第十七話 解放
───ガラガラ───
───ガァァァンドォォォン───
耳朶を叩く轟音。
崩壊していく魔王城。
鉄格子の中にいた私達は、全員頭を庇って背を低くしていた。
次々と雪崩れる瓦礫の数々から身を守るためだ。
弱々しい鉄格子が耐えるという考えを早々に破棄し、自分の身は自分で護るということを第一としたのだ。
だが、その全員を裏切る結果が訪れた。
「ぇ……?」
いつまでも降ってこない崩れ落ちた城の残骸。
その事実に不可解を示すようにジャスミンから掠れた声が漏れる。
「思ったより、頑丈だったみたいね…」
アンナがそう呟き、彼女とレオが頭から手を離してスッと立ち上がった。
それに続いて次々と皆も立っていく。
私もアディンの姉だというルナさんの手を引きながら膝を伸ばした。
すまない、と右手で外套を押さえながら彼女も立ち上がる。
すると、目を瞑っていたアンナが徐に口を開いた。
「どうやら、今ので力を制限する結界が壊れたみたいだわ」
それが意味することは───
「出られる」
───アディンを助けられるということだ。
「んー、まあぶっ飛ばすかしら」
アンナはそう言ってどれほどか詠唱をすると、彼女は手の平を外であろう方向へ向けて、唱えた。
「【光輝水砲】」
ドッ!と放出されたキラキラと輝く水の砲撃。
相当のマナを装填し魔力を込めたのだろう。砲撃は鉄格子をひしゃげ周りに堆積していた瓦礫を容易く粉砕した。
「はい、これで出られるわよ」
パラパラと未だ小片が落ちるのを背景にこちらを見やるアンナの相貌には笑顔が乗っていて、私は自身の頬がひきつるのを感じたのであった。
■■■■■
「出たのはいいけど……」
「えぇ…」
「何だ、脱出できたみたいだね。人質が死んでしまったと悲しんでいたんだ。まあ、今のアイツに人質何て通用するかはわからないけどな」
「黙りなさい」
そこで声を上げたのは───ジャスミンだ。
「ん?」
「黙れって言ってんの、聞こえないの?」
「ん?」
「………みんな、さっさとこいつ殺るわよ」
「ん?」
馬鹿にした態度を取る魔王の相手をするのは無駄だと分かったらしく、ジャスミンが仲間に呼び掛けた。
それを言われて怖じ気づく者など、この場には居ない。
応えたのは、詠唱だった。
「【我が身に宿れ──『タナトス』】」
「【契約印解放】」
「【神化──『アクアス』】」
「【神器転成】」
「あっ───【契約印解放】!」
神器が、霊器が、封器が、それぞれの魔力光を放ち具現する。
「みんな…………【我が身に宿れ──『シルフ』】」
そして、ジャスミンも金の風を纏った。
「無駄無駄!───大人しく死んどいてく───」
『─────────ッッ!!』
「───ぁあ?」
それは自分の獲物だ。
そう言わんばかりの気迫が空間をビシビシと揺るがせる。
と同時に、全員が武装を解いた。
リンカまでもが遅れることはなく封器の光を収める。
それは只故に───
『─────ギャオオオォォォォォオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』
───アディンの再来であった。
弾け飛ぶ魔王城の残骸。まるで、次はお前が砕け散る番だと、そんな意図が感じられた。
急速で飛び上がった竜は自身の潜在能力を十全に活かすことが出来る空という環境に歓喜し、再度雄叫びを上げる。
誰もが目を逸らせなかった。例え照らすのが紅い月であろうと、絶対種である竜という存在が輝くのには十分過ぎるほどの光であった。
眼光が貫くのは魔王。
増している威圧感。
まさか、と戦慄する私に同意するかのように言葉が呟かれた。
「慣れてきたみたいね」
アンナである。
慣れた───つまり肉体が、技術が、或いは精神が変化に追い付いていなかったということか。
そんなことがあり得るのかと疑うものの、アンナが言うのならと納得した。
「勝てる?」
ジャスミンの問いに一瞬憤慨しそうになったが、私より長く彼と過ごしていた彼女のことだ、アディンを信じた上で純粋な戦力分析を行おうと考えたのだろう。
必要であれば、私達がすぐに力を貸せるように。
「厳しいわね、竜の身体で理性が残ってれば話は違ったかしら。でも今は殆ど知性の無い野生の竜と同じ、私達がそんなのに勝てないわけがないのと一緒よ」
アディンの品評より、竜を容易く倒せるということに私はまず目を瞬かせた。
「じゃあ、どうすんのよ」
「取り敢えずすぐに戦えるようにはしないといけないわ。何かの拍子に形勢が変わるか分からないもの」
「まあ、武器は抜いたままにしておくか」
そして、私達が見据えたのはどちらも宙に浮いて対峙する竜と魔王。
高さで言えば竜が遥かに上、空の領域へと到達している。対する魔王の位置は低く、私達が跳躍すれば届くほどの高さだ。
そして、戦いの火蓋を切ったのは、やはり堪え切れなかった竜だった。
