった愛想笑いを向けながら諭すように言う。

 「あたしが話すから。ね?」

 愛想笑いだけでなく声まで引きつってしまったが、どうやらミオは不満顔ながら了承したようだ。

 あたしはルカ達に向き直って話を続ける。

 「ともかく、そういう事情でここに来たのだけど、まずかったかな?」

 あたしの問いに、ルカとレジーナは顔を見合わせた。

 それからルカはミオを見る。

 「彼女は信用出来るの?」

 ルカの問いはその意図とは別に、ミオがマヤやナギと肉体的には同一人物だと彼女が気づいていない事を示していた。

 ハーケンブルクでは東方人が珍しい故に、東方人の見分けが出来る人間が少ない事が功を奏したようだ。

 そこを確認してからあたしは、ルカの質問の本来の意味に答える。

 「悪い奴じゃないけど、うっかり口を滑らせる事はありそうだから、バレたら不味い秘密は言わない方が良いかも。」

 「失礼だな。あらかじめ秘密と分かっていたらアタイだって口を滑らしたりしないよ。」

 あたしの言葉にミオは即座に反論する。

 その様子を見守っていたルカは、少しだけ迷う様に考えてからミオに向けて右手を差し出す。

 「始めまして。私はルカといって、『キルスティンズ・ガーディアンズ』という冒険者パーティのリーダーをしています。」

 礼儀正しく自己紹介されたミオは何故か少し狼狽えたように僅かに身を引いたが、すぐに下手くそな愛想笑いを浮かべつつ、彼女らしくなくおずおずとした感じでルカの右手を握った。

 「ミオだ。よろしく。」

 「あたしはレジーナだよ。」

 「おう、よろしく。」

 一方、気軽な調子で挨拶してきたレジーナに対しては、ニカッと自然な笑顔でガッチリと握手を交わす。

 「それで、この立派な山猫は?」

 ミオはルカの足元にいるキルスティンを興味津々といった様子で見下ろしつつルカに尋ねる。

 マヤやナギに初めて会った時には全身の毛を逆立てて警戒していたキルスティンだったが、ミオに対してはそこまで極端に警戒はしてはいなさそうだ。

 ただ、主人であるはずのルカをまるで盾にするように、自身の身体の半分をルカの身体で隠すようにしながら顔だけを少し出し、ジッとミオの事を見上げていた。

 「彼女は山猫のキルスティン。あたしの相棒よ。もしかして撫でたいのかもしれないけど、気難しい所があるから止めておいた方が良いわよ。」

 ルカに言われてミオは、分かりやすく不満気な表情になる。

 「威嚇されたらすぐに諦めるけど、それでも駄目?」

 色気で迫るマヤとは異なり、やけに子供っぽいミオのおねだりは、質が悪い事に下手に断ると罪悪感を感じてしまうような代物だった。

 「まあ、そこまで言うなら……。」

 「やった!ありがとう!」

 ルカの言葉が終わる前にミオは喜色満面で答えると、キルスティンの前に跪いて猫なで声で手招きする。

 「キルスティン、おいで、おいで。」

 その様子を見ながらあたしは右肩のノエルに念話で話しかけた。

 (ミオもよくやるよ。あのキルスティンがルカ以外に懐くのを見たのは1回しかない。)

 あれは確か、『キルスティンズ・ガーディアンズ』と共にアビスに潜った後、彼らと早めの夕食を取りに行った時だ。

 ルカ達行きつけの定食屋の主人であるハーフキン夫妻に珍しくキルスティンが愛想を振りまいていたのだが、あれは夫妻が最初あたしの相棒のジーヴァを可愛がっているのを見て、ヤキモチを焼いて対抗した結果に過ぎない。

 しかし念話で返ってきたノエルの返事は意外なものだった。

 (いや、ミオは侮れないよ。)

 畏怖すら感じる感情と共にノエルから伝わってきた念話を聞いても、あたしは半信半疑だった。

 妙な緊張感の中、キルスティンは戸惑った様にルカとミオを忙しなく交互に見た。

 正直、ここまで落ち着きのないキルスティンを見たのは初めてだ。

 しかしルカが小さく頷くのを見ると、キルスティンは少し身体を縮めるようにしてその場に伏せた。

 伏せてはいるが、その視線はミオをジッと見つめたままだ。

 威嚇こそしていないが、明らかにミオを警戒していた。

 「よおし、いい子だ。」

 しかしミオは文字通り猫なで声で話しかけながら、大胆にもキルスティンに手を伸ばすと、その背中にそっと触れた。

 信じられない事にキルスティンは全く嫌がる様子もなく、そのまま目を閉じてしまった。

 あたし達が唖然と見守る中、ミオはその背中を撫で続け、キルスティンは気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 「信じられない……。」

