第十四話 VS 魔王 Ⅲ
闘技場を思わせる巨大な半球型の空間。
そこには二人の人物が存在していた。
対峙するのは両者共に『黒』を身に宿した者。
一人は杖を、もう一人は刀をその手に持つ。
杖を持った魔導師然とする男は愉悦に浸るように嗤い、刀を持った隻腕の男は苦渋に相貌を歪めていた。
「どうしろっていうんだ…」
隻腕の男───アディンは歯噛みしていた。
その理由は簡単で、二度の窮地を乗り越えたというのに、更に覆い被さった『黒』に対する憎悪だ。
圧倒すること三回。
復活すること三回。
人間とは思えないほどに巨大になったかと思えば、生物とは思えない質量を持つようになり、そして先程までの変化とは異なり特色のない姿へと成っている。強いて挙げるとすれば、無駄に豪奢なローブと禍々しい杖だろうか。
今度の強化が何なのか考察すると、力、速度、ときて次は杖、つまり魔力だろう。
ここからは質量と速さを兼ね備え強力な魔法を放つ相手との戦いとなるということだと窺える。
対してこちらは体力、マナ、加えて切り札を失い更に腕も片方ない満身創痍。絶望的な状況だ。
これを打開する手段は既に無い。
まだ自身の魔力を使えたならば勝機はまだあっただろう。だがこの空間のせいでそれは望めず、唯一『漆鉄』に残っていたマナを使って騙し騙し戦ってきたのも【罪の解放】を使ってしまったためそれはできない。
つまり、勝てない。
だが、それでも俺は諦めるつもりはない。
勝てなくとも、絶対ではない。
土壇場の成長を期待するしかないというのも変化を積み重ねる相手からの皮肉に思えてくるが、どうしようもないのだ。
何か、ないものか。
───ピィ───
「……………ぁあ?」
そう考えたとき、耳に入ってきたのが甲高い小鳥の鳴き声に似た何かの音だった。
───ピィ───
一度では終わらない。
それが何度か連鎖すると、その正体が容易に明らかになった。
───ピィ───
それは粒だ。
───ピィ───
それは光の粒だ。
───ピィ───
次々と地面から、天井から、鉄格子に囚われる姉ちゃん達からそれは産まれる。
───ピィ───
それが産まれる速度は徐々に上昇し、幻想的な空間を作りだしていく。
───ピィ───
「アディンっ!」
叫び声を放ったのは姉ちゃん───ルナだった。
その相貌は驚愕に染まっていて、その瞳は希望に染まっていた。
───ピィ───
「言え、アディン!」
何のことなのか。
この不可解な現象の答えなのか。
ほぼ産まれたままの姿の彼女は鉄格子に掴み掛かりながら喉を震わせた。
「それは───エーテルだ!──唱えろ!」
───ピィ───
エーテル。
この世の全てを構成する元素。
このエーテルを味方につけた者のことを人はそのままに『エーテル使い』と呼ぶ。
『エーテル使い』が操るのは世界を構成する『エーテル』。
つまり、それは世界を味方にしたのと同義ということだ。
故に現在この『エーテル使い』を名乗ることができる者はたった二人しかいない。
それは『古の大戦』から今も現存する伝説の現人神───『賢者』。
それは『古の大戦』の終結をもたらした伝説の魔を極めし『魔法神』の再来とされる『頂点』───ユーリ・ハリス。
そんな者達と同格であると我が姉は言った。
意味不明だ。
理解不能だ。
だが、これほどしっくり来たことはなかった。
記憶にはない。
思い出せない。
それでも、方法だけは何故か脳裏に過った。
そこからはすぐだった。
「【世界よ我に力を】」
───ピィィィィアアアアアアアアアアアア───
空間を満たす膨大な光粒。
突如として、ポツポツとしか産まれなかった『エーテル』が噴水のように溢れだした。
滝のように。
雨のように。
まるで世界から祝福を受けているかのような錯覚に陥る。
そして、その全てがこの器に流れ込んで来る。
マナが、充ち溢れる。
