第十六話 最終形態 魔王
「さぁ、最後の戦いを始めようか」
そう言い放った魔王は未だ叫んで口を押さえる竜人に手の平を向ける。
魔法円が展開することなく撃たれたのは真っ黒の魔弾。
バシュンと辛うじて目視できるかというほどの速度のそれは、もがき彼の挙動に気づかない竜人に着弾した。
内包された魔力が爆発を引き起こし、半径五メートルほどを呑み込む。
やがて時間の経過と共に爆煙は晴れる。
「ちっ…」
確かに大した魔力も込めていない小魔法だ、素の魔力が高くなったとはいえ大きな効果を期待するのは無理だろう。
だが、無防備かつ視認さえしていなかった相手が、まさかの無傷というのは舌打ちに相当した。
加えて傷ついた顎は治っており、殺意の眼光が貫いてきた。
『グルァ……』
上がる唸り声。
そしてバッと広げられる竜の翼。
宙に浮いて見下ろす魔王に気が障ったのか不利だと悟ったのか、一度羽ばたいて飛び上がる。翼には黒の燐光が纏われ、再度羽ばたかれることはない。
『グル…』
胸部中央に存在する大きな紫の結晶。
その内側から金の光ご淡く漏れだし始めた。
目を見開くのは魔王である。
認めた瞬間に腕を伸ばし、両の手の平を真っ直ぐに竜人へと向け唱えた。
「【砲撃】!」
放たれる破壊の極砲。
今度は魔力を込めた正真正銘の魔法。
城の崩壊を危惧して本気を出せないながらも、現時点で行使可能な最高威力の一撃だった。
それに対する竜人の行動は仰け反りだった。
淡いと称するには強すぎる光を胸に宿し、天井を向く顎からは魔力が散る。
そして、仰け反りから頭突きをするかのように扇を描いた竜の頭部はその口を大きく開き、咆哮した。
『ガルアァァァァァァアアアアアアアアアッッッッ!!!!』
閃光と共に顕現する極大の砲撃。
迫る魔王のものとは比較にならないほどの炎が吐き出され、莫大な質量と熱量が空間のマナごと焼き尽くしながら爆進する。
拮抗は一瞬、【砲撃】が呆気なく敗れ魔王の体を容易く呑み込むほど太い黒炎が彼に襲いかかった。
張っていた障壁の抵抗は稚児のようで、パリンという割れる音さえ聞こえないまま視界を炎が埋め尽くした。
『グ、グガァ……?』
だが、魔王は相も変わらず健在していた。
竜人は自身の最強の武器が効力を成さなかったことに狼狽え、困惑を隠せないと思わしき声を上げる。
「この身体の魔法耐性は高くてね、ちょっとやそっとじゃ傷もつかないんだ」
これは、人にとっては絶望の宣告だっただろう。
魔法は効かない。
物理で攻めようともまず近づけない。
宙に浮いているため当てるのにも跳躍か投擲という一段階を踏まなくてはならない。
足掻けば足掻くほど突きつけられる彼我の差。
膝が折れるのは、時間の問題だ。
そう─────人であれば。
彼は竜人だ。
アディンは竜人だ。
そして竜人には、切り札がある。
『グルァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』
巨大空間を振動させるほどの雄叫び。
咆哮に伴う炎は天を貫き、叫喚に伴う衝撃は城の壁に罅を入れた。
力を入れて踏みしめた地面は割れ、逆立った鱗から放たれる斬撃の余波は辺りを乱雑に荒らす。
そして、変化は訪れる。
鱗に内包されていた肉体が膨張し始める。
手や足に生える鋭利な爪や顎から見える牙が伸長する。
鱗はそれぞれが分厚く大きくなる。
翼は皮膜を引き裂きながら巨大化し、破れたそれは新たに生え変わる。
首が蛇腹のように伸び、頭は大の大人ほどになる。
腕や脚は盛り上がりながら膨れ、ブチブチと音を立てる。
全体的に巨大化した竜人はフシュゥゥゥと炎を伴い息を吐いた。
それに炙られた地面は何と溶岩のようにドロドロに溶けてしまった。
『ギャオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!』
『竜』の咆哮。
切り札───生物としての頂点に君臨する『竜』への変化。
眼下の魔王を見下ろす竜は翼を広げ、口を開いた。
『ゴガァァァァァァアアアアアアアア!!』
吐き出される大火炎。
先程の竜人としての炎など簡単に消し飛ぶほどの火力をもって放たれたそれは、魔王を以てしても相貌に焦りを浮かばせた。
「───くっ……」
今度は魔砲の撃ち合いを嫌い、横に飛んだ。
すぐ隣を通り過ぎた火球。
一瞬安堵しかけた魔王、だが相貌が熱に晒されたのを感じた瞬間上へと逃げた。
次々と放たれる大火球を宙を舞いながら避け、浮遊する竜に向けて隙を窺い魔弾を撃つ。
