第二話 空の旅路
《蒼の双星》視点からスタートです。
ビアルデン大陸南西地域。
そこにあるのは戦闘系ギルド──五人以上の共同体の所有数が最多の都市、帝都だ。
そして更にその帝都の第四ブロックに位置するギルドホーム地区、そのある一画の屋上に一人の少年が北方へ向いて立っていた。
右から顔を出し始めた天道に照らされる相貌は決然としていて、誰もが覚悟を決めたと疑わない意志がそこには感じ取られた。
見据える場所に肉親がいると信じて。
待ち受ける困難を乗り越えなければならないと己を叱咤して。
自身を苛む『邪』への憎悪を以て。
自然、握り拳が作られる。
一息。
瞬く間に左腰に提げた一振りの刀を抜き放ち、朝の冷たい空気を切り裂く。
ヒュン、と乾いた──それでいて心地いい音色が耳朶を叩く。
徐に瞑目。
澄んだ風が頬を撫で、吸い込めば胸に爽やかさが広がった。
肌に触れる清涼な気を感じながら、右手に握った刀をゆっくりと鞘へ戻す。
「朝御飯できてるって!早く行きましょ、お腹空いたのよ!」
「ああ、今行く!」
長耳族少女───ジャスミンに呼び掛けられた少年───アディンは表情を元に戻し、朝日を背に螺旋階段を降りていった。
■■■■■
「さあアディン、召喚しなさい」
そう尊大に言ったのは、長い青髪を風に揺らし紺の瞳を持つ美女───アンナだ。
その他にも男四人女一人の計六人が屋上に立っていた、
「んじゃやるぞ」
一歩前に出るアディン。
目を瞑って腕を上げ、手のひらを前方に向ける。
「【召喚──『ハルピュイア』『ワイヴァーン』】──【融合召喚───『リュドジーネ』】」
まず光に包まれ生まれたのが鷲の嘴に鷲の脚、腕が翼に変化した人型のモンスターと飛竜。
そしてグレン・バーナレクとの試合でも見せた武器と武器の融合をモンスターでして見せた。
現れたのは『ハルピュイア』に竜の要素を足したモンスターだった。
一つだけ違う点を挙げるとすればその相貌だろう。
「趣味?」
「違う」
ジャスミンの首を傾げながらの問いに即否定を返すアディン。
断じて違う。
「あら、綺麗なお顔ね。趣味かしら」
「趣味だな」
「趣味だね」
「趣味に違いねぇ」
「だから違うって言ってるだろうがっ!?」
どことなくエリス・ブリジットに似てる雰囲気があるのがこれまた。
「はぁ、あと二体出す、今のうちにどいつに乗りたいか決めとけよ」
嘆息、呆れ。
そんなものを抱きながらアディンは次の召喚へ移った。
「【来たれ白銀の鱗、我が魔力に応じその御姿を顕せ、竜の方向を見せ給え】───【召喚──『ハイスカイドラゴン』】」
開いたのは頭上。
反射される陽の光。
屋上に落ちる影。
空間を叩く力強い羽音。
銀の鱗に包まれる竜が、こちらを睥睨していた。
「【召喚──『宵闇竜』】」
そして次いで肉体を形成されたのが、アンナとの試合でも喚ばれていた黒い竜だ。
「俺はこいつに乗るが、誰か一人一緒に乗ってくれ。モンスターにつき二人だ」
「んじゃ俺はこの『リュドジーネ』?にするわ」
「俺もそうするか」
「私アディンと乗る!」
「んじゃ俺の腰に手を回してちゃんと捕まっとけよ?」
「う、うん………」
「残った僕達でこの白銀の竜に乗ろうか」
「そうね」
全員の騎乗が決まった。
「じゃあ、全員鞍を取り付けてくれ、じゃないと乗れないからな」
流石に鱗を掴んでしまうと手が切れる。
カイトが、端に置いていたソレを各々に手渡し、竜に準備完了を合図に跨がっていった。
「さあ、出発するわよ」
アンナの号令に一同は強く頷き、竜達は吠えた。『リュドジーネ』だけは乙女のような美しい声音だったが。
空の旅が、始まる。
■■■■■
「ヒャッホオォォォォォォォォォォォォォォォイっ!」
「うるさいっ耳痛いっ静かにしろっ!?」
「イイエェェェェェェェェェェェェェェェェェイっ!」
「ダー!もうっ」
始まった空の旅は、ジャスミンの奇声によって台無しになった。
「飛んでるっ私飛んでるわ!空を自由に飛び回ってるわー!」
このように、飽きること無くずっと叫びっぱなしなのである。
「変わって変わって!、私の自由にさせて!」
「無理だ」
召喚したモンスターは俺の言うことしか聞かない。
ジャスミンがどれだけほざこうと全て無駄なことなのだ。
「いいじゃない!、やらしてやらして!」
はぁ………仕方ない。
一度怖い目に遭えばすぐ大人しくなるだろう。
「クロ、減速するよう伝えてくれ」
俺の指示がちゃんと届いたらしく、一度咆哮すれば他の竜の速度も一緒に落ちていった。
手綱を放し、後ろのジャスミンと位置を変わる。
「クロ、ジャスミンの言うことを聞いてやってくれるか?」
『グア』
えっ?
「いっくわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
マジで?