暴力的なマナの奔流である【罪の解放】とは一変して、母の胎内の中に居るかのような温もりである『エーテル』。
どちらが良いかと聞かれれば即答しただろう。
勿論、『エーテル』だ。
こんな幸福に包まれたことは無い。
光粒は虹とも白とも言えない曖昧な美しさを称え、決して『黒』とは相容れず絶対に『黒』だけは混じらない。
純粋。
潔白。
清廉。
その何れもが当てはまりその何れもが言い足り得ない。
ふと思い付いたことを実行してみた。
「治してくれ」
すると『エーテル』達は俺の全身を包み込み、癒しをこの身体にもたらしてくれた。
想像通りになったというのに、企みが成功したというのに、俺は驚愕を禁じ得ない。
何と、無理矢理に焼いた肩から腕が修復されていったのだ。まるで逆再生でも見ているかのようだった。
「────クソが」
呟きが落ちる。
それは魔王から発されたものだ。
「【黒軍召喚】」
発動するのは俺の十八番である召喚魔法。
行使したのは俺の敵で、それは禍々しかった。
真っ黒の巨大な魔法円が展開すると、そこから現れたのは膨大な数の『黒』の怪物だった。
いや、数に収まらない。
明らかに他のモンスターとは一線を画している強力な奴が何体も、更にその上をいく奴が魔王の前に一体存在している。
「行けぇ!」
放たれた号令。
一斉に動き出すモンスター。
虫の大群かと疑うほどの量の怪物を前に俺は仰々しく頭上に両の手の平を掲げた。
イメージしろ。
『エーテル』は詠唱じゃ力を貸してくれない。
『言の葉』を紡ぐのではなく、『想い』を紡げ。
(───魔力は極大)
手の平に膨大な光粒が集まり出す。
(───属性は炎──白の炎)
集結していく光粒から忽ち炎が燃え上がる。
(───規模は怪物全てを焼き払う猛火)
人の頭程であった火の玉は即座に拡がり天井を埋め尽くす。
(───形状は竜の息吹)
極大までに拡がった炎が竜の頭部を形造る。
(───対象は前方敵生物)
全ての段階が終了するまで掛かったのはモンスターの大群が押し寄せるその瞬間だった。
「焼き尽くせ」
願いを、想いを込めて『エーテル』に意思を伝える。
露になる顎。
放射される熱風。
降り注ぐ極光。
竜の咆哮は炎を伴い、込められた全ての力が解き放たれた。
視界を埋め尽くしたのは白炎。
一瞬にして巨大空間を満たした猛炎。
津波のようにあらゆるモンスターを呑み込む。
それは魔王の元まで届き、障壁を食い破った。
「【黒よあまねく焦土と化せ!】」
男が必死の形相で詠唱し黒い水の津波を放つも拙い抵抗空しく、『黒』と対照的な『白』の炎に焼き飛ばされる。
そして長く短い焼却の時が終われば、残ったのは仲間達と自分、そしてローブと肌を焦がし杖に体重を乗せる魔王だった。
流石『邪器』の能力を用いた変化なだけはある。
巨人の耐久と魔導師としての魔法への耐性で耐えきったらしい。
あちらと比べてこちらのマナは無限だ。
俺への供給が終わるということはつまり世界が終わったのと同じことなのだから。
「まだまだ行くぞ」
今度は先程の比ではない。
まだまだ肩慣らしだ。
恐らく久しく使っていなかっただろう『エーテル』を行使するのだから準備が必要だったのだ。
まずは『エーテル』を固めて擬似魔力障壁を展開する。
そして次に放つのは───白の雷。
一撃の威力と速度を高め、確実に奴に痛手を負わすことができる稲妻だ。
常時送られてくる『エーテル』と『器』に溜まった『エーテル』を使い、魔力を高め現象を構築する。
すると『エーテル』が形を変え、頭上に曇雲が拡がる。
徐々に渦巻き出したその雲はバチバチと電気を走らせ、力を充填していく。
加えて、『エーテル』の力に臨界点は無い。
故に、どこまででも火力を生み出すことができる。
そして、時を経て全てが整った。
その間に奴ができたことと言えば杖を構えて打開策であろう魔法の詠唱をしているだけだった。
