第七話 賢者の洞窟
「ここが……」
「『賢者の洞窟』………」
姉妹の二つの呟きが落とされる。
「じじいにとってはただの家、でも私達にとっては魔境よ」
そう言うのは青髪の美女だ。
「前に来たときは相当苦労したが、今回はどんだけ戦うんだろうな」
「はあ!?、迎え入れてくれねえのか!?、色んな奴が挑んで帰って来なかったところだろ!?」
そう驚愕を露にするのは深緑の髪の麗人だ。
「私達は帰ってこれたわ」
「奴と話もしたしな」
「そういうことじゃ───」
「と・も・か・く、入るわよ」
有無を言わせない語気。
これには騒然としていた全員が黙り、足を踏み出した彼女に続いた。
「気を引き締めなさい、ここは───『賢者』の試練の洞窟よ」
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「こんなところに、本当に『賢者』が住んでるっていうのか?」
カイトの疑問は正しいものだ。
入り口に洞窟と見せる魔法を張っているいるのかと思えば、中は本当にただの洞窟だった。
拍子抜けどころか、そのまま過ぎて『賢者』の住処とは思えない。
「事実よ、でもまあ、段階は踏む必要があるけど」
アンナの言葉に白髪の少女が首を傾げた。
「段階?」
「そうよ、まあそのうちわかるわ」
はっきりとしない解答だったが、これ以上話す必要はないという意思を感じたリンカは黙る。
「レオ」
「ああ、まずはここから行くか」
「ちょっ……」
立ち止まったアンナ達の前には大きな扉。
それを何の躊躇いもなく押した彼女にジャスミンが手を伸ばすも、扉から漏れだした光は彼女らを包み込んでしまった。
光が晴れれば、そこはただただ広い空間だった。
いや、ただ広いのではない。
中央に、全員の視線が集まっていた。
「カイトはアディンを守ってなさい」
「ジャスミン」
「ええ、これは因縁の対決ね」
アンナ、カイト、ジャスミンがそれぞれそう言った。
因縁の相手。
それは勿論────『巨狼人』。巨大な人狼のモンスターだ。
そして、その亜種だというのは色に加えて側に突き刺さる得物が証明していた。
紫ではなく血のような赤。
巨剣ではなく巨斧。
体も一回りどころか二回りも大きい。
ジャスミンが戦ったのはカテゴリーⅣ。
そして、こちらは確実にカテゴリーⅤを超えⅥとの中間に位置するだろう。
「まずはお手並み拝見──ってことでリアとジャスミン、ルナが前衛に出なさい。リンカ、ジャックは三人の援護。危なくなれば私とレオで助けに入るわ」
『了解!』
戦闘の開始。
まず連なって飛び出したのが指示通りに動いた三人だった。
先頭がリア、その後ろに速度を合わせた二人が付き添う形だ。
狼は三人を認めたと同時に斧を抜いて振り上げ、そのまま振り下ろした。
ガキィンッ!!と盾が防げば、その背後から疾風と月光が剣を閃かせる。
しかし──
「なっ!?」
「うそっ、弾かれた!?」
───何故か、先程と同じ金属音を響かせた。
「皮膚の『硬化』を確認した!」
「使われたらまともに通らなかったわ!」
「今度は魔法をう──っ!?」
すぐに飛び退いたというのに、巨体に似合わぬ俊敏な動きで肉薄、ジャスミンが斧の脅威に曝される。
「ジャスミン!」
だが、そこに割り込んだのがリアだった。
「アイギス!」
アミエラより授かった神器の名を呼ぶも───応えることはない。
業物であろうとその一撃に耐えること叶わず、砕け散る盾と共に彼女は吹き飛ばされてしまった。
そして、それに激昂したのが金の髪を風に靡かせるジャスミンだった。
「【颶風】!」
最大出力の風を瞬間で召喚する。
狼はその長剣に内包された破壊力に気づいたのか、すぐさま退避した。
空振りとは言えども床ごと破砕した風に、狼の瞳が薄く細めらる。