「しゅっぱーつ!」
『グアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
何と驚くべきことに、クロが彼女の指示に従った。
どうやら、森での暮らしの経験が役に立っているようだ。
動植物とのふれあい、植物に関してはスキルで完全な意志疎通を取れるが、動物──今回は竜だが──とも完璧ではなくとも簡単なやり取りは行えるらしかった。
というかジャスミンが多才過ぎである。
彼女の無茶苦茶な飛行についていけるクロも凄いものだが。
「ジャスミン!」
「───ん?」
と、突然カイトが声を掛けてきた。
なんだろうか。
「今は遊んでる場合じゃないんだ、アディンの姉を助けるために出来るだけ早く行く必要があるってことわかってるのか?」
「───っっ……………そう、よね………ごめん、アディン……」
わざわざ黙ってたっていうのに。
「暗くなんの止めろ、二人とも。俺は気にしてない」
「アディンがそう言うなら俺はもう何も言わないが……」
「ありがと、アディン……」
「そんなに飛びたいなら姉ちゃんを助けてから存分にクロに遊ばせる。今は我慢してくれるか?」
「うん!、アディンありがと!」
気遣いはありがたいが、ジャスミンみたいに明るくしてくれてた方が俺としては助かるんだがな。
「クロ、速度を元に戻して『カノプスの森』まで行ってくれ」
『グア』
それから何事もなく航空は進み、『アマニ砂漠』を越えようとしていた時だった。
「─────アディン」
今まで呑気だったはずのジャスミンの声音が、唐突に真剣味を帯びたものになった。
その視線の向く先は上空。
恐らく彼女にしかわからなかっただろう。
「アディン急いで、女の子が落ちて来てる」
「─────は?」
意味のわからない荒唐無稽なことを言い出すジャスミン。
だが、嘘を言ってる素振りには見えない。
ならば確認すればいいだけの話。
彼女の見る場所の真下、そこで待っていればジャスミンの言うとおりなら何かが落ちてくるはずだ。
「わかった、クロ、他の竜に先行するって伝えてくれ」
『ガア?』
「ああ、俺たちだけ速度を上げて前に行く」
『グア』
そして速くなったことによる風が顔面に吹き荒れた。
強烈な風圧に視界を狭めてしまい、辺りの確認が困難になる。
まあ、俺からすれば目なんてあってないものだけどな。
「ジャスミン、俺を風避けにしてるだろうからちゃんと見えるだろ?、俺の探知に入るまで位置を確認してクロに指示してくれ!」
「わかったわ!」
よし、なら俺は魔力探知に絞るだけだ。
「クロ、間に合わないかもっ!真っ直ぐじゃなくてちょっと下向きに行って!」
『グア!』
────入った!
「ジャスミン探知範囲内に確認した!、後は俺に任せてくれ!───クロ、アイツを助ける。俺の視界をやるから真下に飛んでくれ」
『─────グア』
するとクロは急激に降下した。
「あ!?お前────そういうことか」
命令無視ではない。
意識を広げればよかったのだ。
「『ハーピィ』の群れだわ!」
そう、クロは少女を助けてしまえば彼女の身体能力に合わせた飛行をしなければいけなくなる。動きが制限された状態で目下一○○のモンスターを相手にするなど無理に等しい。
それを判断した上での行動だったのだ。
やはりカテゴリーⅣを超えたモンスターの知性の高さには驚かされる。逆に言えば敵として現れたときも厄介なのだが。
「よしクロ、燃やし尽くせ!」
『────グアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
そしてクロの射程圏内に入った瞬間、その口腔内から莫大な熱量を持った黒の炎が放射された。
「うおっ、すっげ……」
「あ、熱いぃ……」
こちらまで熱気が伝わってくる砲撃は、その一撃で『ハーピィ』の半数を 灰へと変えた。
「クロの炎は連射できない、ジャスミン、俺らで殲滅するぞ!」
「うん!」
「「【砲撃】」」
『『グギャァァァァァァァァァァ!?』』
「ていうかジャスミンお前空中でも動けるだろ?」
「うん、できるわ」
「じゃあ霊装使って倒してきてくれね?、俺で助けとくから」
「いいわ!──【『ラフーガ』】──【霊装──『シルフ』】──任せたわ!」
ピョン、と軽い足取りでその身を宙に投げ出したジャスミン。
俺は成し遂げてくれると彼女を信じ空を仰いだ。
「クロ」
『グア』
やることはたった一つ。
簡単だ。
間に合わないなんて確実にない。
「よっと………うわ、めっちゃ軽いな────」
心臓が止まりかけた。
確かに泥や埃、煤などに薄汚れている。
髪に艶はないし肌にも張りがない。
体だって痩せ干そっている。
だが。
それでも。
関係なかった。
全て些細なこと。
俺は鼓動の異常な高鳴りを感じた。
長い睫毛。
小振りな唇。
真っ白い髪。
すぐに目を奪われた。
意識が彼女に吸い込まれるようだった。
一瞬開いた瞼の奥に見えた瞳は、まるでエメラルドの璧のようだった。
けれどこのとき俺は知らなかった。
このときめきが根源的なものであるということを。
■■■■■
「アンナ、診てやってくれないか!?」
重傷に違いない少女を抱えてアンナへと頼み込む。
クロに命じてアンナのところまで来たのだ。
「何事かと思ったけれど……いいわ。寄越しなさい。………………そうね、魔力を流して見たところこの娘にはステイタスはないみたいだわ。一般人ね。でもこの羽…………羽?」
「どうした────あぁ?」
それは信じられないことだった。
「嘘……」
アンナの相貌が驚愕に染まる。
「天翼族じゃない、この娘……」
それは、天空に住んでいて何百年も姿を現すことのなかった種族だった。