「打ち砕け」
容赦はしなかった。
曇雲から落とされた極雷はやはり魔力が高まっているはずの魔王の魔力障壁を紙屑のように打ち砕き、奴の身に強烈な電圧を叩きつけた。
上がるのは全身を焼き焦がす魔王の絶叫。
使用された膨大な『エーテル』が霧散するなか、奴は未だ倒れなかった。
そこからは『黒』の魔法と『エーテル』の現象の応酬が始まった。
炎、水、風、雷。
球、槍、雨、竜巻。
様々な属性と種類が飛び交う『魔』の戦争。
俺にとって幸いだったのが、魔王は平行詠唱が出来ないということだった。奴は『魔術師』とやらに成ってから一歩も自分からあの場所を動いていない。侮っているわけではないだろう。現に、今魔王の相貌には焦りが見え隠れしているのだから。
そして厄介なことが、無限のマナと言っても過言ではない『エーテル』と奴がまともに撃ち合えていることだった。俺の腕が悪いというのも起因しているだろうが、やはり『邪器』という忌々しい力の脅威が証明されたかのようだ。
だが、俺は臆することなく『エーテル』を操る。
どうせ、俺が勝つからだ。
勝って、全員で帝都に帰ってやる。
───ピィィィィィィィ………………。
「───は?」
『エーテル』という強大な力に胡座をかいて余裕に浸っていたからだろうか、その一瞬の出来事に俺の思考は追い付かなかった。
常時鳴り響いていた音の途切れ、いや、停止。
無意識でも視界に入っていたはずの美しい光粒の消滅。
「残念だったねぇ?」
既に、奴の相貌に焦りはない。
逆に、俺の相貌には唖然とした表情が浮かんでいることだろう。
何故?
どうやって?
俺が一瞬集中を切らした隙に魔王が杖を翳し、その瞬間に光が放たれ、『エーテル』は俺への助力を止めた。いや、強制的に止めさせられた。
「あのさぁ?、僕がお前の仲間を捕らえられている理由、考えないの?、馬鹿なの?」
つまり、奴は『エーテル』にまで封印を施した、というわけ……か?
「何かに気づいたみたいだけど、多分それで正解だねぇ?。どう?絶望したよね?」
絶望?
するわけがない。
まだ活路はあるはずだ。
勝機を、勝機を掴め。
あらゆるものを使って、奴に勝たなければ。
勝たなければ─────
─────何があるっていうんだ……?
───ドクン───
何を理由に俺はここまで意固地になっているんだ?
俺が負ければ皆を助けられないからか?
俺が負けること嫌っているからか?
───ドクン───
違う。
そんなことじゃない。
そんなことで、俺はここまで執念を覚えない。
───ドクン───
なら何が──何が…………
『***ね…』*ィ*…*に*くよ』
何だ?
『**ィン…』
何だこれは?
『*に*くよ…』
何なんだこれはっ!?
『*デ**…**てね…』
誰かの記憶?
誰の記憶だ?
いや────俺の記憶か?
だが、知らない。
この声は知らない。
それなのに、どこか懐かしい、胸が温かく、そして苦しい声。
『*****』
─────ドクンッ!!─────
「────ぁ………」
熱い。
あつい。
アツイ。
何かが限界を越えた。
それはまるで蓋がなくなったかのように暴れ出し、身体の奥底から沸き上がってきた。
俺はどうにかソレを抑えようとする。
ソレが解き放たれれば、良からぬことが起きる予感がしたためだった。
何の根拠もない、本能からの行動だった。
押さえて。
圧さえて。
抑えて。
精一杯努力して。
だが────俺はとうとうソレをとうとう抑え込むことができなくなってしまった。
俺というブレーキを突破したソレは容易く俺という殻を打ち破り、産声を上げた。
背中に激痛が走る。
雄叫びが上がる。
視界が染まる。
「やっと見せたねぇ!────そのおぞましい本性をっ!」
意識が暗闇に潰えるその間際、そんな魔王の狂言が耳朶を震わせたのであった。




