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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第五章 魔王の城
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第十五話 暴走


 目まぐるしい変化の戦いだった。

 

 魔王と名乗った男は巨人に、縮んで戦士然に、そしてローブを纏って。

 

 対するアディンも『漆鉄』を大きくしたかと思えば叫んで『切り札』を使って。

 

 そして極めつけが、次々と立ち上った『エーテル』だった。

 

 彼は困惑していたようだったが、姉であるルナがそれは『エーテル』だと叫んだ瞬間、光が空間に満ち溢れた。

 

 お兄ちゃんや『賢者』が使っていたのを見たことがあったから私はすぐにそれが『エーテル』なのだと分かっていたけれど、他の皆は違った。

 

 『エーテル』という希少かつ最高位の魔の力をアディンが発動したことに驚愕していたようだ。確かに、知らなければ私だって驚いていただろう。

 

 けれど、光粒が浮かんだときから『エーテル』だと気づいていたから、既に心の準備は出来ていた。

 

 そして、そこから始まったのが『魔』と『魔』のぶつかり合いだった。

 両者共に放つ魔法の規模は極大。

 マナの考慮など一切しない極限の魔法合戦。

 様々な属性が入り乱れ、互いに削り合う戦いだった。

 そんか命の凌ぎ合いは唐突に終わりを迎えた。

 

 変化は突然だった。

 

 その現象の最初の行動者は魔王だった。

 

 一瞬魔法が途切れたその瞬間、見計らったように杖を掲げ何事かを唱えた。

 

 そして怪しげな光が放たれると、あろうことか『エーテル』が一瞬の間に全て消えてしまった。

 

 余りにも突拍子の出来事にアディンに加えて私達も唖然とし、そして理解すると共に血の気が引いた。

 

 『エーテル』の消失───それ即ち戦況の打開の不可能。相手の強化に併せて記憶の断片から対応してきたというのに、能力が封印されてしまった今アディンと魔王の拮抗を支えるものは完全になくなってしまった。

 

 自身で生み出した隙を好機に魔法を浴びせようとする魔王。

 

 理解が追い付かず絶望の淵に立たされようとも、それでもまだ立ち向かわんとするアディン。

 

 二人の意思が交錯したとき、その変化は起こった。

 

 突如として苦しみだしたアディン。

 胸と頭を手で押さえ、何かを耐えているように見えた。

 必死に何かを抑えこんでいる彼だったが、その叫びは徐々に大きくなっていった。

 

 そして、その瞬間は訪れた。

 

 魔王の歓喜。

 

 ジャスミンの狼狽。

 

 男どもの驚愕。

 

 ルナの絶句。

 

 リンカの悲鳴。

 

 そして───私の悪態。

 

 計八人の視線が貫くのはたって一人の少年。

 

 背中から一対の翼を生やし、竜のごとき鱗を纏ってその口から牙を伸ばす一人の少年の姿だった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

 身体が熱い。

 全身が激痛に苛まれている。

 肌や背中には違和感があるし、視界も真っ赤に染まっていて見えづらい。

 何故か魔王は気色悪いほど喜んで頬を上気させているし、背後から伝わってくる仲間の動揺には共感できない。

 何が起こったというのか。

 『器』の奥底から這い出てくるようなモノに耐えていたのがすっかり無くなり───殺す───随分と楽に………え?

 

 何だ今の思考は、意味がわか───殺す───らない………。

 

 

 どういう───殺す───ことだ、どうなってる───殺す───んだ。

 

 

 

 頭が侵さ───殺す───れてい───殺す───く。

 

 

 

 

 殺意の───殺す───波───殺す───が─────

 

 

 

 

 

 ──────殺す──────

 

 

 

 

 

 

 

 ──────殺す──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────殺す──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────殺す。

 

 

 

 

 

『─────ガアアァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 雄叫びが、咆哮が、痛酷な絶叫が響き渡った。

 

 そして、八人の視界に居たのは、もう人間としての思考と意思が潰えた、ただの獣であった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

「やっとだ………やっと正体を見せたね!?」

 

 両腕を広げて歓迎するかのように口を開く魔王。

 感情の起伏に併せて『黒』の魔力が強弱し、波動が空間を荒らす。

 そして、そんな魔王と対峙するのは、一体の竜人だった。

 全身が黒に彩られ、牙や爪を生やし、眼光は深紅。既に人としての特徴を残しているのは人型というそのただ一点だけである。

 また何よりも、その竜を象徴する蝙蝠(こうもり)に似た翼が視線を浚った。

 今も竜とおぼしき唸り声を洩らす元アディンだった獣は、全身から殺意を放ちながら魔王を睨んでいる。

 恐らく、竜鱗を纏い竜の特徴をその身に顕したことによって、身体能力はさることながら魔力も大幅な強化がされたのだろう。強力な魔力障壁が鱗の上に張られ、身体強化をしているだけの魔法がバチバチと現象を引き起こしている。