「【闇渦】」
「【光矢】!」
紫の渦と白光の光線が穿とうとするも、狼の体皮に着弾する前に霧散させられてしまう。何と、アンナの【掻乱】と同等の効果を発揮する障壁を纏っていたのだ。
それを理解した魔法の行使者である二人は表情を険しくさせ、障壁を超える威力のものを放とうと魔法円を展開させた。がしかし、それよりも早く飛来するものがあった。
「えぇぇ!?何で飛んでくるの!?」
「───くっ……──【開け】っ!」
大跳躍を以て頭上から急襲する巨狼。
驚愕と共に「あ、天井凄い高い」という間の抜けた感想を抱くリンカは強い力に引っ張られ、視界をガクンと震わせた。
小さな手が彼女の手を強引にかっさらい、突如として出現した渦の中へと引き込んだのであった。
「───え?」
「ボーとしてないで早く離れて!」
「え、あ、うん!」
有無を言わせない声音に、何が何かわからないリンカは〈飛翔〉のアビリティを発動して光翼を広げ、その場から飛び退く。
残ったジャックが鋭い眼差しで見据える先には、忽然と姿を消した二人の姿を探す狼の姿があった。
キョロキョロと頭を振る巨狼を狙ったのは、美女の手のひらだ。
「【光輝水砲】」
『──グガッ!?』
「通った!」
「持続系は決まって効果が低い、常識かしら?」
『グオオオオオオオオオオオッッ!!』
「おー、怒ってる怒ってる」
大剣を肩に担いで呑気にそう言うレオは、防御の構えを取らないアンナの前に割り込み狼の斧を完全に受けとめてみせた。
『ガガッ!?』
「舐めんなよっと」
更に押し返し、去り際に斬りつけることで後退を強制する。
『──っ!?』
とその瞬間、誰もが目を疑った。
「んー、流石に硬いか。───自己治癒も確認したよ!」
先程自身とリンカを緊急脱出させたあの渦から腕を伸ばし、何てことのないように鎌で狼の首筋を攻撃したのだ。既にジャックはいないため、狼の反撃は空を切ってしまう。
「ここからは僕が盤面を動かそう。目の前に渦が現れたら迷わず飛び込んでくれ、僕が最適な位置に移動させる。攻撃したらすぐに退避、まずは二人だ!」
戦場での指揮権はそれぞれにある。
誰かが最善と考えたのならその誰かが指示を飛ばすのが、《蒼の双星》の在り方だった。故に、指定されたジャスミンとレオは渦の出現と殆ど時間差なく行動できた。
『グガッ!?』
「なるほどな」
「これなら楽に勝てそうだわ」
渦から出た先はレオが狼の正面、ジャスミンが背後だった。指示通りにそれぞれの得物を振り抜き、即座に狼を蹴ってその場から離脱する。
「同時に二人の元に送る!」
どうやら、渦と渦の間をワープできる仕組みだったようだ。
皇帝の瞬間転移には劣るものの、巨体である『ビーストキング』を翻弄することなら簡単だった。
対に現れる渦はそれぞれを複雑に動かし、辛うじて放たれる狼の攻撃は全て空振りに終わる。
後衛は、何をすることもなくただそれを眺めているだけでよかった。
「隠し玉には驚いたが、こんなんジャックじゃないと出来ないんじゃないか?」
「そうね。同時に複数の事柄を平行して、なおかつ自分も魔法を使ってるもの。お兄ちゃんはいつもやってたけど、私でもここまで出来る自信は無いわ」
「でも凄いね、モンスターからしたら分身してるみたいに見えてるんじゃないかな?」
「アンナ!リンカ!五秒後同時砲撃!」
「はーく」
「───っ、了解!」
傍観していた後衛二人は即座にそれぞれの得物を構え、詠唱を始めた。
「【水精霊が舞い踊る清涼な湖、降り注ぐ燐光は水面に反す】」
「【明ける空より昇る陽、一度開幕の光を注ぎ給え】」
そしてピッタリ五秒。
がら空きになった巨狼が二人の射線上に存在した。
「【水精砲】」
「【明星光】」
