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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第五章 魔王の城
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第十三話 VS 魔王 Ⅱ


 ボトリ。

 その肉がひしゃげたような音。

 液体が撒き散るような音。

 明らかに人間の許容得難い音だった。

 何がそんな音を立てたのか、俺には最初分からなかった。

 だが、左肩の先の感覚がないことに気付き、咄嗟にソレを見た───見てしまった。

 人間の腕一本。

 そこに残ったものは流れだし血溜まりが広がっていく。

 余りにも生々しい光景に目を見開き絶句した。

 モンスターの肉体をどれだけ斬り飛ばそうとも何の思考も働かなかった。

 敵を殺すときも何の感慨もなかった。

 だが、今回は違う。

 自身の肉体の喪失という事象を前にした今、俺の思考はぐちゃぐちゃになり感慨は不可解に満たされていた。

 動揺──困惑──狼狽。

 もし誰かが俺を操作していれば多くの異常(エラー)をけたたましく告げていただろう。

 力に酔いしれて高揚していた思考が早変わりし、次いで不可解の波と共に押し寄せたのが炎で炙られたような激しい痛みだった。

 

「──がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

 知れず己の口から放たれる叫喚。

 思わず刀を手放して押さえそうになるのを堪え、落ちた腕ではなくソレが元々落ち着いていた肩に目をやった。

 傷は複雑。

 奴の放った何かの魔法にやられたのは間違いない。

 鋭利なものならばこれほどの痛みを引き起こさないし、潰し切られたということだろう。

 

「はっはっ!、ザマァ無いねぇ?」

 

 はしゃいで手を叩くのは魔王だ。

 だが、今は煽りを実行する魔王の憎たらしい笑みに構っている暇はない。

 ドバドバと肩口から溢れ出すのを止血することが最優先だ。

 このままでは血の喪失で動きが鈍ってしまうし、何より意識が持たなくなる。

 だからすぐに行動に移した。

 『漆鉄』に込めた魔力を燃焼させ、刀身に高熱を発生させる。

 

「──ぐっっ……」

 

 意を決してそのまま傷に押し当てれば、ジュゥゥゥと音を立てて肉体を焼き、それにより血肉が固まった。

 独特の匂いが広がる。

 嫌な臭気に吐き気を催しそうになる。

 

「……へぇ?、思い切りがいいねぇ」

 

 何を感心しているというのか。

 痛みはまだまだこの身を猛襲しているが、問題ない。

 後々にもう一度同じ箇所を切り落とせばアンナに治してもらえるのだ。

 今はこれで妥協する。

 

「面白かったからもう一丁?」

 

 ケラケラと笑いながら構えられたのは拳だ。

 四秒に足らない短文詠唱。

 奴の拳に灯る黒い魔力光。

 引き絞られた腕が解き放たれれば急迫する破壊の魔法。

 速度は随分なものだが、アンナの使うものの比ではない。

 自分がどれほど『漆鉄』の力に侵されていたのか解る。

 こんなものを躱せず、避けられず、この身に受けさせてしまうとは。

 苛立ちを込めて魔法の横っ面を『漆鉄』で弾いてやれば、霧散することなく刀身の牙の部分に吸収された。

 なるほど、判明していなかった性能については段々と見えてきたな。

 

「んー───殴り合おうか」

「断る」

 

 武器を失い、奴の攻撃手段が拳と脚だというのは既に分かっている。この二つを軸にした物しか魔法も使えないようだしな。

 こちらとて手が多いわけではないが、対して『漆鉄』は万能だ。取り込んだ魔力を使えるし、使い勝手の悪かった蓄積か解放かの両極端を克服したのは大きい。

 簡単に言えば、込めることで自身を強化し込めたマナで強化を発動する、二重の効果が期待できるということだ。

 故に、今の俺の身体能力を以てすれば先程の巨人を圧倒できるのは当然ののとだった。

 

「行くぞ」

「わざわざ予告しなくても───っ!?」

 

 狙ったのは意趣返しの左肩。

 避けられたものの体勢は崩すことに成功した。

 

「【破導龍の牙(ヴレイズラーゼ)】」

 

 牙を剥く物理の炎。

 やはり狙うのは左肩。

 身体能力にものを言わせて回避した魔王は更に体勢を崩した。

 もう、挽回はできない。

 見計らっていたこのタイミングを機に、『漆鉄』を起動した。

 

「【彼の身を喰らえ】」

 

 二度目の行使。

 今度は右肩を狙った。

 俺が『漆鉄』を使ったと見るや否や左肩を後ろに引く魔王。

 狙い通りの行動にほくそ笑みそうになりながら、生き物のようにガバッと口を開いた『漆鉄』に襲わせた。

 

「───っ!?」

 