 ボソッとレジーナが呟いた瞬間、突然キルスティンの両目が開いたかと思うと唐突に態度を一変させ、シャーッという威嚇の声を上げながらミオに向けて猫パンチを繰り出してきた。

 「あはは、ごめんごめん。」

 ミオは笑いながら後ろに跳び退いて、猫パンチを躱す。

 というか、明らかに猫パンチが来るのが事前に分かっていたらしく、それが繰り出される前に跳び退いていた様にも見えた。

 キルスティンは猫パンチが空振りに終わると、いつもの様にツンとした態度でルカの背後に戻っていった。

 それでルカも我に返ったらしく、咳払いして強引に話を戻す。

 「ええと、話が随分と逸れちゃったけど最初から話しますね。

 私達がここにいるのは、ギルドからの依頼です。

 正確には、ギルド長の派閥から受けた内密の依頼ですね。」

 ルカの言葉にあたしは頷く。

 これでヨハンナの言っていた先行冒険者は、『キルスティンズ・ガーディアンズ』で確定だ。

 ルカはあたしの反応の薄さに眉を顰めると、少し声を落として念を押す様に、より具体的な事を言う。

 「エレノアさんに個室に呼び出されて、口留めされた上でされた依頼なのですが……。」

 そこまで言ってからルカはあたしの傍にいるミオにチラリと視線を走らせたが、すぐに話を再開した。

 「依頼の内容としてはこのヌーク村周辺で、見慣れぬ者やメッツァー派の冒険者が怪し気な活動をしていないか情報収集及び警戒に当たるというものですが……。」

 依頼内容がフワッとし過ぎている気がするが、おそらくそれは戦争が近い事を伏せた状態で依頼を出しているせいだろう。

 まあ、ルカが依頼内容の一部を未だに伏せているだけかもしれないが。

 「あたしも、身を隠すついでに似たような依頼を受けてここに来たのだけど。」

 あたしの方も言えない事はあるが、これくらいの事は言った方が良いだろう。

 「そう。なら、今日この時間帯に村に着いたのは不幸中の幸いかもね。」

 ルカの口から中々に物騒な言葉が飛び出した。

 「この村で何かが起こっているって事?」

 それにしてはこの村の門衛達には危機感が欠けていたような気がするが。

 「まだ何かが起こっている訳じゃないから、この村の村長に軽い警告をしただけだけど、でもゾラ、あなたにとっては非常に不味い事態よ。」

 そこまで言うとルカは一旦言葉を切り、少し声のトーンを低くして先を続ける。

 「あたし達は昨日の昼にこの村に着いたのだけど、あたし達より3日前から『スカーズ』の連中がこの村の宿に連泊している。」

 「『スカーズ』が?」

 予想外の答えにあたしの顔が思わず引き攣った。

 『スカーズ』は3人のヒューマンの男と1人のエルフの女からなる冒険者パーティで、全員顔に堂々と呪紋を彫っている事で知られる強面のパーティだ。

 そしてあたしがレズビアンというだけの理由であたしの事を一方的に毛嫌いし、あたしが指名手配された時には自分達で捕まえてやると息巻いていた連中でもある。

 そして困った事にあいつ等は、口先だけではなく準高レベル相当の実力者でもある。

 ただ彼らは『アビス』を中心に活動しているパーティであり、街中に潜伏した者を見つけ出すような仕事には不慣れな事は知っていたので、警戒しつつもどこか安心していたのだが。