「「複合魔法──【セイントゲイザー】!」」
放たれた水と光の砲撃。
二つは合わさり威力を高め、目を見開き斧を盾にする狼に迫った。
だがそれも光の速度で打ち込まれた水を前にすれば一瞬。
盛大な破砕音響き、重量のあるものが弾き飛ばされるときに放たれる鈍重音が発生した。
「あとは僕に任せてくれ」
渦によって二人の元に戻った四人。全員の視線を集めるのはめり込んだ壁から這い出る狼にゆっくり歩みを進めるジャックの背中だった。
「【闇の力、恐れを力に変え我が身に授けよ】」
短い詠唱。
魔法の完成は早かった。
「【戦恐昇化】」
『グ、グオォ?』
足下に展開された魔法は紫の靄を発生させ、額に同様の魔法円を印した。
「その首───貰い受けるよ」
『グガァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』
それは恐怖だったか。
ヒュン、と回される鎌に釘つけになった狼は即座に地を蹴った。
砕けた斧を振り上げ、目の前の存在を消そうと躍起になる。
だが、ジャックは静かに後ろへ身体を倒した。
「後ろ」
散々狼を苦しめたあの転移の渦。
それを経由して背後から斬りつけたのだ。
「上」
頭上から下ろされた鎌に対処する暇などなく、目に突き刺される切っ先。
絶叫を上げるも、彼は狼を休ませなかった。
「下」
攻撃されたのは太腿。
無いはずのものが巨狼に芽生えようとしていた。
「胸」
「首」
「足」
「腰」
「歯」
「肩」
「手」
「腕」
「尻」
「指」
「肋骨」
次々と、淡々と、延々と。
狼はもう気づいていた。
気づいてしまっていた。
もう、耐えられなかった。
「まだまだだ」
「僕を見ろ」
「僕を感じろ」
「僕を受け入れろ」
「僕に───恐怖しろ」
『ぐ、がぁ………』
無理だ!!。
無理だ………。
無理だ──。
逆らえない。
立ち上がれない。
もう、戦えない。
「拍子抜けだよ、もっと耐えられると思っていたのに……」
死神だ。
あれは死神だ。
自分の命の終わりを宣告しにきたのだ。
「さて、もう無理みたいだから、仕上げといこう。─────【阿修羅】」
死神の背後に召喚される巨大な獄門。
装飾は全て禍々しい生物の頭部や骨で作られ、怪しい靄が扉の隙間から漏れだしている。
バンッ!と勢いよく開いた門から溢れだしたのは亡者の腕。
一斉に目指す先は───狼。
次々と絡みつく万力の手に身動きなど取れるはずもなく、尻餅をついた狼は為す術なく拘束された。
「残念だったよ────」
暗く沈む死神の相貌。
「本当に残念だった────」
ゆっくりと下ろされる鎌。
「─────終わりだ」
何の予備動作もなく振り抜かれた鎌は首に吸い込まれ、狼の頭部を容易く撥ね飛ばした。
斬り跳んだ頭はそのままジャックの背後に墜ち、グシャリと音を立てて地面に血溜まりを作っていく。
そして、ダンジョンと同じような性質も持っていたためか狼の体及び頭がマナへと分解されていった。
「はい、終わったよ」
何気なく振り向いたジャックは、その先にある仲間の相貌に戸惑いが少なからず浮かんでいることを悟り、またやってしまったと自嘲と自責にかられる。
だが、掛けられた言葉は予想に反するものだった。
「てめぇ、なんで隠してやがった」
「嘘つき!、霊装のときと同じじゃない!」
「お前、俺が手抜きでしごかれてるときに俺の肩を叩いたの、覚えてるからな」
「手加減、って知ってるかしら?」
負は消えた。
既に彼の心には暗い感情などなかった。
怒りを露にする仲間達を見据え、ジャックは笑って言った。
「ごめんごめん…」
本当にいい仲間に巡り会えた、そう暖かくなるジャックであった。
普通はこんなサイコパス怖いと思うんですよ。