 こんな簡単なものに引っ掛かるという時点でこの男の弱さが窺える。身体能力と『黒』の力に頼りきった戦いをしてきたのだろう。

 そのまま千切るように引っ張ってやれば、深く噛みついた牙が肉を引き裂き、ゴッソリと身体を喰った。

 脈動を引き起こして流れ込んでくる力に任せ、左脚を蹴り上げる。

 脇腹に命中し、その勢いに負けて僅かな筋肉と皮で繋がっていた右腕が千切れた。

 すかさず『漆鉄』を振るえば、その腕を丸々一呑み、マナに変換され更なる力を俺にもたらす。

 

「────」

 

 詠唱の気配───させるわけがない。

 

「【破導砲】」

 

 砲身に見立てるのは大口を開けた『漆鉄』。

 血を撒き散らしながら空中でこちらに向けて手の平を向ける魔王に向け、極太の炎砲を解き放つ。

 まるで竜の息吹(ブレス)のように吐き出された質量を持つ炎は一瞬で彼我の間合いを食い荒らし、大槌(ハンマー)で殴ったかのような音を立てて男を撥ね飛ばした。

 強烈に激突したと思えば、奴は壁に着天していた。

 拳を握ってこちらを睨んでくる。

 そして肉薄。

 壁に盛大な亀裂を走らせて突貫する魔王を『漆鉄』で迎え討つ。

 両者の初撃はどちらも空振りに終わった。

 次いで二撃目、速かったのは魔王だ。

 地面に着地するや否や反転して殴り掛かってくる。巨人よりも速い攻撃に躱す暇がなく大刀の腹で受け止めると、俺は驚愕した。

 重すぎたのだ。

 まるであの巨人のような───

 

「───まさか」

「今頃気づいたってことかな?」

 

 何故あんな短い詠唱の魔法で身体が破壊されたのか、その理由が判明した。

 質量だったのだ。

 こいつは縮んだのではなく、凝縮されたということ。

 巨人本来の重さを持ったまま人間大に集約され、巨体を動かすに足る筋力を受け継いだがための威力というわけだ。

 再び拳が放たれれば、俺はその膂力を耐えきれず殴り飛ばされた。

 

「面から点、受けきれると思わないほうがいいぞ」

 

 なるほど、厳しいわけだ。

 だが、

 

「俺も、切り札を使うか」

 

 止血はできたが、血の巡りは良くない。

 無理矢理焼いた弊害で整頓された循環が行えていないのだ。

 するならば短期決戦。

 つまり、全ての力を解き放つ。

 

 

 

「───【罪の解放(リリースルード)】」

 

 

 

 最初の変化が生じたのは、やはり『漆鉄』だった。

 大剣ほど幅があった刀身が縮小し、元の『漆鉄』の大きさへ。

 濡羽色は牙と同様の血を吸ったような赤に。

 俺のマナを喰らい、そして溜め込んでいた全てのマナが還元された。

 全身に満ち溢れる超常の力。

 全能感に酔いしれ王にでもなった気分だ。

 加速する思考。

 相手のありとあらゆる挙動が手に取るように分かり、未来予知にまで到達する。

 引き伸ばされる時間。

 動き始める魔王は致命的なまでに遅く、亀でも失笑してしまう。

 神なる者が見る世界はこんなものではないだろうか、とそう思えるほどの力だ。

 少し力を込めて一本踏み出せば、足が着いた地面には罅が走る。

 脚に力を込めてみれば、一瞬の内に魔王が目の前にいた。

 何事を発しているのだろうが、聞き取れない。

 そういえば効果時間は短いはずなのだが、緩慢とした世界に生きる俺にとっては余りにも長い。

 まあ、すぐに終わらせよう。

 腕を振り上げ、幾度か刀を振るった。

 走る線はその数──六。

 今更驚いたような表情をする魔王。

 とここで効果が切れた。

 

「─────」

 

 その瞬間に膨大な血が吹き出した。

 奴の命の血潮を浴びながら、バラバラになって崩れていくのを見下ろす。

 終わった。

 終わったのだ。

 そこまで苦労したわけではないが、腕を落とされた返しとしては些か優しいものだっただろう。

 苦痛もなく即死させてやれたのだから。

 

「腕、アンナに治してもらうか」

 

 

 

 

 

 

「【変化(メタモルフォーゼ)】───【第三形態(シャーマン)】」

 

 

 

 

 

 

 突如として生じた強烈な衝撃波に、何の備えも行っていなかった俺は容易く吹き飛ばされた。

 

「どういう………ことだ…」

 

 意味不明。

 理解不能。

 確実に死んでいたはずだ。

 『黒魔導師』は一回じゃ死なないものなのか?

 切り札(【リリースルード】)は使ってしまった。

 マナも殆ど無い。

 『漆鉄』の強化も切れている。

 片腕を失くし、体力も無い。

 戦う手段が────無い。

 

 

「駄目だろ?、消滅させないと」

 

 

 勝ち誇り、優越感に浸り、人を馬鹿にしたような嗤みを浮かべる魔王。

 その手には杖が握られ、らしくないローブを身に纏っている。

 

 

「まだまだ頑張れよ、じゃないと君のお仲間が死ぬからね?」

 

 

 終わらない戦いが、また始まる。

魔王が復活したのは口が残っていたからです。詠唱できてしまいました。

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