 「もしかして連中は、あたしを狙ってここに来たの?」

 思わず強張った声で尋ねたが、ルカは険しい表情のまま首を振った。

 「正直、連中の目的は分からない。クリスタなんかは連中に探りを入れてみようなんて提案していたけど、流石にそれは危険過ぎるから却下した。」

 「そう言えばカミラとクリスタは?」

 2人の不在が気になっていたあたしは、ここぞとばかりに訊いてみる。

 「今日朝一で、ハーケンブルクに情報を知らせに戻った。『スカーズ』相手ではあたし達では荷が重すぎるからね。予定では夕方前には戻ってくるはず。」

 朝一で村を出たとなると、彼女達がハーケンブルクに戻った前後くらいにあたし達が街を出た事になる。

 すれ違う可能性も充分あったはずだが、どうも間が悪い。

 「いずれにしても、普通に考えるなら『スカーズ』の連中がこの辺りに用があるとも思えないけど。」

 準高レベルの『スカーズ』がこの周辺にいる弱い魔物を幾ら倒しても、金銭的にも経験的にも得られるものはほとんどない。

 あたしの言葉にルカも頷いた。

 「そこはあたしも同感ね。だから普通じゃない理由でこの村に泊まっているのは間違い無いと思う。」

 ルカの言い草に、あたしは少し不安になった。

 「じゃあやっぱり、目的はあたしなのかな?」

 あたしの言葉に、ルカが渋い表情をする。

 「ただそれにしては、連中はこの村で情報収集の類を一切していないの。もしゾラが目的であるならば、ゾラらしい人物を見かけなかったか聞き込みくらいするのが自然よね。」

 「じゃあ、ここに来てからの連中の行動って?」

 あたしが尋ねると、ルカは珍しく一瞬口籠ってから言う。

 「昨日宿の主人から聞き出した情報によると、朝比較的ゆっくり起き出して朝食を取った後村の外に出て、村の門が閉まるギリギリのタイミングで戻ってくるのを繰り返しているらしいわ。

 村には食事と睡眠の為だけに戻ってくるようで、村人との交流も必要最低限らしいわね。」

 「村の外って、具体的な行き先は?」

 あたしの質問にルカは首を振った。

 「見当もつかないわね。クリスタは連中の行き先を突き止めるべく尾行する事を提案してきたけど、余りにリスクが高過ぎるから却下した。

 というのもあいつ等と昨夜宿の食堂で一緒になったんだけど、見るからにピリピリしていてね。

 加えて連中の泊まっている宿の部屋の扉を遠目で見たんだけど、これ見よがしに侵入阻止や盗聴阻止の封印の呪文を掛けていた。」

 「これ見よがしって、目に見える形でって事?」

 ノエルの質問にルカは頷く。

 今ルカが言った侵入阻止や盗聴阻止の封印の呪文には、目に見える形態と目に見えない形態の2種類がある。 

 どちらの形にせよ、この封印の呪文は実際に侵入や盗聴を阻止する以外に、それを試みた者がいた場合、術者の脳内に警告が鳴り響く。

 そして、侵入者や盗聴者を捕らえる事を優先する場合には、相手を油断させる為にも目に見えない形態で封印の呪文を掛ける。

 一方目に見える形態でも基本的な効果は変わらないが、分り易く光る魔法陣が浮かぶ事で侵入や盗聴を阻止する為の結界呪文が掛かっている事が第三者にも明確になる。

 特に侵入者や盗聴者の捕縛を目的としていない場合は、この目に見える形態にする事が多い。

 というのも首尾よく侵入者や盗聴者を捕える事が出来たとしても、捕縛行動自体に手間がかかる事を考えれば、実際の行動前に侵入や盗聴を試みる者に自主的に諦めて貰った方が結果的に労力が減るのは自明の事だからだ。

 この無駄な労力の削減こそが目に見える形態で結界を張る最大の利点であり、普通の感性の持ち主の行動なら何もおかしくはない。

 だがあたしの偏見かもしれないが、『スカーズ』の連中はそういう普通の感性の持ち主とは思えない。

 「どうかした?」

 考え込むあたしを見て、ルカが尋ねてきた。

 「いや、あたしのイメージでは『スカーズ』は例え面倒が増えたとしても、合法的な私刑のチャンスは逃さないと思ったから。

 だから、同じ封印をするなら目に見えない形にするのが連中らしいと思って。」

 危害を加えてくる相手に対する私刑は、あまり度を越さない限りは黙認される事も多い。

 自分の財布をわざと目につく擦られやすい場所で携帯してスリをおびき寄せ、擦られた事を口実にそのスリを私刑にするのが趣味の有名な剣士の昔話もあった。

 あたしの中の『スカーズ』のイメージは、まさしく正この昔話の剣士と同じだ。

 なので例え非合理的で面倒事が増えたとしても、同じ結界を張るなら目に見えない形態を取ると思ったのだ。

 「確かにあたしも、『スカーズ』の連中に同じ様なイメージは持っているわね。

 その『スカーズ』がらしくない行動を敢えて取っているとすれば、そういう自分達の嗜好を満足させる為の『お遊び』をする余裕が無い、というのが一番順当な考えだとは思うけど?」

