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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第三章 エメラルドラビリンス
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第九話 迅が如き光牙


 膨大な砂塵が立ち込める巨大空間。

 その場所は翡翠迷宮の最奥。

 攻略者に力を与える封器を守る迷宮主が座す最後の砦。

 試練とは名ばかりのたった一人を相手に物量と圧倒的な力の猛威がそこでは繰り広げられる。

 そしてその空間の中心から円状に広がる深い亀裂。

 弾け飛んだ破片は壁面を傷つけ、衝撃(インパクト)の着弾地点からは巨大な窪地(クレーター)が出来上がっている。

 それを引き起こした張本人の巨狼人は巨剣を地面に突き刺し、ある一点を静かに注視していた。

 そこに存在するのはボロ雑巾。

 緑と褐色の人間。

 二振りの短剣を握り締める少女。

 彼女の名はジャスミン。

 帝都のギルド 《蒼の双星》に所属する冒険者。

 地に伏せピクリとも動くことはない。

 なら何故狼が見据えているのか。

 それは彼の少女が息を引き取っていないことに起因していた。

 狼は確かな手応えと少女の絶望を感じ取っていた。

 しかし現実は破片や衝撃によって作られた裂傷や打撲痕などが目立つを胸を上下させる彼女の姿がある。

 不可解でしかない。

 絶対に耐えられるものではなかったはずだ。

 必殺のつもりだった。

 ならば何故。

 その答えは、誰でもない少女からもたらされる。

 

「───ぃったいわねぇ……」

 

 立ち上がる。

 あの少女が。

 

「ちゃんと効果あったみたいね」

 

 薄く灯る緑の光。

 狼が支配する迷宮と同じ色の光に彼は目を少し見開いた。

 

「【与えられし神樹の魔力、我らを守護する結界、命護の光】──【神樹園(ガーデン)】」

 

 パリンと弾けるその光の膜と同時に再び纏われる光。

 恐らくあれが必殺を受けきった要因だ。

 

「これは私の耐久を大幅に上昇させて、さらにこの膜自体に耐久値がある優れものの魔法よ。凄いでしょ」

 

 種明かし。

 だがそれは知らせても問題ないからこそだ。

 

「まだまだ私は行けるわよ、アンタは手の内を見せた。私はまだ見せてない。さあ、第二ラウンドよ」

 

 既に回復が始まっているジャスミンの肉体に驚愕しながら、いつぶりかの恐れを感じる狼はすぐに巨剣を引き抜くのであった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

 尊大な態度を一切崩さない狼に対峙する私は、同じく不遜の態度で啖呵を切った。

 だが、それはただの強がりに過ぎない。

 気絶していたかのように倒れていたあの時間に回復魔法を唱えたことでいくらか傷は治り、体力も戻っている。

 もし狼が私の動きを注視していたら、大群(パレード)と戦う前に防護魔法を使っていたことも、回復魔法を唱えていたこともバレていただろう。相手が油断をしていてくれたからこそ私は今生き延びている。

 【神樹園(ガーデン)】は私が編み出した強力な防護魔法であるし、あの強烈で絶大な一撃でも私は骨を折ることもなく耐えきれた。アンナに手伝ってもらったこともあるが、あの時の私を全力で誉めてやりたいほどこの魔法には感謝しかない。

 

「───グフッ…」

 

 不意に吐血をした。

 小魔法の回復じゃ内傷までは治せなかったか。

 まあいい、アディン達が頑張ってくれたおかげでマナはまだまだ余っている。

 中魔法までしか回復は使えないが、温存してきた回復薬(ポーション)がある、流血による時間制限(タイムリミット)などを心配する必要はない。

 私は、戦える。

 

「【付与(エンチャント)】」

 

「【付与(エンチャント)】」

 

 二回続けての魔力付与。

 一度目は自身に。

 二度目は短剣に。

 これで威力が増幅した短剣の一撃はその剣身に似合わぬ傷を与えることだろう。

 自身に施すのとは違って難しいが、私に合っていると確信してアンナに教えを請うた。

 その成果を最初に御披露目するのが、この狼になるとはね。

 

「【復光(キュアライト)】」

 

 念のためにもう一度回復魔法をかけておく。

 そして、始まりは突然だ。

 示し合わせたかのような同時の踏み込み、先に間合いを詰めることができたのは勿論私だった。

 巨剣を回避、吹き飛ばされたときと同じ様ように懐まで侵入、浅いながらも確かな傷を与えることに成功する。

 対して間合いが十分に取れず巨剣を振るえない狼は、その巨体には似合わない素早さで踏みつけを行ってきた。勿論回避するもその影響は凄まじく、揺れた地面に一瞬だけ足を取られる。