 硬直していた戦いが動き出したのは、そんな竜人が徐に膝を曲げたことからだった。

 地を蹴ったアディンは彼我の間合いを一瞬で埋め、勢いそのままに右腕を振り抜く。

 風を唸らせながら描いた漆黒の軌跡は半円で、それを受け止めた杖は異常な威力に砕けた。

 魔王の黒の瞳が見たのは鋭利な爪に宿る『黒』の魔力だ。

 質と密度の違いを悟った彼は近接に方針を変える。

 

「【付与(エンチャント)】」

 

 どうせ使うこともないマナをありったけ注ぎ込んで発動した身体強化魔法は、大きな恩恵をもたらした。

 魔力制御の向上により魔力障壁は思いのままに、そして球状だったそれを別の形に張り直す。

 

「効かないねぇ」

 

 全身を覆うように変え、そこにマナを更に注ぎ込む。するとその強度は増し、また更に凝縮させることによって作られた魔力の鎧。それは殆どの既存の金属よりも硬く、杖を砕いた竜人の爪を以てしても弾くことができた。

 本来ならばここで待避するか硬度を上回る手立てを考じていただろう。

 だが、理性というものを失ったアディンはそんな知能など残っているはずもなく、打ち破れない鎧を前にただただ身体能力に任せた攻撃を繰り返してしまっていた。

 そしてまた、本能のままに猛る相手を前にしても警戒を怠らないのが魔王だった。

 それは、一重にアディンの持つ『邪器』の力を知っているからであった。だからこそ、彼はマナの殆どを身体強化に傾け、大幅に上昇した力と敏捷を軸にして短期決戦に挑んだのだ。

 

『グルガアァァァァアアアアッッ!!』

 

 どれだけ竜の手を叩きつけても倒れない敵に攻撃を苛烈にするアディン。

 耐えているばかりでは最終的に勝つことができないと目を細める魔王。

 そのどちらもが同じ感情───焦燥を抱いていた。

 

「【付与(エンチャント)】」

 

 一般人であればこの一回でマナが枯渇するであろうほどを消費し自己を強化する。

 だが、その一瞬の隙を晒してしまったことが、魔王の痛手となった。

 彼を攻め立てる武器はたった二つ、短刀よりは短い鋭い爪に彩られた竜の手だ。そしてもう一つ、今まで使われることのなかったものがあった。

 

「───ぐえっ」

 

 横腹を捉えた強烈な一撃。

 太い鞭が直撃したことにより数歩たたらを踏んでしまう。

 そう、尻尾である。

 第三の武器には回転が加わり、金属の柱で殴り飛ばされたかのような衝撃が襲ったのだ。

 対処が遅れたのはほんの一秒、されど一秒。

 獣の本能による猛攻というデメリットがメリットへと変わり、しばしば例えられる獣の直感が働いた。

 咄嗟に魔王が行ったのは、防御ではなく右拳による渾身の一撃だった。

 そして避けられる。

 振り抜いてしまった腕を戻すことは今更遅く、首を傾ける竜の瞳と視線が交じり合った。

 時が緩慢となる中、彼を襲ったのは第四の武器────竜の(あぎと)

 迫るギラついた牙。

 糸を引く唾液。

 奥から覗く赤い口腔。

 生命の危機に反応した肉体が行ったのは顔面に強固な障壁を張ることだった。

 だがしかし。

 急遽こさえられたものでは竜本来の捕食という力に敵うはずもなく、容易く貫通し頭を呑み込まれてしまった。

 最後に感じた得も言われぬ恐怖に呑まれそうになりながら、彼は呟いた。

 

 

 

 【変化(メタモルフォーゼ)】───【最終形態(魔王)】、と。

 

 

 

『グギィャアアアアアアアアアッッッッ!?』

 

 

 弾ける魔力。


 ズタズタに引き裂かれた口に叫喚する竜人。

 

 そしてそれを見下ろす一人の男。

 

 広がった『黒』が徐々に肉体を編んでいき、段々とその様相を露にしていく。

 

 黒い体躯。

 

 広がった竜と同様の二対の翼。

 

 蠢く『黒』の触手。

 

 絶対的強者の風格を纏った魔王は徐に口を開き、言った。

 

 

 

 

「さぁ、最後の戦いを始めようか」

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