 考えながら紡ぎ出されるルカの言葉にあたしは首を傾げた。

 「準高レベルのあの連中が、余裕を無くす程のものって何だろう?」

 あたしの問いにルカも首を傾げ、自分の考えをまとめる様にゆっくりとした口調で答える。

 「このヌーク村周辺の魔物は『スカーズ』の連中が苦戦する程の強さのものはまず出現しないから、魔物関連では無いわね。」

 「という事はやっぱり、メッツァー一派の依頼でこの周辺で何かしている?」

 「そうね。そうすると連中が異様な警戒する理由として真っ先に浮かぶのは、自分達の行動内容が外部に漏れるのを何としても防ぎたいって事かしら?」

 ルカの言葉にあたしは大きく頷いた。

 例え全面的に正当な理由が連中にあったとしても、騒ぎを起こせばそれだけで注目され、注目されれば秘密がバレるリスクも高まる。

 もし侵入者がいたとして、例え捕らえたとしてもこの村の宿では全く第三者に気づかれずに捕えるのは不可能だ。

 多かれ少なかれ注目を浴びる事になれば、彼らに注目する目の数が単純に増え、それによって思わぬ所から彼らの秘密がバレるかもしれない。

 だからこそ連中は、単に探りを入れられる可能性を下げるだけでなく、自分達の嗜好を抑えてでも騒ぎを起こるリスクを下げる必要性もあったので、目に見える形態での結界を張ったのだろう。

 「ルカの推測が当たっているとすると、連中の目的を探るのは骨が折れそうね。」

 あたしや『キルスティンズ・ガーディアンズ』の面々が『スカーズ』の目的や行動を探るとすれば、連中の油断に付け入るしかないだろうが、彼らが自分達の機密保持の優先順位を高くしているとすれば、付け入る程の油断などしてくれそうもない。

 「そうね……。」

 あたしの言葉にルカがしみじみとした口調で相槌を打った所で、レジーナが呆れた様に横から口を出してきた。

 「そもそもゾラはこの件に首を突っ込んじゃ駄目だよ。『スカーズ』の連中の目的が例え別にあったとしても、ゾラに気づいたらゾラの捕縛を優先する可能性だってあるよ。」

 「確かにそうだ。」

 レジーナの指摘にあたしは苦笑した。

 「まあ、脱線し過ぎたのは確かね。」

 ルカも珍しく苦笑したが、すぐに真面目な表情に戻った。

 「まあそういう訳だから、話を元に戻すとゾラはなるべく早くここを去った方が良いと思うんだけど。」

 「確かに。」

 あたしは頷くと、ミオを見た。

 「という訳だから、あたし達は一度ハーケンブルクに戻ろうと思う。」

 あたしの言葉に、ミオは判り易く顔をしかめて不満の意を顕にした。

 「仕方ないじゃない。あたしでは『スカーズ』には太刀打ち出来ないから。」

 流石にあたしもムッとして言うと、ミオは能天気に笑った。

 「その『スカーズ』とかいう連中、アンタがそう言うなら確かに手強いんだろうね。でもこの森はかなり広いんだろう?この村から離れればその連中と鉢合わせする事も無いんじゃないか?」

 あたしはミオの言いたい事が分からずに眉を顰めた。

 「それはそうだろうけどね。じゃあ、他の村に拠点を移すって事?」

 あたしの言葉にミオは不思議そうに首を傾けた。

 「別に何処かの村を拠点にする必要なんかないじゃないか?森の中を移動しつつ野営すれば充分に身は隠せるだろう?

 アタイは逆に何で夜は村に宿泊するって拘るのか、分からないんだけど?」

 魔物が跋扈する夜の森での野営の危険さをまるで認識していない様なミオの発言に、あたしだけでなくルカやレジーナも呆然とした表情でミオの事を見つめた。


 読んで下さりありがとうございます。

 次回の投稿は8月上旬を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