だがそれも空中という竜のアドバンテージの前には簡単に躱されてしまう。
自分の変化に併せて強化してくるアディンという忌々しい存在に歯噛みするも、その口端を吊り上げ、唱えた。
「【黒輪】」
竜の頭上に展開した魔法円の中心で空間が歪み、その反作用が放たれた。
時は一瞬、真っ直ぐ地面に伸びた線は内包したエネルギーを全て装填し、地面ごと爆ぜさせた。
破片が散り、竜の鱗に少なくない傷を負わせる。
だがそこまで。
内側の肉体にダメージを与えるには至らない。
そしてそれを見越していた魔王は再度炎を吐き出さんとする竜の口目掛け魔法を放った。
使用されたのは【黒拳】。アディンの左肩を抉ったそれは質量を持って突き進み、炎を貫いて更に口腔に到達する。喉を抜けて首を貫いた【黒拳】はそのまま前方の壁を砕いて消えた。
その痛苦に喘ぐ竜はマナを燃焼して自己治癒を発動する。
瞬く間に塞がれる風穴。
次いで竜の瞳が閃光を放った。
魔王は肩と腹を光線に撃ち抜かれるも、同様に肉体の損傷を回復する。
竜の目から放たれたのは【光線】。
手という砲身の起点を失ったのをカバーしたものだ。
口腔からは【魔球】と【砲撃】。
爪と翼からは【魔斬】と【竜巻】が放たれることだろう。
そして案の定、次の竜の攻撃は【竜巻】だった。
「【竜巻】」
対して魔王も同じ魔法で対抗する。
勝つのは魔王だ。
純粋な魔力で彼我には差がある。
『グガアァァァァァァアアアアアア!!』
口、爪、翼、それぞれから同時に魔法が放たれた。
その全てを耐えるに足りる大盾を『黒』の力で作り出し、構える。
瞬間叩きつけられる数々の攻撃、だが尽くを防ぎ、遂に無傷で乗り気った。
これには竜も瞠目し、焦りのままに羽ばたく。
巨体を支えるのは翼による浮力ではなく〈飛翔〉のアビリティによるものだ。翼は加速のためのあるだけで、宙を舞うのに必要なものではない。
それでも狙いたくなるというのが性。
両の手の平を竜翼に照準、【光線】を乱れ撃った。
だがそのどれもが外れ、頭上に飛び上がった竜は自身より小さき者を睨み、喉を灼熱に彩らせた。
そして放たれる爆炎。
咆哮を伴った強力な砲撃。
高い殲滅力と破壊力を宿したこれまでのどの息吹よりも強烈な範囲攻撃に、魔王は『魔力障壁』による防御に切り替え、威力を減衰するために自身も後方へ飛んだ。
炎により敵を見失った竜はそこで炎を止めるという選択をせず、行ったのは首を振り回し何処かにいるであろう魔王を焼き払うことだった。
そして、その威力に耐えられなかったのが────城。
度重なる魔法の嵐と衝撃波、そこに加えられた竜の砲撃を受け止め切れなくなった城はその全身に深い罅を走らせ、盛大な破砕音を奏でながら、崩落した。
■■■■■
アディンが竜に、魔王が悪魔のような姿に変化してからの戦いは荒々しく、破壊の連続だった。
「アディン……」
ジャスミンが一時もアディンから目を逸らすことなく呟く。
それに込められたのは心配か、困惑か、はたまた懐疑か。
レオは壁にもたれ掛かって横目で戦いを視界に収め、ジャックは床に座り込んで傷の回復に努めている。
ルナは冷たい床に座りレオからもらった外套で身を包み、リンカは手を胸の前で組んで祈っている。
アンナとカイトは顔を真っ直ぐ前に向け、じっとその戦いの行く末を見届けていた。
「頑張れっ……」
感情が漏れ出したかのように口から言葉が出たリンカ。
紛れもない応援。
それが波紋を引き起こしたのは他の者の心だった。
少なからず疑念を抱いていた彼らは仲間を───家族を信じていなかったことに自嘲を込み上がらせる。
そんな中、口を開く者がいた。
「大丈夫だ」
「レオ…」
何の根拠も無い、ただの姑息な言葉。
だが、そこに込められた想いは違う。
それを理解した者達は顔を上げ、一瞬でも彼の戦いを見逃さないと眼差しを真摯にさせた。
そしてそんなときだった。
目まぐるしい戦闘を続けていた竜と悪魔が唐突にその行動速度を落とし、睨み会うような場面となった。
魔王が無数の【光線】を放つもその全てを竜が宙で踊ることで回避、そして一瞬蓄積したかと思えば膨大な炎が解き放たれる。
広範囲かつ高威力の爆炎に悪魔は迎撃ではなく防御に徹し、その身を炎に包ませた。
敵を見失ったことに焦ったのか、竜はその鎌首を無造作に振り回した。
まさに獣の所業。
形振り構わない行動に遂に───城が耐えかねた。
次々と剥落していく天井。
罅割れが深くなり支えを失う壁。
そして、彼らを囲う鉄格子は、崩落していく城の瓦礫に呑み込まれた。