何度も繰り返してきたように吐き出される炎。しかし常と違ったのが、空を活かした急降下による肉薄だ。それを魔王は手の平に『黒』を使って生み出した大剣で斬り払い、迫る竜に迎え討つ。
かち合う鋭利な爪と刃が火花を散らす。
ここで優勢になったのが───魔王だ。人間としては大きい身体も竜の巨躯に比べれば小さく、巨体には為し得ない小回りの効く機動が可能であった。
ちょこまかではなく縦横無尽と言った方が合う動きで竜を翻弄し、大剣で鱗を次々と傷つけていく。
そんな魔王に怒りを覚えたのか、竜が全身を武器に回転した。ただの回転、されど回転。
ジャスミンの脳裏に十三歳の頃に挑んだ迷宮で対峙した巨狼の姿が浮かんだ。増やした腕の全てに巨剣を持たせ、嵐のような破壊を繰り広げた光景だ。竜の行ったそれが、どこか似ている。
爪が、牙が、尾が、翼が、鱗が、全てが高いエネルギーを持って自身の付近を彷徨いていた魔王を潰さんと振るわれる。ギリギリ回避し損ねたらしく、魔王は衝撃に殴られ吹き飛ばされた。
そこに追い討ちを掛ける砲撃。最早避けることは叶わない。しかし、彼は嗤った。
「城が無くなったんだ、これで制限しなくていい」
次の瞬間、ドッッ!と放出された『黒』のエネルギーが天高く貫いた。
『グ、ガ……』
そして、その直線上にいた竜は直撃は免れたものの、右腕を含め翼に風穴が空けられてしまっていた。元々魔素で構成されていたのだろうか、血に属する肉体組織がそこから流れ出すことはない。
「ほれ、ほら、避けろよ」
続々と放たれる【光線】を身体の至るところに受け、竜の相貌が苦悶に歪む。人間であれば頭に受けると即死ものだが、竜という巨体では致命傷にさえならず、その光景はいたぶっている風に見えてしまった。
『ガ…………グガァァァァァァァァァ!!』
竜はそれを嫌がり、全身を発光させ、膨大な数の魔法を放つ。
だが、
「【黒輪】」
上空より地面が爆砕、放ったものと共に竜自身が破壊に捲き込まれた。
『グギャアアアァァァァァァァァァ!?』
「ほんと、これって便利だね」
発動は早く、威力も桁違い。
手練れ相手の殺傷能力は無いものの破壊力は抜群で、雑魚及び巨体となれば凄絶なダメージを与えることができ、加えて避けられる心配が殆ど無いというのが大きな利点だ。
「不利、思いつかないな」
同様の魔法は虹属性の方には無く、『黒』の特権のようなものだ。攻撃性能と殺傷能力に優れる『黒』属性だからこそ、だろう。
墜落し掛けた竜を見据え、徐に手の平を向けた。
「【魔球】」
マナを装填し、魔力を込めた通常ではあり得ないほどの一撃。
爆発に使われるエネルギーを全て質量に変えた重撃。
速度と重さが乗った金属球のような魔弾は竜を貫通し、今度こそ墜落せしめる。
巨体が落ちれば、リンカ達の元へ振動が伝わった。
背中には球状に抉れた傷痕が目立ち、ぐったりと伏せる姿は痛々しい。
咄嗟に駆け出しそうになったところをアンナに肩を掴まれた。
「私が、行くわ」
たった一人で、と口から出掛けた言葉をぐっと押し込み、コクリと頷く。アンナならば、アディン諸ともやられるとは思わなかったからだ。
魔王はゆっくり歩みを進める彼女に気づくと、親しみの覚えられない笑顔を浮かべて言った。
「何だいアンナちゃん、こいつに引導でも私に来たのかい?」
まだ、ショーとやらを続けているつもりだったらしい。
確かに竜の類いの変化には多少狼狽えさせられた。でも、既に私達はアディンを信じている。金輪際、揺らぐことはない。
「引導、ねぇ……」
そう呟いたアンナ。
こちらからその表情が見えることはないが、魔王の頬は一瞬ひきつっていたのを、私は見逃さなかった。
「はは……、何が言いたいのかな?」
その相貌にどんなものが浮かべられているのか、私には分からない。だが、好戦的なものか、怒りを込めたものか、そのどちらかだというのは推測できる。
「【『聖厄』】」
顕現する水の美杖。
向けれる先は勿論魔王だ。
「【魔球】」
「おっと………随分な挨拶じゃないか」
「お前にはそれで十分かしら」
「───っ!?、……へぇ、言って……くれるじゃないかぁ…?」
目視するのがギリギリの魔法を手の甲で払っておきながら何を言うのだろうか。
「死に晒しなさい」
「這いつくばるのは君の方だよ」
「【黒輪】」
「【防護障壁】」
アディンを墜とすに至ったあの空間を歪ませる魔法を完璧に防ぎきった青い球状の薄膜。
「…………」
「あら、効かないわよ?」
「【黒渦】」
「【掻乱】」
指向性を以て放たれた竜巻はいとも簡単にマナへと戻された。
「──な、に……?」
「私相手に魔法勝負────良い度胸じゃない?───【神器解放】」
そして更なる神々しい光を放ち出す『聖厄』。
存在感と威圧感が共に増した神杖を構え、アンナは嘲笑した。
「まあ、頭が無いのだからしょうがないんでしょうけど?」
怒りが振り切れた魔王の雄叫びを背景に、アンナはこちらへ顔を向けて笑った。
その微笑みは、美しくありながらどこか恐怖を覚えてしまうものであった。