 すぐさま跳躍、遅れて放たれる足払い。

 直撃すれば身体がボキリと折れること間違いなしの必殺。

 一挙一動が私の命を奪いかねない事実に冷や汗が背中を伝った。

 しかしそれに戦いて動きを鈍らせるわけにもいかない。

 掬い上げるようにして振り抜かれた巨剣に両手の短剣を叩きつけ、衝撃を殺しながら着天、繰り返すように頭部を狙った。

 間一髪で避けられたが首もとは攻撃できた。

 裂傷も生まれている。

 回復系のスキルを持っていなかったことが幸いだ。

 この封器の長期戦に打ってつけの性能は速度と手数を主とする私の行動(スタイル)と合致している。いずれ狼も倒せるだろう。

 だが、それでは駄目だ。

 勿論厄介な矜持が影響しているかもしれないが、ここダンジョンにおいて長期戦など自殺行為に等しい。

 今も吸われていくマナ、微量とは言え封器が私を人外の域まで到達させる頃にはなくなっているに違いない。

 チンタラとしている暇は私に許されていないのだ。

 ならばすることは一つ───短期決戦。

 どうせ減っているのなら今使い果たそうと大差ない。

 大魔法までしか使えない私の魔法など高が知れているため、やることは決まっている。

 身体能力の強化は追加したところで既に意味はない。耐久と体力を上昇させたところで私の考えにはそぐわないし、力と敏捷は封器がある。

 では、残るのは封器自体に掛けた【付与(エンチャント)】だ。残りのマナの殆どをこれに注ぎ込めば得られる恩恵は大きい。私より格段に素の能力が高い狼にとっても脅威となる。

 ならばと、思い立ったが吉日。

 

「【五重付与(クイントエンチャント)】」

 

 代償としてごっそりと減るマナ。

 しかしもたらされた力は余りにも強大だった。

 私の魔法を受けて力を増す短剣。

 その元々纏っていた光を増幅させ、眩いほどにも輝きだす。

 自身の魔力であるためか私の視界に影響はないが、対峙する狼の方は違った。

 今までとは違った、焦りと煩わしさをない交ぜにしたかのようにその鋭い目を細めガチガチと歯を鳴らしている。

 その反応を見て私は咄嗟に口元を歪めそうになったが、これでまだ終わりではないと引き締め直す。

 

「【三重付与(トリプルエンチャント)】」

 

 先程と比べれば減る───ということはなくさらに減少量が多くなりマナが枯渇するほどまでに消費される。マナの急激な減少ににくいの方が耐えかねたのか、目眩により一瞬体勢を崩した。

 すぐに立ち直り、戦意を滾らせる。

 後はない、だがこれで全ては整った。

 どうやら狼は待っていたのではなく短剣の光に目を焼かれていたようだ。

 目潰しにも使えるのか、と意外な用途を発見する。

 

 (散々舐めくさってくれたツケ、ここで払ってもらうわ)

 

 絶大な力を宿した短剣を強く握り直し、こちらを厳しい表情で見据える狼を見上げながら歯を見せた。

 

「まだ余裕を見せられるなら、見せてみなさいよ」

 

 無邪気でありながら不遜なその笑顔に、狼は戦慄を禁じ得ないようである。

 

「勝つのは私よ、絶対にアンタ何かに負けないんだからっ!」

 

 その宣言を聞き届けた狼は受け取り、ゆっくりと瞼を閉じる。それを待っていたかのようなタイミングでジャスミンは勢いよく地を蹴った。

 一瞬でも自分の姿が消える瞬間を狙ったのだ。

 そして狼はその発走の音を拾った途端に瞼を持ち上げ、視界に情報を入力しようとした。しかしどこにもその姿はなく、ハッと気づいたときには既に遅い。

 

 

 サンッッッッ!!!!

 

 

 軽快な空気を斬る音。

 狼は目を見張った。

 ゴオンと響く鈍重な響き。

 吹き出す血潮。

 恐々とした面持ちで右へ目を向け合う爛々と灯る緑の瞳。

 彼女の持つ自身が与えた封器によって、狼の右腕は深く鋭く斬りつけられ、筋肉の一部で繋がっている状態である。それも今に千切れようとしている。

 背後に着地する少女を肩越しに見やる。

 狼は嗤った。

 

 

 ああ、これは愉しくなりそうだ、と。

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